31.大物になるぜ
「えっ? ドラゴン、いたんですか? もう死んでいた? ええっ? オニもいたんですか? 死体の奥に隠れていた? ええぇっ? 魔皇の配下だと名乗ったんですか? 更に部下を増やそうとしていたって……ちょ、ちょちょ、ちょっと待ってくださいね?!」
報告が進むにつれ顔色をどんどん変えていった受付の姉ちゃん(朝と同じ人だ)。
俺たちはただ見たもんをそのまま伝えているだけだが、その内容は組合にとって結構な重大事であるらしい。
「トードさん――組合長を呼んできますので!」
ほとんど悲鳴じみた言葉を残して、すげえ速さで奥に引っ込んでいった。
「あの身のこなし……お姉さん、只者ではありませんね」
目を光らせてサラがそんなことを言う。そういや、朝の喧嘩は結局あの姉ちゃんが収めたんかね? だとしたらその手段は、ひょっとすると言葉じゃなくて腕っぷしによるものだったりして……なんて、さすがにそんなこたぁねえか。
「話は聞かせてもらった」
と、奥から受付の姉ちゃんを引き連れて出てきたのは長身のがっしりとした、フルアーマー筋肉って感じのいかにも強そうなおっさんだった。ハリウッド映画とかで活躍してそうな雰囲気と言えばわかりやすいか?
「俺はトード。ここの組合長をやらせてもらってる」
「ゼンタっす」
「サラです。あ、Fランク冒険者です」
「それも聞いている。今日デビューしたてなんだろう?」
フッと渋く笑ったトードはカウンターに身を乗り出して俺たちへと顔を寄せた。背がデカいぶん、顔もデカい。しかも迫力もあって圧が凄い。
「初任務にしちゃあ、えらくハードなことになったようだな」
「ハードっつーか、ダイハードかね。三度くらい死にかけたもんな」
「ですね……冷静になってみると生きているのが不思議なくらいです」
「はっは! そんな体験をした割にゃああっさりとしてやがる。良い肝の据わりっぷりだ。お前たち、大物になるぜ」
なんとなく、新人に対する態度にしちゃあやけに好意的だなと思った。
サラも同じくこの状況が謎に思えたようで、首を傾げて言った。
「あの、どうして組合長さんが?」
「ああ……ちと話があってな。今回お前たちが得た情報っつーのは、扱いが特殊になるんだ」
頬を掻きながら、どことなくバツが悪そうにトードは言う。
扱いが特殊って、どういうこった?
「やっぱあのインガって奴のことっすか」
俺が訊ねると、トードは周囲の様子をサッと窺った。組合長がカウンターで一冒険者の相手をしているのが珍しいのか、一定数はこちらへ注目しているようだったが、話が聞こえる距離じゃあない。
それを確かめたトードはうむと大きく頷く。
「そうだ。本来ならお前たちが調査によって発見したもんは、物にしろ情報にしろ、お前たちの手柄だ。だが魔皇の名が出ちまうとそうもいかん……いや、それでも昨日までだったら大手柄で終わった話だったんだがな」
「昨日までって、昨日と今日で何か変わったんですか?」
「ああ、状況が変わっちまったんだ。ちょうど今朝方、ウチにお客様が来た。そいつらはギルドを上げて魔皇のことについて調べているって言えば、ちょっとは想像つくか?」
体のデカさに見合わない、静かな声でトードは語りかけてくる。
お客様ってのがいったいどんな奴のことを言っているのか俺にはさっぱりだったが、サラには何か思うところがあったらしい。
「……魔皇というのは、特別な称号ですからね。歴史の彼方に消えたとされる魔族の頂点に立つ、世の邪悪を統べる恐ろしい存在……」
「それが魔皇って? そんなのがこっちの世界にはいるのかよ」
「いた、というのが正しいです。争いに敗れた魔皇は滅び、魔族も絶滅したと語り継がれています。魔族が世にいたのは遥か過去のことなんです」
「え? だけど、だとしたらおかしいじゃねえか。インガは確かに自分を魔皇の配下だって名乗ってたじゃねえか」
だから問題なんだ、とサラではなくトードが俺の疑問に答えた。
「魔皇を自称する存在が現れて、オニなんていう稀少種族を部下にしてキナ臭い活動をしていること。これが魔族の復活や実は生き残りがいたっていう証明か、あるいはまったく別のトンチキな輩の出現か……何を意味しているにせよ、精査は慎重に、そして念入りに行う必要があるだろう」
