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305.貰ってやってくれないか

 夜景だってのに昼間みてーに明るいこの場所だが、段々と暗さが増してきてる気がする。おそらく偽界が解け始めているんだ。


 それが何を意味しているかは明白だ。


 ――インガは自分の敗北を認めている。


「来訪者の強味をまるっと封じられるこんな偽界があっても、魔皇には勝てねーってのか」


「――くくっ!」


 その質問は話を先に進めるためでもあったし、あのマリアにも匹敵するっつー魔皇の実力を推し量るためのもんでもあったが、ちと露骨過ぎたらしい。


 吹き出したインガを見るにパーペキお見通しって感じか……だが、答えるつもりはあるようで。


「そーとも、勝てねー勝てねー。スキルを封じたって素の強さが……あー、あんたらで言うところのステータスだったか? それが半端じゃあないからね。力自慢の私でも裸足で逃げ出したくなるくらいだ」


「…………」


 どんな相手からでもこいつが遁走する様ってのは想像ができねーが、たぶんこりゃ吹かしってわけじゃあないだろう。


 なんの比喩でも冗談でもなく、拳ひとつで地を砕くインガですらも魔皇には到底及ばないってことだ。


「それに魔皇様にゃ独自に編み出した偽界もあるからね。あれはスオウの『厭魅悲恋歌えんみひれんか』と同じく、先出しされちゃ私のほうが能力を封じられる。それも一方的にね」


「! それが魔皇の偽界か」


 当然のように心象偽界を習得してやがるか。それも一方的な能力封じってこたぁ、インガのよりもスオウのそれに近いか。


 さすがにシステムにまで干渉できるようなもんだとは思わねえ、ってか思いたくねえが、それでも十分にチートだぜ。結局俺はスオウの偽界に手も足も出なかったからな。


 あれと似たようなことを魔皇もしてくるかと思うと……どうにも頭が痛くなってくる。


「いや、あんたが悩むことはないさ。私も試験的に何度か味わってきた魔皇様のオリジナル、『獄吏開譚ごくりかいたん』は……きっともう誰にも牙を剥きやしない」


「そりゃどういう意味だ」


「独自に編み出したって言ったろ? 魔皇様がわざわざお造りになられた偽界にはそれ相応の用途ってものがあるんだよ。私とのじゃれ合いのためでもなけりゃあ、最近の来訪者たちを相手取るためでもない。――聖女さ。『獄吏開譚』はただ一人、聖女マリアを封殺するために用意されたものなんだ。あの二人がどこぞでやり合ってるってのはあんただって知ってんだろ?」


「っ、マリアさんが負けると言いてえのか。魔皇の偽界にやられちまうって?」


「さてね……魔皇様が負けるところなんて想像もつかないが、そんなあの人が唯一恐れる女が聖女マリアだ。勝敗の予想なんてできっこないよ。ただ、どっちみちの話だ。聖女には魔皇様をしても反則と称すしかないようなスキルがいくつもあるようでね。何をしようと抹殺は不可能だと仰られていた。故に、そのための独自偽界オリジナルなのさ」


「能力を封じる偽界ってのは要するに……マリアさんを封じるためのものってことか」


「その通り。偽界に対抗するためってんなら先代魔皇から奪った偽界で十分なんだからね。それで安心できなかったのは結局のところマリア・イチノセっていう宿敵がいるせいだ。だからまあ、魔皇様が勝つにしろ聖女が勝つにしろ。今回をもって『獄吏開譚ごくりかいたん』はその用を終え、二度と開かれることはないってわけさ」


「……!」


 魔皇が負けたなら――つまりマリアが勝ったなら、当然魔皇はその野望諸共その身を砕かれて終わりだ。


 逆にマリアが負けたなら――つまり魔皇が勝ったなら、マリアを殺しきれはしなくても偽界へ未来永劫閉じ込めて終わり。


 ……確かに勝敗がどうなるにせよ、その偽界を俺が目にする機会はなさそうだ。


 つか、しれっと「先代魔皇から奪った偽界」とか言いやがったな?


 そんじゃあまさか魔皇は偽界を二種類も持ってんのかよ?! 


