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300.鬼涙送葬『因果拳』

「むっ……!?」


 インガの反応はそらーもう顕著だったぜ。


 そりゃそうだろうな、俺を殴ってるこいつが俺の変化に気付かねーわけがない。その度合いで言えば俺よりもインガのほうがはっきり感じているかもしれねえ。


「まぁだ何かを隠していたか!? だけど使うのが些か遅かったね、このまま黄泉への片道切符を切らせてもらうよ!」


 殴打の速度が上がる。滅多打ちの密度が上がる。


 まだ本気じゃなかったのか。いやそうじゃねえ。こいつは、インガは、たった今もどんどん強くなってる――本気の質を高めていってる。


 それが【明鏡止水】がどんなに時間をかけても動きを見切れない理由!


 絶好調。そうとしか言いようのないボルテージで始末をつけようとする小鬼。


「――グガッ?!」


 が、呻いた。ラッシュが止む。さっきとは逆だ。今度は俺がインガの連撃を中断させてやった。


 この拳の一発でな!


「っ、なんだ……?」


「ふん――!」


「!」


 続けざまに蹴りつける。面食らってても追撃まで食らうほどインガは間抜けじゃなかった。俺の攻め方が浅はかだったこともあって簡単に躱されちまう。


 まあ……あえてそうしてやったんだがな。


「そォら!」


「ふんぐ……っ!」


「!?」


 業火をうねらせた拳が俺を捉える。殺意と破壊の衝動がこれでもかと詰まった拳だ。


 インガは俺の限界が近いってことを当然のように悟っている。これを受けては無事じゃ済まない。グラつかないわけがない――そう思ってたから、目を見開いて驚くことになる。


 俺の体は揺れず、膝を屈することもない。耐えてみせた。さっきまではどうしてもできなかったそれをやってのけた。


 となればインガもいよいよ俺に抱いた違和感ってもんを無視できなくなってきただろうが、それに構ってやる前にまずは。


「おっらぁ!」


「ッガぁ……!!」


 ぶん殴ってやらねえとなぁ!


 バッギン!! というこれまでにない音と感触。


 よーしよし、順調に馴染んできてんな。そろそろこっちもボルテージを上げていけそうだぜ。


 肉体的にはとっくに疲労困憊もいいとこだが、精神面で後れを取るわけにゃいかねえんでな……!


「っぐ、どういう手品だこれは……、あんたいきなり頑丈になった。そして拳の威力も跳ね上がった! こんなスキルがあるならどうして隠す必要があった?」


「しゃあねーだろ、元はなかったもんなんだから。種を明かしてやろうか――これはドラッゾの力さ」


「……ドラッゾだって? あいつはドレッダと一緒にくたばったじゃないか。もう何もできやしないよ」


「そいつは違うな。死人は残していくぜ、幸も不幸も。俺にとっての幸、お前にとっての不幸がここにある。それが【遺産】のスキル……!」


「遺産だと――まさか!?」


 披露するまでもなく目敏く見つけたようだが、わかりやすいように袖をまくってやった。晒した俺の腕を見てインガは納得と驚愕の混じった顔で頷いた。


「なんだかぼんやりとはしちゃいるが、それは紛れもなく竜鱗だ。そいつがドラッゾの遺していったものってわけかい?」


「ああ。これぞあいつの置き土産さ」


 薄っすらと肌にくっついてるこれはやはり、竜が持つ鱗。【遺産】が齎した変化に違いねえ。


 ドラッゾとの契約が終了したことで消えた【契約召喚・改】だが、それは俺の勘違いだったらしい。消えたんじゃなく、別のもんになってたんだ。旅立ったドラッゾの力を受け継ぐ新しいスキルへとな。


「なるほどそういうこと……ドラゴンの肉体の強靭さはオニだって一目置くほどだからね。そして竜鱗は奴らにとっての最強の矛であり最強の盾。その堅牢さは言わずもがな、属性に関わらず魔力そのものへの耐性まで持っている。だからこそ私も部下を設ける素材に選んだわけだが――そんなドラゴンの力を人の身でありながら得たかよ、ゼンタ! まさしく竜人の如くに!」


