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296.焔の拳と死の拳

「鬼仏灼情……!」


 手の中の火を、握り潰した。その行為の意味がわからず一瞬困惑したが、途端にインガの拳が激しく燃え上がったことで察する。


 つまりはこれこそが、この状態こそが――。


「そうだ、鬼火を纏わせた拳! これぞ真なるオニの拳術――『焔摩拳』!」


 業火の拳! 火を扱うインガにとっちゃこんな色物も当然の技か。加速と空中制御のために使ってたさっきの火よりも遥かに熱く、勢いよく燃え盛る鬼火。


 その危険性は【先見予知】に頼らなくたってバリバリに感じ取れるぜ……!


「けっ、なるほど大層な拳じゃねえか。だがそれも食らわなけりゃどうってこたぁねえ! 俺の拳だけをてめーにぶち込んでやるよ!」


「そう言わずに食らっとけって。殴り合いってのはそういうもんだろ!? ドレッダたちがそうしたんだから主人の私らも見習わなくっちゃあなぁ!」


 インガのテンションは最高潮だ。吠えたと同時にもう目の前にいる。なんの工夫もない殴打。それに俺も殴打で答える。


「ぐぬぅっ……!」


「ははははっ……!」


 至近距離から大砲同士が撃ち合ったような衝撃。びりびりと腕が痺れる。来訪者じゃなけりゃ今ので拳がひしゃげてたかもしれん。


 同じだけのもんをインガだって味わってるはずだが、奴の拳は傷ひとつない。どころか楽しそうに高笑いまでしてやがる。


「もういっちょ行くぜ、ゼンタ!」


「ちいっ!」


 再度の激突。最初は右で、今度は左だ。おかげで両腕が痛ぇのなんのって。だがんなもんに参ってる暇はねえ。もっと強く拳を握りしめることで激痛をかき消す。


「よく合わせてくる! 意外と器用なんだね!」


「意外ってのは余計だろ……!」


 一気呵成。そういう表現がぴったしのインガの攻撃速度はどんどん上がっていってる。連続で射出される焔の弾を俺は拳で防いでいく。


 【先見予知】は回避や防御にこそ最も活かせるスキルだが、『百花打ち』とかいう連撃にやったように迎撃による対処にも一役買ってくれている。

 本当は安全に避けられるならそれが一番いいんだが、しかしこの振り切れたインガを前にそれを狙うのは良くねー気がしてならないもんでな……!


「まだまだまだまだ――焔摩拳!」


「!!」


「『鬼焔挽花』!」


 それは『百花打ち』の焔摩拳バージョンか。一瞬にして様々な形の打突を百撃繰り出すあの技を、火の拳で。それも拳だけでなく纏った火自体が微妙に形状を変化させながら襲ってくる。


 その速度も相まって、こいつは俺にゃ対処不可能だ――。


「っ、舐めんなぁ!」


 ヤベー技だ。恐ろしいまでの暴威だ。


 だがインガに圧倒されるばかりが今の俺か? 


 痛いが仮面女にやられたほどじゃねえ。速いがスオウが見せた動きほどじゃねえ。強いが本気になったマリアにはちっとも及んでねえ。


 もっと上をいくらだって見てきてる。戦ってきてる。インガは確かに強敵だが――俺ぁそいつを倒すためにここにいる!


「おォらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらあァッ!!」


 やってやる! さっきはできなかった全迎撃! どんだけ拳が悲鳴を上げたって関係ねえ、打ち負けるほうが遥かに傷付く! 


 色んなもんをぶっ倒してきた俺のなけなしのプライドってやつがな……!


「――おっらぁあ!!」


 数えちゃいねえが、それがおそらく百発目。

 一際力の込められた連撃最後の一打を打ち返す。


 やり切った、という胸に去来する達成感……ほんのちょっぴりとはいえそれに気を取られたのが悪かった。


「焔摩拳」


「っ!」


「――『満打・火盛り』!」


 凝縮された力が鬼の腕から放たれた。


 百撃後の、百一撃目。大技の終わりにもシームレスに次の技へ繋げたインガ。これまでの雑な殴り方とは明らかに違うその堂に入った縦拳は難なく俺のボディに入り込み。


 腕力と魔力と火力と戦意と……打ち込める諸々をヒットの瞬間に炸裂させた。


「ッガぁっ……!??」


 思い切り殴り抜かれ、吹っ飛ばされる。


 クレーターが深すぎてもはや壁も同然になってるすり鉢の中腹辺りで俺の体は止まってくれたが、そんなことを気にしてはいられなかった。


「ヅっぅ、こ、こいつは……!」


 激痛だ。それに熱。腹の中まで、骨の髄まで、脳の奥まで焼けたように痛くて熱い。熱い、灼熱あつい、焼爛あつい――!