 そういや魔皇には相手の力を奪うスキルがあるんだっけか……先代から奪ったってのはそういうことなんだろう。能力的に発動条件は相当厳しそうだが、これもまた反則級のスキルだ。


 まさかそれをよく知るマリアが餌食になっちまうとは思わんが、だとしてもあの人が魔皇を倒すためにゃ最低でも偽界をふたつも攻略しねーといけないのか――いや、さすがの魔皇も二連続で偽界を開けはしないか? 


 しかし魔皇ともなればマリアを超えるくらいの魔力(MP)を持つことだってあるいは考えられる……くそっ、こりゃーマジで勝敗が読めねえな。


「はは、そうだろうそうだろう。あんたとの約束がなけりゃ私だって見学したかったよ。魔皇様と互角に戦えるっていう聖女の本気を見たかった……頂上の対決を目に焼き付けたかった。巻き込まれておっ死ぬかもしれんが、まあそれはそれで愉快な死に様だしな」


「……、」


「いやいやジョークなんかじゃないぜ? 魔皇様と聖女がガチで戦るなら、それこそ天変地異と天変地異の激突だ。だから二人だけでのんびりと楽しんでもらってんのさ。もしも聖女がこの場にいたらゴーレム軍団なんざものの数分で壊滅だろうよ。私が隊列に加わったところでそれが一分伸びるかどうかってところかね。そうなっちゃあ作戦もクソもないだろう?」


「ガロッサの紅蓮魔鉱石を奪ったのはそのためでもあったか。滅多なことじゃ教会本部、この中央都市セントラルシティから動かないマリアさんが、誘いに乗らざるを得ないように仕向けるための……!」


「ご名答。魔皇様や聖女にとってガロッサの石はそれだけ特別な物らしいね。とかくあの石を手に入れることが最重要だった。聖女の目と鼻の先だったものだから『灰の手』の誘導という名の協力がなけりゃ私らがいくら策を練っても達成は難しかっただろうが……ま、結果はこの通り。全て魔皇様の思惑通りだ」


 それは、否定できねえ。マリア不在の隙にこんだけ攻め込まれちゃあな。


 思えばガロッサでの失敗から常に後手後手だ。いや、『魔皇案件』ってのはその前からもずっとそうなんだろう。


 戦争を誘発させようとしている管理者『灰の者たち』の暗躍。そしてそれすら利用して本当の目的を達成しようとしている魔皇の周到さ。これらにいいようにやられちまってるのが現状の人類で――俺たちだ。


「なあ、ゼンタ。私からもひとつ聞きたい」


「なんだ」


 改めて状況のヤバさを再確認した俺に、薄まる月明かりを名残惜しそうに眺めるインガが問いかけてきた。


「あんた、ドラッゾ以外にも召喚できるんだろ。例えばほら、あのわんころとかさ。……どうして喚び出さなかった? まだまだ弱っちくても囮や壁役くらいにはなったろう。そうすりゃ私との戦いだってもう少し有利になったはずだ」


「なんだそれ、マジで聞いてんのか? ……お前が言ったことじゃねえか」


「私が?」


「初めに一対一っつってたろうが。お前は俺の条件通りドラッゾとドレッダの勝負を邪魔しなかった。だから俺もお前の条件を守った。そんだけのことだ」


「――っくく! あっははははははは! 勝つためにあれだけ我武者羅になれる奴が! そんな口約束のために不利を呑んだってのか? つくづく私好みだな、ゼンタ! そのいかれっぷりなら人間じゃあなく是非ともオニとして生まれてきて欲しかったな……ああいや、そうするとこうして楽しく殺し合えもしなかったのか。はっはっ、悩ましい男だよあんたは」


 ひとしきり大笑いし、苦しそうにしてまでも笑い続け、目尻に大粒の涙まで浮かべたインガは……それから「ふう」と息を吐き出して。


「ゼンタ。おい聞いてるか、私を打ち負かした初めての人間」


「ちっ、そっちが馬鹿笑いしてたくせに……んだよ?」


「私はお前の始末を受け入れる。本物の地獄ってもんがあるならそこで永遠に、これまでの所業に対する報いを受けたっていい。なんの後悔もない――もはや私が望むことはない。……だけど。最期にたったひとつ我儘を言わせてほしいんだ」


「けっ。言ってみろ、聞くだけ聞いてやる」


「どうかゼンタよ。――私の力を貰ってやってくれないか」


「……!?」


 何を言うのか見当なんてちっともついちゃいなかったが、こいつぁさすがに予想外が過ぎるってもんだった。


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