298.それが満足か!?
「ぐがッ……!!」
腹ん中で火山が噴火した。いやむしろ、俺自身が火口から飛び出すマグマになったような。そんな勢いでぶっ飛ばされた。
地面を転がり、さらに激しさを増した熱と痛みにのたうち回る――よりも先にインガが追いついてくる。
「ハハハハハハハハ!」
「ちィっ……!」
起き上がって躱す。火拳が落ちて地を溶かす。
立ち昇る熱流に視界を燻らせながらも俺たちは同時に拳を向け合った。足場の悪さなんか【環境適応】で問題にならん!
「「オッラァ!」」
死の呪いがインガの腕へ確かに通ったのを感じる。
それと同じく、インガのほうも熱気が俺の肉体を焦がしていることを感じ取っているだろう。
HPがみるみると減っていく――だがカンスト聖女との訓練を経てステータスが伸びたことと【金剛】によるダメージ軽減のおかげでまだ猶予はある。
来訪者は『神』のシステムで守られてるんで体が燃えたりもしねえ。
物理も火も通りにくいってことで、インガにとっちゃ俺はやりづらいことこの上ない敵だろう。
だがそいつは俺の有利を意味しない。
相手に抱く所感はこっちも限りなく一致してるからだ。
インガは鬼。本人も言ってたように鬼ってのが魔族の中でも――あるいは種族云々よりもインガ個人がとびきりイカれてんのかもしれねえが――特に強靭な肉体と生命力を有していることは間違いないようだ。
強ぇ奴には死属性ってのは通りにくいんだよ。戦闘力だけじゃなく生物的な強さでも同様にな。
そういう目で見るなら俺は魔族よりも人間を敵にしたほうが活躍できる人材と言うこともできるが、そんな想定はするだけ無駄だ。だって俺は人間で、魔族と戦うと決めた身なんだから。
だからこれはとっくに覚悟してたことではある……あるんだが、必死こいて編み出した『絶死拳』をこんだけくらわしてもへこたれねえ奴を前にすっとどうしてもうんざりとした思いが湧いてくる。
まあ、それ以上に。
絶対にぶっ倒してやるって気持ちはもっと強くなってるがな。
「インガぁ!!」
「ゼンタァ!!」
火力がまた増した。目の前に現れた爆炎の渦。それを【呪火】を強く意識しながら拳を振るうことで取っ払う。
名前と裏腹に【呪火】は火属性を持たねーが性質は火と同じで、そのうえで呪いでもある。インガの火を退けるためには【黒雷】よりもこっちが向いてる。
「鬼拳!」
「!」
インガの速さを考慮して素早く邪魔な火を払ったつもりだったが、その瞬間にゃ懐に入られていた。
こいつ、ここにきてどんどん加速してやがる。あの韋駄天野郎のスオウにも迫ろうかってくらいの速さじゃねえか。
「『狂い裂き』!」
貫き手。火拳ならぬ火剣となって手刀が突き出される。それを俺は。
「――っはぁ!」
「何……!?」
真剣白刃取り、ならぬ火剣鬼刃取り。
ままよと思ってやってみたが案外うまくいくもんだ!
「ハっ、私の突きをこんな風に止めるかよ!」
「自分でもびっくりだぜ、っとぉ!」
「うっぐ……!」
横蹴りをぶち込む。追撃をかまそうとしたが、インガの動き出しはやはり早い。
俺とは逆に与えられる痛みや敵の強さを己が活力に変換してるようだ。そう思えるくらいに高く跳び上がった奴の面は活き活きとしていた。
「焔摩拳――『火芽吹き』!」
「!?」
まるで流星群。振り落ちてくるいくつもの火の塊に俺はそんな感想を抱いたが、空を彩る星々に見惚れてる場合じゃねえ……これら全部が俺に目掛けて降ってくるんだからよ!
「ふうっ……――おぉおおおおおおおおおおぉッ!!!」
ごく短い間で呼気を整え、そして気合を入れ直す。
あれだけの数、あれだけの速度だ。
下手に逃げ回ったところで背中に火球を浴びることは避けられねえ。
一度そうなれば最後、残る全弾を無防備に食らっちまうことになる。
そうなるくらいならいっそのこと――全弾この手で砕くまで!
