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306.さようなら、人間

「力を貰うって、お前……」


「ああ、ドラッゾがそうしたようにさ。私もあんたに何かを遺したくなった。だめかな?」


「…………」


 困惑を隠せない俺に対し、インガはどこまでも朗らかだった。含みはないように思える。純粋に言葉通りのことを頼んでいるだけのように思える……。


 一瞬、悪足掻きめいた何かを企んでるんじゃないかと疑いかけたが、そういうこっちゃなさそうだ。


「本気で言ってんだな?」


「勿論だ。先約なんでシステム封じのほうは魔皇様に差し上げることになってるがね……だからそれ以外のもんをあんたにあげるよ」


「気軽に言ってくれるがおめー、来訪者なら誰も彼もが魔皇みてーなことができるとか思ってんじゃねえぞ」


 インガはドラッゾを例に出したが――それがあって魔皇と同じような真似が俺にも可能だと勘違いしたんだろう――【遺産】はそういうスキルじゃあない。


 【契約召喚・改】の満了によって意外な形で変化したというだけであって、当然それは俺の意思ではないし、ドラッゾの力を受け継いだのはたまたまでしかない。


「お前たちから見てどうなのかは知らねーけど、生憎とスキルってのはそこまで自由なもんじゃないぜ」


「どうかね? あんたら来訪者はシステムに縛られているつもりのようだが、そいつはもっと融通の利くもんだと私にゃ思える」


「――、」


「神は全能じゃない。そうだろ? だから魔皇様だってこんなことをしてるんだ」


 それは……確かにその通りかもしれん。


 上位者が作り出した来訪者システムの思わぬ稚拙さ。いやいっそ幼稚さと言っていいこの不出来具合。良くも悪くも適当って感じの調整の仕方には、ついさっき委員長共々呆れたばかりだ。


 そのおかげで助かった場面も多いんで文句を付けられる立場じゃあねーが、取りも直さずそれはインガの言が正しいことを意味してるんじゃないか――システムは絶対じゃあ、ない。


 神は全能じゃない。


 システムへ干渉できる偽界を持つインガが言うからこそ余計に説得力がある。


「あんたが思う以上に偶然だとか偶々だとかってのはうんと少ないはずさ。魔皇様が【併呑】を入手したのだってきっとあの人が強く欲したからだ。自分にない力を、それを奪えるスキルを。だったらあんたにだって同じことができたってなんにも不思議はないだろう――何よりあんたは魔皇様と同じ『死霊術師ネクロマンサー』なんだから」


「……!?」


 なに――今インガはなんと言った。


 魔皇が俺と同じ……死霊術師ネクロマンサー? そう言いやがったのか?


「なんだ、そんな顔をするってことは知らなかったのか。というか聞かされていなかったのか。『灰の者たち』の存在については承知しているのに? ……ってまあ、そっちは特段重要でもないか。どうせ聖女は自分の手で魔皇様を倒すつもりでいたんだから」


 俺がマリアから情報を得ていることまでキャッチされてんのか。マリアがユーキを連れてポレロへやって来たのがバレてるのか、あるいはそれより以前から……俺が教会へ接触を持った時点から見張られていたと考えたほうが自然か?


 って、んなことよりもだ。


「おい、そりゃ間違いねえんだろうな。魔皇の職業クラスは確かにネクロマンサーなのか?」


「間違うはずもない、回数で言えば私ほど魔皇様と戦った奴もいないんだ。死属性と闇属性を主武器にする真っ当なネクロマンサー……とはいえメモリみたいな正統派よりもあんたに近いタイプさ」


「てこたぁ……自分からガンガン打って出る武闘派ってわけか」


「そうだね。ただし純粋なファイターってわけでもない。遠距離からの砲撃だってできるし搦め手だって多い。万能って言えばいいか? あんたのようにゾンビを使役したりはしないが、その代わりにあの人は一人でなんだってできるんだ。エニシたちの能力を得てからは尚のことにな」


 インガのその説明は自慢げな口調にも聞こえたし、どうでもいい他人の話をしてるようでもあった。


 そのことからもこいつが魔皇に抱く感情がただの服従一辺倒じゃなかったってのがよくわかる。


 他の逢魔四天たちはどうなんだかな……スオウはともかく、エニシ・シガラの双子は本気で魔皇を慕ってたような印象だが。


 にしても、そうか。奴らの力は【併呑】で魔皇のものになっちまってんのか。譲渡された能力はまず間違いなく奴ら特有の創造の力だろう。兵隊と兵器の無限生成。


 それで合点がいったぜ――これだけのゴーレムの調達をどうやって叶えたか。


 調達してきたんじゃあない。

 全て魔皇自らが生み出してたんだ。


 おそらくはガロッサや元から所持していた紅蓮魔鉱石も使って作り上げたのがあれだけの数のマスターピースゴーレムたち。そして未だ見ぬハイエンドゴーレムとかいう、いかにもヤバげなのもこれから襲ってくるという。


