3.魔物を呼び出す
見間違いじゃなかろうか、ともう一度スキル欄を確認し直してみる。
『スキル
【悪運】
クラススキル
【武装:LV1】
【召喚:LV1】』
うん、見間違いじゃあない。
確かに新たなスキルとして【召喚】ってのが書き込まれているな。
しかしこりゃどういうスキルだ……?
クラススキルのほうに書かれてるってことは、こいつも【武装】と同じく俺のクラス――ネクロマンサーに関したものになるってことだけはわかるんだが。
「悩んでもしかたねえか。わからないもんはとにかく押してみろってな」
説明は割と細かく用意されてるからな。
読んでみてもよく理解できねーのもちらほらあるが。
ステータスの英字とか【悪運】とかな。
そういう類いじゃねえことを願いながら【召喚】の文字を押してみる。すると。
『【召喚】:職業に応じた魔物を呼び出す。絶対のしもべをどう使うかはあなた次第』
あー……。薄々そうじゃねえかとは思ってたんだが、フレーバーみたいな後半はともかく前半はほぼ【武装】の説明と一緒だな。武器を魔物に入れ替えただけだ。
そして下に解放済みのものが書かれてるのも同じだな。
『選択可能:【ゾンビドッグ】』
「ゾンビドッグ……」
ゾンビの犬――じゃねえ、犬のゾンビか。
はいはい、いかにもネクロマンサーって感じな。
人骨をナイフにするくらいだからそりゃーゾンビとだって仲良しだわな。
「しかしこれ、武器より凄くねー? 魔物を味方にできんのかよ。魔物使いじゃんか」
なんか職業にそういうのもありそうだな。
召喚士とかさ。
逆に言うとそういう職業でもないのに召喚ができるなら、ネクロマンサーは割と当たりなんじゃねえのか? よくわからんけど。
「とにかく……呼び出してみっか」
ゾンビドッグとかいう(おそらく)モンスターがどんなやつなのか実際に確認してみないことには【召喚】のスキルに評価はつけらんねー。
と、いうわけで【武装】の要領で念じてみる。
来たれ俺のしもべよ!
「わおん!」
うお、本当に来ちゃった。
なんかめっちゃくちゃ血色の悪い犬が突然目の前に現れたよ。
召喚エフェクトとかないんすね。
「えーっと。呼べたはいいが、どうすっかね」
行儀よくお座りしているゾンビドッグは、けっこう可愛い。
可愛いだけに、俺の期待とはちょっと違うっていうか……ぶっちゃけ全然強そーに見えん。
できりゃあ俺のことを守ってくれるモンスターに来てほしかったんだがなぁ。
これじゃ俺のほうがこいつを守ってやらにゃいかんでしょ。
「わおん?」
俺が浮かべているだろう悩ましい表情を見て疑問でも持ったのか、首を傾げるゾンビドッグ。
かと思えば、ひらひら飛んでる蝶へと目移りしてそれを追いかけ始めた。
俺の周りをやたら短い足でどたばた走るゾンビドッグ。
……フォルムから受ける印象よりは足が速いな。
「つーかなんで小型犬なんだよ。これコーギーって犬種か?」
頭を掻きながらもう一回【召喚】の項目を見る。
あ、【ゾンビドッグ】の説明もやっぱありそうだ。
先にそっちも読んどきゃよかったなと後悔しつつもそこを押してみる。
『【ゾンビドッグ】:不遇の死を遂げた犬の魔物。腐っているからか鼻はあまり利かないようだ』
「いや説明になっとらんわ」
犬なのに嗅覚弱いのかよ。それってもう犬じゃなくねー? 鼻の良さが最大のアイデンティティみたいなとこあるだろ。
楽しそうに蝶を追いかけ回しているゾンビドッグを見る。
なるほど、体のあちこちが青を通り越して紫がかっているのはこれ、そういう体毛なんじゃなくて腐ってるからか。
そりゃー鼻も利かんわな。つっても臭いとは思わねーけどな……。
「へっ、へっ、へっ……わう」
「バテたか。お前スタミナねーんだなぁ」
疲れて走るのをやめたゾンビドッグへ近づいて、ちょっと頭を撫でてみる。
お、気持ちよさそう。
そんじゃ背中はどうだ。
あー、こっちも気持ちよさそう。
でも手触りが心なしかぶよぶよしてるような……贅肉のせいだと思いたい。
甘えてるのか腹を見せてきたゾンビドッグ――っていちいち呼ぶの面倒だな。長いし可愛げがない。なんか名前があったほうがいいな。
うーん。犬だとどうしてもポチとかが浮かぶが、それだとありきたりすぎるか。
ならゾンビであることにちなんで、『ボチ』にしておこう。
「お前の名前はボチだ。そう呼ぶからちゃんと覚えとけよ」
「わおっ!」
「おお、俺の言ってることわかるのか?」
だとしたらめっちゃ賢いな。
犬のしつけなんてしたことねーし、言うこと聞いてくれるのはマジで助かるぞ。
「っとと、まずはSPをどんだけ使ったのかチェックしとかねーと」
そう思った瞬間に見えたMPバーは、また半分以下に減っていた。
マックスが確か7だから……全体からすると残ってるのは2ポイント分くらいか?
