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30.最高の【悪運】

「ん、なんだい? 私の頭を手で挟み潰そうってつもりかい?」


 顔の両側を掴まれてインガは、にやにやしながらそんなことを言った。


 んなわけねえだろぼけ。

 こっちはてめえのように馬鹿みたいな怪力なんざ持ってねえんだよ。


 こうしてこいつの顔を掴む俺の狙いは、たったひとつだ。


「【接触】発動……!」


 ピックビークを僅かの間ではあるが恐慌状態にさせたスキル。それを食らってインガはほんの少しだけ眉根を寄せたが、すぐに元通りの笑みを浮かべた。


「接触……? そうか、何かのスキルを使ったんだね。逆転の一手のつもりだったかい? だがお生憎、そいつは私に通用するような代物じゃあないようだよ」


 確かにインガはピックビークのように動揺している様子はない。首を握る手の力だってちっとも弛んじゃいない……薄々わかっちゃいたが、LV1程度のスキルじゃインガにはまったく効果がないらしい。


「ちっ……、くそったれ」


「はは! そう苛立つなって。こんな状況からでも勝とうとするガッツは、認めるぜ。勝負を捨てる奴ってのが私は大嫌いなもんでねぇ。だから、諦めない坊や……ゼンタとか言ったか? あんたも苦しませずに逝かせてやるよ」


 こいつは終始、勝手なことを言いやがるな。

 お前なんかに認められようが少しも嬉しくねえんだよ……!


 いい加減、呼吸の苦しさが限界に近くなってきた。

 だが、インガの頭から手を放すわけにはいかねえ……気張れ、俺!


「私唯一の、慈悲の技。この拳はあんたの体を傷付けることなく命のみを奪う」


 微妙に開かれた拳を胸の前に持ち上げるインガ。その握り方は、確かに今までインガが振るった拳とは違って、妙に力の抜けたものだった。


「鬼涙送葬『因果拳』。何を隠そう、さっきのドラゴンを仕留めたのがこの技さ。だから外にあった死体は、綺麗なもんだっただろう?」


「……!」


 外傷のないドラゴンの亡骸。

 その謎は、こいつの技にあったのか。

 ……だがそんなことよりも、インガの言葉で俺の気に障ったのは別の部分だ。


「やたら偉そうに、しやがって……奪わなくていい命を、遊び半分に奪っておきながらよ……!」


「それの何がいけない? この世は弱肉強食。弱い奴ってのは、強い奴に何されたって文句を言えないんだよ。だって弱いんだからね。それがイヤなら、強くなるしかない。当然の理屈だろ?」


「強い自覚があるなら……少しは我慢できねえ、のか? 強者の余裕、ってもんを……見せてみろってんだ……!」


「今、見せてやってるじゃないか。気に入った奴を甚振らずに殺してやる。これぞ強者としての矜持ってもんさ」


 俺が何を言おうと、まったく響かない。


 インガは自分ってもんを持ってる。己にとっての正しさってのを、信じて疑わないこと……ただ体が強いだけじゃなく、そういう心の強さまでこいつにはある。


 ――だけど。


「まあ、恨むんなら私じゃあなく、私と出会っちまった自分の不運を恨むことだね。せめてもう片方も来訪者だってんなら、もう少しくらいは長生きできたかもしれないが……よりによって守る以外のことができないような奴を連れてきちまうとは、つくづく坊やも運がないね」


「……へっ」


「おや、笑うのか。いいねえ、死の淵でもそんな顔ができる奴は、私は大好きだよ」


「馬鹿が……俺は、お前のことを笑ってんだぜ」


「――なに?」


 少しだけ、声を低くして。

 不愉快さを見せたインガが、俺の喉に指を食い込ませながら言った。


「坊やが私の何を笑うってんだい」


「ガっ……へ、へへ。これが笑わずに、いられっか。あんまりにも、とんちんかんなことを言うんだからな」


「……、」


「俺の不運は、認めるさ。お前なんかと鉢合わせたのは間違いなく最低の不運だ……でもな」


 信じてよかった。

 信じてもらえてよかった。

 そう思えたからこそ、俺はこいつを笑ったんだ。


「だが、サラとの出会いはよぉ……こんな不運だって笑い飛ばせる、俺にとって最高の【悪運】なんだぜ……!」


「サラ……? あの女のことか。アレがどうしたって、」


 と、そこで言葉を切ったインガ。気配を察したらしいな。


 俺の腕をどかして、顔を動かして。

 その視線の先には、俺たちのすぐ傍にまで忍び寄って来ていたサラがいる。


「あんたいつの間に……いや、それよりも。その光はなんだ!?」


 わけがわからない、という顔をするインガだが、それに関しては俺も同意見だった。


 サラはテッカテカに光っていた。

 薄くではあるが、確かにその全身が神々しい白光を放っている。


「『清廉、暁に座す至上の守人よ。只願う、希う小さき者らに比翼の加護を与えよ』」


「なっ、あんた――」


 サラはインガの問いに答えようとはせず、不思議な呪文めいた言葉を囁きながら俺の体に触れた。


 ぽわん、と優しい光に包まれた俺たちを見てインガは声を荒げたが、もう遅かった。


 そうだ、時間稼ぎはとっくに終わってるんだぜ!


