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302.お前の願いは

 【血の簒奪】。流血させなきゃならん条件付きではあるが発動さえしちまえば滅法強いスキルだ。


 入手したのはかなり早い時期だったが、その頃からずっと俺にとっての切り札でもある。少なくとも一対一でこいつが決まればそうそう負けやしねえと自信を持って言える。


 ……決まれば、だがな。


 発動できたとしても効果が続いてくれるとは限らねえ。血が流れるくらいの傷を負わせたとしてもそれが塞がっちまたり、出血を止められたり、あるいは単純に俺と敵の距離か離れ過ぎても【血の簒奪】は勝手に解除されちまう。


 それに解除とはいかなくても、俺のHPが満タンになると吸収が一旦止まるっていう欠点もある。自分の窮地ありき。それでこそ輝くスキルってんだから使う側にとってもちっとも簡単じゃあねえ。多用の利かない難しいスキルと言えるか。


 だが今回のこれは、そういうスキル由来のルールたぁちっとも関係がない。


 インガの拳は砕けたまん未だにだらだらと血を流してるし、位置だって十分に効果範囲内。【血の簒奪】は文句なしに適用されるはず――なのに。


 吸収が、止まった。体力の簒奪が中止された。それも一時的なもんじゃねえ、完全にスキルがぷっつりと切れちまった。


 そしてその現象は【血の簒奪】だけに留まらねえ。


 【超活性】も【金剛】も【遺産】も【黒雷】も【呪火】も。それらにかかっていた【死活】も、常時発動型の【先見予知】や【明鏡止水】、密かな虎の子【SP常時回復】までも。


 俺の武器であるスキルたちが、戦闘において欠かすことのできない相棒たちが――全部強制的に解除された。そして再発動ができなくなっている。


 さっき俺が危うく転倒しかけたのも身体強化が急になくなって調子が狂ったせいだ。そんで、こうなった原因ってのはわかりきってもいる。


 なんせ当人の口からそう聞いたんだからな……!


「スキルを封印しただと!? それがてめーの偽界の能力なのか……!」


「感じ入ってくれたかゼンタ。血の簒奪、だったか? さすがに命そのものを吸われるんじゃ戦い様がないんでね、防がせてもらったよ。それだけじゃなくあんたはもうどんなスキルだって使えやしないがね」


「……!」


 多種多様さ、それから問答無用さ。様々な効力と魔法での防ぎづらさこそが来訪者の持つスキルの厄介にして強力な点であると、来訪者について詳しい様子のスオウはそう語っていた。


 それには俺も大いに同意できる。


 言っちゃなんだが、初見殺しやハメ。

 そういう卑怯っぽいやり口で敵を沈めるのが来訪者にとっての基本にして究極の戦い方だ。

 今だってあのままだったら【血の簒奪】の初見殺しで勝ててたんだ。


 ところがインガは魔法では干渉しづらいはずのスキルを封じる手立てを持っていた。


 本人としては真っ向から俺のスキルの全てを打ち破りたかったんだろうが、だが偽界ってのは術者にとっての心象世界。根源とも呼べる場所。その能力がスキル封じだってんだからきっと、心の奥底ではそれを願ってるってことなんだろう。


 異能や超常、目に見えない魔力やシステムだとかに頼らない戦い。それがどんなもんかは考えるまでもねえ……腕力と、あとは根性。


 そんだけが頼りのガチンコの喧嘩だ。


「スキルだけじゃなく魔法だって封じるとなりゃあ、お前にも絶大なリスクが伴うはずだ。心象偽界なんていうスキル以上のハメを使っときながら一方的な有利を取らねえってのは、つまりそういうことなんだな?」


「っくく、そうだね。ここじゃ魔力は働かない。打撃に魔力を内包させる鬼拳も、そして当然、火魔法だって使えやしないから鬼火や焔摩拳ともおさらばだ。正真正銘私ができるのはただ殴る蹴るだけになっちまったってわけさ……あんたと同じでね」