 まさに地獄の業火に焼かれているような気分だった。たった一発貰っただけでこれか!?


 だが百発の内の一発ならまだしも、これはそれが終わった後の一発目だ。


 インガは俺の気が緩んだ刹那を逃さなかった。最初から『鬼焔挽花』は凌がれる前提で、本命に用意してたのがこれだったんだ。だからこそ俺の弛緩を的確に打ち抜けた。


 奴が操る火の如く俺すらも手の平の上だったってわけか……。


 癪だが認めるしかねえ。

 インガはパワーでもテクニックでも、そしてバトルセンスでも俺の遥か上にいることを。


 普通にやってちゃ勝ち目はない。ステータスとスキルがあってもこっちはただの人間、鬼として生まれ魔力まで持ってるインガとは土台が違うんだ。


 これまでにも逢魔四天を相手に魔族の強さ、その理不尽なまでのスペック差は重々味わってきてんだから、それを今更否定しようとは思わねえ。


 だがな。


「鬼酒万端……」


「!」


 でろり、とインガの口から垂れた粘っこい水――鬼の酒。


 インガめ、追撃の仕方にも容赦がねえな。


 アレが何をするためのものなのかを知っている俺は内側から焦げ付いたように熱が燻る体を必死こいて起こす。

 が、足が動いてくれるよりも早くにそれは来た。


「『鬼火大炎上』!」


「……っ、」


 漏れ出た鬼酒が奴の手に落ち、鬼火をさらに強くする。渦を巻いて上空にまで届くその灰燼の災焔を、インガはいっそコミカルなまでに膨らませた腹から空気を吹くことでただ一方へと発射させた。


 俺のいる方向へ、だ。


 爆発以上に爆発的な勢いで火の津波が迫る。

 いや、そう思った瞬間にはもう俺のいる場所は嘗め尽くされていた。


 地を焼くに留まらずインガの火はクレーターすら飛び越え、グラウンドの半分ほどを真っ黒で真っ赤な溶岩地帯へと変えた。

 いたずらに地形をポンポンと変えやがるインガはやはり傍迷惑な奴だぜ――なんて、俺が冷静に思考できてるのはもちろん。


「【死線】・【亡骸】……!」


「!?」


 スキルを使ったからだ。


 日に一度しか使えねえ、攻撃を偽の死体に誘導しつつ相手の懐へ潜り込むいつもの一芸コンボ。もっとここぞって場面で披露したかったが仕方ねえ、今のを食らっちゃさすがに洒落にならなかっただろうからな。


 隠し玉はなくなっちまったが、これで反撃ができる。


 来訪者ってのは――スペック差をスキルで埋めて戦うもんだ。俺もそういうことを格上に対してやってきた。


 だったらインガを相手にもそれができねえ道理はねえはずだぜ!


「今度はこっちの番だ――『絶死拳』っ!!」


「ぐふッ……!!」


 鬼の視力で俺の偽の死体が燃え溶けてくのが見えてたようだが、そのせいで気を取られたな。

 インガなら避けられなくとも食らいながら反撃くらいはできたはずだが、不意をつかれりゃそうもいかねえ。


 【呪火】と【黒雷】の乗った、おまけで【金剛】で硬化もされた拳が【超活性】の腕力で繰り出され、無防備でいた小鬼の横っ面をぶっ叩いた。


 全スキルに【死活】も使用したまさに最強の一撃がこれ以上ないってくらいのクリーンヒットを果たした……これはエニシやシガラとの戦いでも感じた、あの感触だ。


 人とは比べ物にならねえくらい屈強な魔族! その肉体にもしっかりとダメージを与えたっていう感動すら伴う例の手応えだ……!


「っく、ゼンタぁ……!」


「やっとこさ満足のいく一撃ってところか……痛いだろうが、俺の本気はよぉ!」


「ああ、痛い。だが喜ばしい。そうだよ、あんたとはこういう戦いがしたかった! 何もかも期待に応えてくれる男だ――善哉! もっともっと壊し合おうぜ、ひ弱な人間よ!」


「はっ、ざけんじゃねえ。ぶっ壊れんのはてめえだけだぜ、ちっぽけな鬼が!」


 焔の拳と死の拳がまた衝突する。先以上に激しく、拳だけじゃなく全身が悲鳴を上げる。だが俺もインガも止まらない。


 理屈の上でも、そうじゃねえ部分でも――先に音を上げたほうが押し切られて負ける。そういう勝負になると俺は確信した。


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