ってことは【召喚】スキルで消費されるSPは5ポイントってところか。
「げ、じゃあこれって……」
イヤな予想が頭に浮かんだ。
外れていることを願って【武装】スキルを使おうと念じてみるが、骨のナイフは思った通り出てこなかった。
そこで試しにボチを連れてさっきの洞穴にまで戻ってみたが、どこを探しても俺の落としたナイフは転がっていなかった。
「手放すと消える仕組みか? つまり呼び出しっぱなしだから新しいナイフが出てこないってわけじゃねーと」
じゃー確定だな。
やっぱSPが足りてねーんだ。
これで【武装】と【召喚】は同時に使うことができないとハッキリした。
ハッキリ言ってこりゃあよろしくないな。
HPと同じくSPの回復手段も判明してないことだし、うかうか新スキルを試せもしねー。
いやもう試しちまった後なんだけどな。
「回復してーならレベルアップを狙うしかねーわけだな」
とは言うものの、どうすりゃいいんかね。
瀕死からは脱したが遭難しちまってることに変わりねーし、いくらHPが満タンでもまたあの熊みたいなのに出くわしたら普通に死ねるぜ?
レベルアップして強くなれるんだったら手頃な獣……なんか草食系の危なくねーやつとかを仕留めてメシ兼経験値として二重の意味でおいしくいただきたいところだが。
じゃあどうやってそういうのを探すんだって話だよな。
罠とか作れる気がしねーし、素手で動物捕まえられる気もしねー。
……考えるほどマズいじゃねーか。
さっき見た景色からしてコンビニどころか人の住んでる場所すら、ここいらにはまったくなさそうだしよ。
何かに襲われる前にさくっと飢え死にしそうな気がしてきたぞ……。
「ああそうだ、お前はゾンビだっていうくらいだし餌とかいらんよな?」
もし必要だと言われても用意してやれないぞと思いながら振り返ると、俺の後ろからついてきていたはずのボチがいなくなってた。
急にどこいったんだ――まさか目を離した隙に変なのにやられちまったか?
不安に思ってすぐに洞穴から出てボチを呼んでみた。
すると、割とすぐ近くから「わおん!」と返事があったもんで拍子抜けしたぜ。無事で何よりだけどな。
「まったく、勝手に離れるなよ。心細いだろ――って、お?」
茂みをガサゴソさせながら出てきたボチにそう言いかけて、その口に咥えられてるものに目を奪われた。
「わおっ」
俺の前にボチが置いたのは、兎だった。
額からちっこい角が生えてることはちょいと気になるが、それ以外はどう見ても兎そのものだ。
「まさか、狩ってきたのか? この短時間で?」
俺が困ってるのを察して食料を調達してきた。
なんて考えるのはさすがに都合がいいかと思ったが、ボチのどことなく誇らしげな、それでいて褒められるのを待っているような顔付きを見て確信した。
こいつさては、マジでめっちゃくちゃ賢いな?
「よくやったボチ!」
「わふ~~~」
褒めながら撫でまわしてやると、ボチは恍惚とした鳴き声を出した。そんですぐにまた茂みの向こうへ突撃していって、同じような兎を仕留めてきた。いやマジですげえよ、ボチ!
それを五回くらい繰り返したあたりで、さすがにと思ってやめさせたけどな。
言っちゃ悪いが多すぎても困るんすよ。
ただまあ、これで肉は確保できたし。
しかももうひとつ嬉しいことに――。
『レベルアップしました』
また目の前にこんな画面が出たんだなー、これが。