「……ふー、やっぱしそうなのか。別に勘繰るつもりもなかったが」


「?」


「いや、なに。てめーの言ったことは全部が全部、ほんの少しの嘘もなかった。何もかもが本心だったと理解した――だから」


 頼みの綱、まさに命綱であるスキルの一切を封じられて。


 だがインガの言う通り、俺にはまだ動く手足がある。殴れもすれば蹴れもする。戦えるんだ。スキルがあろうがなかろうがそこは一緒だ――これが喧嘩だってんなら。


 俺が勝つ。


「喜べよインガ。お前の願いは、今日叶う」


「……!」


 瞠目。スキルの効力に何度も素直に驚きの感情を露わとしてきたインガだが、これほど目を真ん丸にして呆けた表情には一度もならなかった。それだけ今の言葉に大きな衝撃を受けたらしい。


 スキルが使えない俺。魔法が使えないインガ。そこの土台は同じ。


 しかしそもそも肉体性能がまったく違うだろうっつー話ではあるが――右手が壊れて使い物にならねえインガと、傷ひとつない俺。体力を吸い取られたインガと、吸い取った俺。


 こんだけアドバンテージがありゃあ鬼と人間っていう性能スペック差だって問題にならねえ。

 と、思いたい。


 いくらステータスが上がってるからって強化をかけずに挑むなんざ無謀の極みだ。だがインガだって魔力での強化はもうできねえんだ。


 まさに素の肉体での勝負。どっちがよりシンプルに強ぇかで片が付く複雑さ皆無のバトル……インガの望み通りで、そして。


 ごちゃごちゃ考えるのが面倒になってきてた俺にもぴったしの決着の付け方だ。


「――感謝するぜ」


「なに?」


「何個もスキルを使い続けて脳がパンク寸前だったんでな、難儀してたもんから解放されてスッキリした気分だ。それに何より、お前を負かすならこれが一番だと確信した……そうさ素手喧嘩ステゴロで! そろそろこの戦いを終わらせるぜ、インガ!!」


「ハハッ、ゼンタよ――臆さず挑んでくれるか! いいねいいねぇ、そうこなくっちゃあねえ! ああ終わらせようじゃないか、夢はいつか醒めるもの。だけどその前にとびっきり酔わせておくれよ! あんたっていう最高の美酒に!!」


 駆け出したインガはすぐに地を蹴って、距離を詰めてきた。魔力なしでも、手の平からのジェットの補助なしでも十分に速く鋭い飛び後ろ回し蹴り。


 それをスウェーでやり過ごしてから殴る。インガの顔面に当たった拳はガツッと小さくて鈍い音を立てた。


 さっきまでは殴り合うたびこの世の終わりみてーな轟音が鳴ってたもんだが、お互いなんの強化もなしじゃこんなもんか。だが全力だってことに代わりはねえ。


 俺の拳は痛むし、インガは「かぺ」と間抜けな呻き声を出した。だが。


「ふっ――」


「!」


 インガは殴られて仰け反った勢いで後転、左手で地面を掴んでまたしても逆さまのまんまで蹴ってきた。


 意趣返しか顔を狙ったそれをブロックし――ようとした途端、当たる直前だった足の軌道が変わった。


 握力任せに角度を傾けたインガは俺のガードを見てから狙う場所をわき腹へ変更。どごっ、と丸出しのそこへ蹴りががっつりと食い込む。


「ぐっ、ぶ――っらぁ!」


「……!」


 蹴っ飛ばされつつも蹴ったその足を掴む。


 インガの指は地面に突き刺さって身体を支えていたが、カブを抜くみてーに引っこ抜いてやった。そんでもって振り回して地に叩き付ける。


「かっは……、」


「おぉ!」


「っちち!」


 倒れたインガへ下段突き。を叩き込もうとしたが逃げられた。


 つむじ風のように旋回して素早く起き上がったインガは攻撃を外した俺の横っ面にフックを叩き込んできた。視界が揺らぐ。あの月まで意識がぶっ飛んで行きそうな威力だ。


「だらぁ!」

「ごはぁっ……!」 


 だから殴り返す。意識を繋ぎとめるためにも、そしてプライドのためにも。


 痛みには痛みで、拳には拳できちっと叩き返す!


「おおおおおぉぉっ――ガッ!」


「あぁああああぁっ――ッぐ!」


 クロスカウンター。自分は食らわない、なんて気の利いたことはもうどっちもできやしねえ。


 ただ相手を打ち抜くことだけを考えた結果の相打ち。ここにきてインガが前座と称したドラッゾたちの決着前と似たような様相となってきた。


 ってことは、つまりだ。


 決着目前にして俺たちの勝負は、ここからが本番だってこったな……!?


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