「ちっ……これじゃまるで逢魔四天を倒してきたことが却って魔皇を強くさせてたみてーじゃねえか」


「実際そのための魔皇軍で、そのための【併呑】なんだから仕方ない。私らは死ぬことだって仕事のうちさ。あんたらにとっちゃ倒しても倒さなくてもマズい――いや、倒さなければゴーレムの侵攻策を取るまでもなくエニシの手で人間社会はとうに終わってた。それを思えばやっぱり倒して正解だったんだろうよ。つってもこのままじゃ単に結末を先延ばしにしただけになるだろうが」


「……!」


「わかるだろ、ゼンタ。四の五の言ってる場合じゃないぜ――少しでも力が必要なときじゃないか。私を殺して、好きに奪えよ」


 薄暗くなり始めていたインガの偽界が、いよいよ暗さを増した。月明かりは今や俺とインガしか照らしていない。湖はもう見えない。風もとうに止んだ。


「ほーら、そろそろ限界だ。相当に痩せ我慢をしちゃいるが、これでもけっこう辛いんだぜ。ただ喋るだけでこんなに疲れるってのは、くく、これもまた貴重な体験だ。生涯最後にして最期の経験ができた……そこにもうひとつ加えたい。身の丈に合わないことだとはわかっちゃいるが、どうしても。私という存在が、オニという種族が生きていた証を誰かに継いでもらいたいのさ」


「てめーを殺した相手に継がせるのか」


「私を殺した相手だから継がせるんだ」


「…………」


「…………」


「――わかった」


「ふ――」


 心象偽界が、解ける。静かだった空間が消え去り、現実が戻る。騒音が戻ってくる。鬼火が溶かした地面からの熱気や、頭上から降り注ぐ陽の光。インガの心の中とは何もかもが違う場所で、俺は拳を構えた。


 常時回復のスキルこそ働いてなかったが、偽界の展開後からMPは1ポイントたりとも使ってねえ。だからHPとは違ってまだ少し余裕がある。


 ――たった一発をぶち込むくらいの余裕はな。


「【黒雷】発動……!」


 【死活】や【超活性】は必要ねえ。【同刻】による【呪火】との合体も、【技巧】による連続攻撃も今は不要だ。


「じゃあな、鬼」


「うん……さようなら、人間」



◇◇◇



『レベルアップしました』

『レベルアップしました』



 インガの死と同時に俺の視界に映るその文字列。見慣れたもんではあるが、上位者を知った今となっちゃどこか寒々しくも思える。


 しかしインガほどの相手を倒しても2しか上がらねえか。これだって全部がインガのぶんってわけじゃなく、他のも加味してだろうからな。ドラッゾが倒したドレッダのぶんもこれまでの経験からすると俺に入ってきてるだろうしよ。


 そう考えると80レベルを超えたことで、マジで次のレベルまでが遠くなってきてんだな――。



『レベルアップしました』



「!?」


 なんて思った矢先のレベルアップ。


 たった今上がったばかりだってのにどういうことだと少しばかり混乱したが、考えてみりゃ簡単なことだ。


 ドラッゾが寄越した経験値と一緒だ――サラやメモリ、ひょっとしたら委員長やアップルなんかが戦ってるぶんの経験値も俺に流れ込んできてるんだ。


 十中八九【経験値取得範囲拡大】の効果だろうが、攻撃系や防御系と違ってスキルの検証が難しいせいでこいつは未だに詳細不明のままだ。だからどういう風に経験値が増えてんのか詳しいこたぁ言えねえが、とにかく。


 あいつらが今もどっかで死闘を繰り広げてるってことだけは確かだ……!


「【死活】・【超活性】!」


 HPもMPもMAX、傷も疲労も失せた。破けちまった革ジャンが戻ってこねえのは残念だが、んなもんなくても戦える。ボパンから譲り受けたポーチも運よく無事だしな。


「そんじゃあ急ぐとすっか!」


 頼むからみんな無事でいてくれよ――!


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