299.俺の拳ごと砕け散れ
【超活性】、【先見予知】、【死活】、【同刻】、【金剛】、【怨念】、【接触】、【呪火】、【黒雷】……まさに大盤振る舞いって感じでぶつけた渾身の一撃も、それだけでインガをどうこうすることはできなかった。
「おォッ……!」
「かはッはぁ!」
突っ込んできたインガの火炎を突き破って拳を届かせる。貫通力なら【呪火】よりも【黒雷】だ。
そう意識したからかは知らんが思惑通りにいったものの、インガは殴打を額で受け止めていた。頭蓋骨は硬い。それがインガのものともなればなおさらに。
小さな角が生え際から覗く鬼の額はビクともしてねえ。
これはヒットポイントをズラされたせいでもある……つまりはヤケクソみてーなガードの仕方に見えて、その実そんだけ冷静に対応されたってことだ。
「鬱陶しい奴だ……!」
「かかっ、熱いのは嫌いかぁ!?」
「てめーもてめーの火も大っ嫌いだよ!」
暴力的な火炎のうねりが俺の体を持ち上げようとする。どんな熱量があればこんなことができんだか。
ドロドロと溶解していく足場に舌を打ちつつも俺は【環境適応】を最大限に活用し、両足を開いてタメを作る。
「っらぁ!」
「っぐぅ!」
いちいち火力にビビってなんかいられるか。自分から飛び込んで火元へストレートを叩き込んでやったぜ。
だがそんな俺の行動はインガの予想通り――否、これもまた期待通りのものだったんだろう。
「しゃおらッ!」
「っがぁ……!」
即座の返撃を貰っちまう。こいつめ、今のだって相当いいのをぶち込んでやった自信があるってぇのに、まるで気にせず殴り返してきやがるだと……!
ちっ、これだ。
どんだけ攻撃を入れても屁でもねえって面に態度に戦いぶり。
あるいはインガのほうも俺に対してそう思ってるのかもしれねえが、スキルありきとは違って素の肉体でここまで頑丈だとなんかのバグのようにも思えてくる。
命の核に手が届いた感触はあったが、ありゃ本当に指先でちょいと触れただけだったのか。
本当の意味で届いたと言えはしねえんじゃねえかと、俺の中の確信が揺らぎ始めている。
その原因のひとつが。
「っしぃ――」
「く……、」
「はぁっ!」
「ガは……っ」
飛び回し蹴りを空振ったインガが、宙で加速。
縦回転からの打ち上げ蹴りで俺の顎をかち上げた。
両手のジェットを活用した変幻自在の動きと軌道はこれでもかと俺を翻弄してくる。
「っぐ、くそったれめ……!」
いくらこいつが素早いからってここまでいいようにやられるなんてあり得ねえ。始めのうちはともかくこんだけやり合ってるんだぞ。
本来なら。これまで通りなら。【明鏡止水】がもう答えを出してる頃だ――インガの動きに慣れてきていてもいい頃合だってのに。
なのに一向にそのときが来ない。
きちっと【明鏡止水】は発動している。危険を教える【先見予知】を活かせているのも【明鏡止水】の集中力によってインガの挙動をどうにか捉えられているからってのが大きい。
この高速戦闘に目だけじゃなく、思考も追いついてんのは間違いなくスキルの効果であり、そしてそれは戦いが続けば続くほどもっとデカい恩恵になるはずなんだ。
スキルが発動しててもそうならねえってのは、要するに。
インガもまた、急速に学習し!
俺という敵への理解度を深め!
戦い方を修正していっていることの証明――イタチごっこに陥っていることの証左!
このままいくら待ってようと【明鏡止水】が俺の優位を確立することはない……、
だったらぁ!
「【同刻】発動――【死活】・【技巧】!」
「!」
さらにスキルを重ね掛ける!
脳内の明滅がヂカヂカッとより深刻な症状を訴えるが、んなもんはがん無視だ。
体が動くならそれでいい。頭が潰れようが爆発しようが今は一発でも多く! 少しでも速く! この拳を打ち出すことが最重要!