「――『リターン』!」


 サラが力強くそう唱えた瞬間に、グィイイイ! と視界が引っ張られていく。俺の体はインガの手を逃れ、宙を飛び、天井の岩盤すらも突き抜けて――違う、擦り抜けて大空へと舞って。


「うおぉおあおあおおあ!?」


 そのまま目にも留まらぬ速度でウラナール山を後にした――。



◇◇◇



 ゼンタとサラに逃げられ、ドラゴンゾンビの肉体も幻だったかのように消え去ったそこで、インガはしばらく動かずにポカンとした顔をしていたが。


 固まっていた彼女もやがては動きを再開し、ゼンタの首を絞めていたはずの手を頭にやってぼりぼりと掻きむしった。


「……やってくれるな、ゼンタ。あのスキルも、私の顔を掴んだのも。全部サラの接近に気付かせないようにするためだったか。そうすりゃ生き延びられるって算段があったわけだ。あの土壇場でそこまで互いを信じられるたぁ、大した信頼関係だ。妙に初々しい感じがしたんだが、ああ見えて相当長くコンビを組んでるってことかね」


 しかし参ったね、と天井隅に張り付いた繭を見上げてインガは言う。


「見事に逃げられた。そこは天晴れと誉めるしかないが、意図しないところで情報を持ち帰られちまったのは痛いねえ。こうなると今度こそ面倒なのが大勢で押し寄せてくるだろうな」


 インガは考える。ドンパチやれるのは個人的には大歓迎だが、今のインガは自由の身ではない。最重要なのはこの繭であり、これを守ることこそが自身に課せられた使命。


「さすがにコレを守り切れる保証はないな……私はそういうの向いてないしな。となれば、隠れ場所を変えるしかないか。やれやれ、もうすぐ孵るってときに引っ越しとはねぇ。産まれに悪影響がなけりゃいいんだが」


 繭の状態をしげしげと観察しながら、安定している今なら場所を移しても問題はなさそうだと結論付ける。


 また運ぶ手間がかかることに辟易としながら、インガは目を細めた。


「このインガ様がこれだけ手塩にかけてんだ。よっぽど役立つ部下になってくれなきゃ、イヤだぜ?」


 ドクン、とその言葉に応えるように繭が鼓動を上げた。



◇◇◇



「はあ、はあ、はあ……」


 ようやく自由に呼吸ができるようになった俺は、不足していた酸素をたらふく摂取した。焼けたように痛む喉をこすりながら顔を上げれば、目の前にはポレロの街があった。


 横でへたり込みながら安堵の息をついているサラ。あの横穴から脱出できたのは間違いなくサラの力だ。いったい、何をしたってんだ?


「お前の体が光ってたのと関係があんのか?」


「あれは祈りを捧げたことで起こる、奇跡の象徴です。力不足の私が『リターン』を使うには事前の準備と、ああやって魔力ブーストを利用しなければなりません」


 ここに目印を描いたことを覚えていますか、とサラは足元を示しながら訊ねてきた。言われて思い出した。そういやサラは、出発するときに『帰ってくるためのおまじない』と言ってここに模様みたいなのを描いていたっけな。


「他にも『ヒール』や『ハイプロテクション』も習得していますけど、今の私では祈りなしでは使えません」


「祈るには時間がいるわけか」


「はい。だからゼンタさんに時間を稼いでもらう必要があったんです」


 なるほどね……なかなかの無茶をさせられたが、そのおかげでこうして絶体絶命の窮地から逃れることができた。サラには感謝しかねえ。


「しっかし、とんでもなく疲れたな。すぐ一休みしたいところだが……」


「私もです。でも、一刻も早く私たちの見聞きしたことを組合に報告するべきだと思います。……報酬もいただかないと先立つものがありませんし」


「……だな」


 後半の理由のほうが切実な気もするが、あのインガって奴のことを早いとこ組合に知らせたほうがいいってのは俺も激しく同感だ。


 俺たちは疲労に押しつぶされそうな体を気力で動かして組合に向かった。足取りはたぶん、側から見るとゾンビみてえだったろうな。


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