「うら! うらっ! ぅうらうらうらうらうらうらうらうらうらうらうらうらうらうらぁっ!!」
殺意全開の火球たちを、こちらも殺意全開の拳で真っ向から迎え撃つ。
数は多いが落下速度も半端じゃねえんでそれら全部が一瞬で押し寄せてきたが、フルスロットルならその対処もなんてこたぁねえ。俺もただ拳の回転速度を引き上げればいいだけのことだ。
「――うっらァ!!」
最後の球を消し飛ばす。パーフェクトだ。一発たりとも掠りもしてねえ。
なのに【先見予知】による危険の知らせは切れずに続いている。
「?!」
空の上にいたはずのインガが、すぐそこにいた。その両手からはジェットのように火が吹いている。
【神火】がエンチャントされた【神槍】と同じ原理だ――火球の群れと共に戦闘機さながらの機動力で宙を翔けてきたんだ!
こいつにはこういう技もあると知ってたのに念頭に置いてなかった俺の間抜けっぷりもさることながら、何よりインガの戦いへの慣れ具合がハンパじゃねえ。攻撃に紛れ込むことで俺の目も【先見予知】も誤魔化しやがるとは。
それを思い付くのも実現させられるのも並外れた戦闘IQあってこそ。そういう部分でもインガは俺の上を行くらしい。おかげで対処が遅れちまった。
なら、仕方ねえ。
「【死活】・【怨念】!」
「う、ぬ……ッ!?」
ゲットしたての虎の子スキルをここで使っちまおう。
【怨念】は一定の範囲内にいる対象へ問答無用の鈍重化をかけてくれるもんだが、インガともなればそれでも動いてくるのは当然――そう思ってたってのに、動くにしても思いの外鈍いな。想定以上に鈍重化の作用が強いようだ。
これはおそらく、ドラッゾの恨みによるものだ。【怨念】はやられた仲間のぶん発動回数と効力を高める仕様になってるからな。
今回ドラッゾはインガとは直接戦ってこそいねえが、一度は殺されてるくらいだ。ドレッダのこともあってその恨みは山より高く海より深い。それがきっとインガの肉体に重みとなって表れてんだろう。
「【死活】・【接触】」
「ぐ、……ッ!」
速さの失われた速攻に怖いもんなんてねえ。
火の拳を受け止め、そしてもうひとつのスキルも発動させた。
鈍重化と恐怖効果の二重弱体化。マリアにも多少効き目のあったこのコンボはインガにも有効だったようで、拳から力が抜けてくのがわかった。
へっ、初回はまったく通じなかった【接触】も今では立派な武器だな。
とはいえインガのことだ、効力があるにしたってそう大した時間じゃねえだろう。すぐに猛火のごとき勢いを取り戻して襲いかかってくるはず。
その刹那の間が俺にゃ値千金だがな。
「行くぜェ!」
「っ、」
ぐっと腕に力を込める。と同時にくらりと意識が遠のきかけた。脳みその奥がチカチカ明滅する。
体内にこもった熱のせいかとも思ったが、たぶん違う。これはスペックオーバーの印。いくつもスキルを使ってるせいで起こる副作用みてーなもんだと直感する。
通常なら同時使用不可の制約でかかるはずのねえ負荷が【同刻】のせいでかかっちまってるからな。何個もスキルを発動してるうえにその全部に【死活】を乗せている。
そりゃあただでさえ潤沢とは言えねえ俺の脳の容量をぶっちぎるのも当たり前ってもんだ。
このままじゃ古いパソコンみてぇに頭がクラッシュすることになるかもしれんが――それがどうした。そうなるならなったって構いやしねえ。
そんなことでこいつをぶっ飛ばせるんだったらなぁ!!
「『絶死拳』!!」
「……ッッ!!」
スキルを詰め込んだ渾身の一撃が、決まる。芯を打ち抜く感触が拳にあった。これは魔族の人知を超えた生命力の核へ手が届いた証拠だ。
「どうだぁッ、この野郎! すっ転んでそれが満足か!? てめえにとっての喜びかよ、ええ!?」
「そうだとも、これが私の喜びだ……! お前が私にくれる喜びだ! だから私も! お前にこの喜びを分けてやろうじゃあないか!!」
「インガぁ……!」
「ゼンタ――ッ!」