「いい顔だっ、ゼンタ! まさにお前も殺戮の悪鬼! 地獄に住まう貉だ――私と殺し合うに相応しい戦士だ!」
「いいからそろそろくたばれや、殺人鬼!!」
連拳。片手で放ったそれをインガは両手で捌く。火の付いた手はそれだけで俺の腕に気が狂いそうなほどの熱を残しやがるが、俺にゃもう一本腕があるんだぜ。
「っさぁ!」
「がふッ……!」
脇腹に突き刺した拳を引き抜くよりも先にやることがある。
「どぉら!」
「ヅぅ……ッ」
顎の仕返しにこっちもインガの顎を蹴り上げた。
俺より小さい体が浮き、少しだけ地面から足が離れた。
ここからでもこいつはジェット戦法で自由に動けはする――が、つってもそれはジェットを使えたらの話だ。
「【死活】・【怨念】!」
「――、」
ドラッゾのおかげで増えた使用回数をここで切る。
【接触】は同じ相手に短い間隔で発動させると効力が弱まるんでこうは使えねえんだが、【怨念】なら別だ。発動さえできれば絶対に作用すんのがこのスキルの強味。絶対に敵に鈍重化をかけるっていう執念がある。
そんでもって動きも反応もノロくなったからには、インガのジェットよりも俺のが早く仕掛けられるって寸法よ。
「うぉっらぁ!」
「ゥおぐ……っ!!」
先の再現のごとく『絶死拳』がクリーンヒットする。我ながら見事に顔面をぶち抜いてやった。芯を捉えた手応えもちゃんとある。
――ここが攻め時!
「うぉおおぉおおおおおぉおぉぉぉぉぉおォ!!」
「ッヅ………………、」
殴る殴る殴る殴るしこたまに殴るひたすらに殴るとにもかくにも殴る殴る殴る殴る殴る!
いっそ俺の拳ごと砕け散れと心底からの殺意を乗せて思い切り殴りに殴る。
ここを逃したら勝機はねえ。
さすがにHPの減りも馬鹿にならなくなってるがそれ以上にSPの残量がヤバい。
常時回復のスキルを加味してももうしばらくでまったくスキルを使えない時間帯がやってくる。
そんときは発動できても精々【超活性】の維持がやっとってところだ。【死活】で強化すらもできねえんじゃインガ相手に戦えるはずもない。あっさりと殺られて終いだ――だからその前に倒し切る!
全てを出し切って仕留めるしかねえんだ……!
「ぶっっっ斃れろぉおおおおおおおおおおぉ!!!」
殴って殴って殴って殴って殴って『絶死拳』が数え切れないだけのラッシュとなって小鬼の肉体を余すところなく滅多打ちにして――その果てに。
「なっ……んだと?!」
ガシッと。
俺の両手首が掴まれて、無理矢理ラッシュを中断させられた。
「――っつぁ、好き放題に、やってくれてぇ……」
「イ、インガっ! てめえ……!」
「あ゛あ、最高の殺意だったよゼンタ……だから今度は私の殺意をくれてやるッ!」
「っくそ!」
両腕を振り払われた。先手を打とうとしたが、間に合わない。先んじる手腕は戦闘狂のこいつに一日の長がある。
「っらぁ!」
「ぐぶっ……、」
全力全開を注いだ直後に貰う一発は、痛ぇなんてもんじゃなかった。まさに悶絶だ。
体ん中から色んなもんがせぐり上げてくる。
そのうちのひとつには弱音もあったが、冗談じゃねえ。
そんなのを漏らしてたまるかと死ぬ気で堪える。
「はぁっ、っく……、」
「苦しそうだね。だけどまだ死ぬんじゃあないぞ――お礼を丸ごと受け取ってくれなきゃ困るぜ!?」
「……っ!!」
「焔摩拳――『鬼焔挽火』ァ!」
連撃。怒涛の拳打が襲ってくる。
……インガは俺が打ったのと同じ回数を打ち返すつもりなんだろう。パンチスピードは俺より早いんですぐに終わりそうだが、その前に死んじまうな。こんなんHPが持ちやしねえよ。
殴られたと思えばもう次の拳に殴られてる。それも俺を焼き尽くさんと嬲る業火のおまけつき。もう痛みも熱さもろくに感じなくなってきたぜ。
どうせなら反撃のために体が動いてくれたっていいのに、衝撃だけはちゃんとあるせいでなんにもできねえ。このままインガの連撃に身を任せるしかでき――。
「……?」
それは、まったくの偶然の気付きだった。
俺の中に――俺の見知らぬスキルを見つけた。