「はあ……そんで、結局俺たちはどうすりゃいいんすか?」
「……お前たちも疲れているだろう。今日はもう、休め。明日の昼過ぎにまたウチへ来い。そのときに例のお客様と直接話をしてもらう」
「私もゼンタさんもへとへとなので、休めるのはありがたいですけど……お話って、具体的にはどんな?」
「さてな。ただ、お前たちにとってはあまり気持ちのいいもんにはならないだろうよ。悪いがそこは覚悟しておいてくれ」
「「…………」」
俺とサラは押し黙る。
良かれと思ってありのままを報告したが、なんだかそのせいで別の面倒事に巻き込まれそうな気配がするぞ。
とはいえ、あんなヤベーのが街の近くの山に潜んでいたなんて事実を黙っておけるはずもねえ。
どっちみちこれは逃れられないものだったってことだな。
「とりあえず、ウラナール山再調査のクエストは達成だ。そのぶんの報酬を受け取ってくれ」
実際にドラゴンを――正確にはその亡骸を――確認しているわけだし、額面以上の金を貰えるんじゃないかと密かに期待していた俺だったが、受付の姉ちゃんから手渡されたのはきっちり決められた通りの金額だった。
七千二百リル也。
……これで今あるFランクのクエストの中で一番高額って、ヤバくね? 他のはどんだけ安いんだよ。
そう思って確認してみると、他はひとつの通りのドブ攫いだとか、一区画のガス灯掃除だとか、ペットの散歩だとか、引越しの手伝いだとか……冒険者ってなんなんだ? と首を捻らざるを得ないような内容ばっかしだった。こりゃあ紛うことなき最低ランクですわ。
近場の山を見て帰ってくるだけでも、そら一番高額にもなるってもんだ。
「冒険者学校に通う重要性が、わかっていただけましたか?」
Fランククエストではいくつこなそうと次のランクに上がれないという説明を再度しながら受付の姉ちゃんがそう言ってきた。
やっぱこの人、俺たちが素直に学校に行こうとしなかったのを快くは思ってなかったみたいだな。
いやまあ、組合の職員からすりゃそれも当然だろうけど……まー今はそれはいいや。
またここで学校云々の話をぶり返すよりも、まずは休憩がしてえ。
「宿はどこだ? 『リンゴの木』? ああ、あそこはいいところだ。ゆっくり休め。今日の疲れを明日に持ちこさないのは優れた冒険者の資質のひとつだ」
蘊蓄を垂れつつ俺たちの肩を叩いたトードは、見送り際に付け足すように言った。
「今日知ったことはくれぐれも迂闊に人へ話すんじゃないぞ。少なくとも、明日の話し合いが終わるまでは、絶対にな」
◇◇◇
「おう、戻ったか。部屋はそのまんまにしてあるぞ。どうだ、ちゃんと稼いできたのか――って、なんだお前ら。くたびれた雑巾みたいな顔をしやがって……そんなに過酷な仕事をしてきたのか?」
サラの顔や手にあるいくつかの傷を目にして、宿のおっちゃんは棚からチューブ状の何かを取り出して見せた。
「薬だ。擦り傷くらいならこいつを塗れば一晩で治るぜ」
「くれんの?」
「馬鹿言え。四百リルだ」
「買いですね」
値段を聞いたサラは即断でそれを購入し、早速顔と手にべたべたと塗り始めた。疲れのせいか、ひどく雑なやり方だ。
「もっと丁寧に塗れよ……」
そう言ったのは俺じゃなく、今日もカウンターの端の席に座っている黒髪の女の子だ。
「アップル! 客には敬語を使わねえか」
「……パインだって使わないじゃん」
「俺はいいんだよ、店主なんだから舐められるわけにはいかねえ。あと、父親を呼び捨てにすんじゃねえ! お父様と呼べお父様と」
お父様なんて呼ばれる面かよ、と吐き捨てたアップルはぴょんと椅子から降りると、相も変わらずのダウナーな足取りでどっか行ってしまった。
「ったく、反抗期って奴かね。何かと文句をつけやがる……」
ぶつぶつと愚痴を言い始めたおっちゃん改めパインに「それじゃあ」と宿泊代を支払って部屋の鍵を受け取り、俺たちはさっさと二階に上がって部屋に入った。
「……あのおっちゃん、パインって言うんだな」
「か、可愛らしいお名前ですよね。リンゴの木にぴったりです」
サラの声が若干震えていたのは、たぶん笑いを堪えていたからだろうよ。