「その通りだ。俺が急に頑丈になったように感じたのも、拳の重みが増したのも。ドラッゾがくれた竜人としての特性がそうさせたんだ」


 ドレッダが以前に自慢していたように、今の俺はドラゴンが人間サイズにまで圧縮されてるのと同じ状態だ。


 パワーもウェイトも保ったままで小さくなってるドレッダの一撃は、スキルによる防御すらも貫通するほどの威力があった。それには竜鱗という天然の鎧の存在も大いに関与している。


 攻防一体にこなす鱗を手に入れ、肉体そのもののタフネスも上がった。【金剛】による硬化と合わせて難攻不落の要塞になったという自負がある。


 だからこそあの圧倒的なラッシュの最中にも反撃することが可能となったんだ。


 もう少し早く気付いていればとも思うが、だがあそこで気付けたのは幸運でもあった。そしてそれはたぶん偶然なんかじゃあねえ。


 あの世から見守ってくれてるはずのドラッゾが教えてくれた。俺には自然とそう信じられたぜ。


 ――だから余計に力が湧いてくる!


「この力をドラゴニックパワーとでも名付けるか。てめえが殴った感触に変化を感じたように、俺も感じたぜ。完璧な手応えってやつをな」


「……!」


「ここからの『絶死拳』はもっと痛ぇぞ――覚悟しやがれ!!」


 積もったダメージやスキルの併用による頭の鈍痛は増す一方だが、インガの連撃を浴びて死の淵に立たされたことがむしろ良かったようだ。


 これはランナーズハイみてえなもんか。

 あまりにも強烈に続いてきた苦痛も疲労も負荷も今だけはトんでいる。


 まったくねえわけじゃねえがフィルターを挟んだ向こう側にあるって感じで、薄くて遠い。戦いの邪魔をしねえ。代わりに高揚感が胸を占めている。


 新しいスキル、ドラッゾからの贈り物でインガを倒す。


 それを思い描いて心が躍っている!


「くくっ、ゼンタ! この土壇場でそんなもんを手に入れるとはなんていう悪運の強さか! そのおかげであんたも戦いの喜びを素直に受け入れる気になったようだね――ますます強敵になった! それでこそ私の認めた逸材だ!」


「だったら受けてみな、てめえを殺せる拳を!」


 踏み込んで、一撃。より打撃力の上がったそれをインガは両腕でしっかりとガードしながらも威力を抑えきれちゃいなかった。


 『絶死拳』がしかと内部に届いてるのが俺にはわかる。だが、それでもインガは笑っていた。


「最初の出会いから! あの日からわかってたよ、あんたには人間離れしたところがあると! 世が世ならあんたも魔族の興りになっていたかもしれないと! そう思わされるくらいにはあっ!!」


 弱っている。猛々しい有り様とは裏腹にインガのパワーは落ちている。


 それは俺がパワーアップしたこととは無関係だ。鬼と言えどやはり一生物。限界も底もある。


 さっきまではそれが見えなくて底無しにしか思えなかったわけだが、やっぱあの連打を食らったのはこいつをしてもかなりの負担になってたようだ。


 俺にとっても手痛い出費だったんで、その介あって何よりってところか……しかし。


「鬼涙送葬……!!」


「!!」


 殴り殴られをまた幾度も繰り返し、だが後退の距離は段々とインガのほうが長くなって。


 押されていることが如実に表れていることを認めたのかどうか、ともかく小鬼はジョーカーを切った。


 こいつにとっての必殺技――ドラッゾを傷ひとつ付けずに殺したという慈悲と無慈悲の一撃!


 それを俺にぶつける気だ……!


「――『因果拳』!!」


「っ……!」


 動けるとは言っても俺だってボロボロもいいところだ。ドラゴンを一発で仕留めるような拳と真正面から向き合っちゃいかん。それはわかってる。


 下策どころか愚策だってことはわかってんだ……でもなぁ!


 ドラッゾを殺ったこの拳を負かしてこそ、真の仇討ちってもんになるんじゃあねえのか!?


 だったら俺にゃ初めっから逃げの道なんてねえんだ!


「オォおおおおっ!!」


 迫る拳。自分の生み出した火すらも突っ切ってくるそいつには絶大な力が宿っている。インガの出せる全てが込められている。


 ――その全力に、俺もまた全力をぶつけた。


300話ヴァー

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