295.どっちが強いかで片が付く
迫る拳。【先見予知】は反応してる。つまりこれはフェイントなんかじゃあない。俺が何もしないつもりならこのまま殴り抜く気でいるんだ。
だが、俺がひとたび先読みに合わせて反撃しようとすればインガもまた行動を変える。
合わせる俺に合わせてカウンターを決める。
言葉にすると無茶苦茶もいいところだが、こいつはそれを実行できるだけのテクニックを有している――。
「【同刻】発動――【死活】・【金剛】!」
「!」
回避を試みたところで大した意味はねえ。こっから避けられる気もしねえし、仮に避けられたとしてもすぐに来る次の一撃をどうするかっつープランがねえなら同じこと。
もちろんさっきの二の舞になると知っていながらカウンターを狙ったりもしない。
そんなのは馬鹿がまんま馬鹿を見るだけになる。
じゃあ、どうするか。回避も反撃もよろしくねえってんなら……受けるしかねえよな。
その選択にインガは少しだけ表情を変えたが、思った通り拳を止めるこたぁしなかった。
耐えられると思うんなら耐えてみろ。そういう顔付きだ。
確かにこいつは賭けでもある。だがな、インガ。強化した【金剛】の硬さはあのマリアだって舌を巻いたほどなんだぜ……!
「っぐ……ぅ!」
「ほぉ……!」
腕一本。鬼の打突を受け止めるにゃ頼りなさすぎるガードで、しかしどうにか受け切ってみせた。【金剛】による硬化がなけりゃ堪えられずグラウンドの果てまでぶっ飛ばされてただろう。そう確信できるだけのパワーがこの拳にはあったが、耐えたぜ。
この結果は予想外だったかインガも素直に感嘆している様子だ。
「どんなもんだよ――人間の力ぁっ!」
「ヅっ……!」
その面にヘッドバッドをお見舞いする。発動中動けねえっていう【金剛】のデメリットは【同刻】によって解消されてるんでな。
カチコチになった額は鼻っ柱によく効くだろう。
そんで頭を仰け反らせたところへ本命のお通しだ。
「おっらぁ!!」
「ぶ、……っ、」
こっちもストレートパンチでお返しだ。頭突きと拳を二連続で顔面に食らえばインガもちったぁ大人しくなるはず――なんて甘い考えを吹っ飛ばす特大のアラーム。
「くっ!?」
【先見予知】の警鐘に従って構え直した瞬間に目の前で爆発が起きた。いや違う、まるで爆破されたかと勘違うほどの蹴り! が! 俺の土手っ腹にぶっ込まれたんだ……!
いってぇなコンチクショウ! 【金剛】があってもこれほどかよ!?
「――っくく。一旦受けてから殴り返すたぁ、そんな下策を堂々とやってのけるとはたまげた。確かにそれならカウンターもクソもないもんなぁ……はっは! いい感じに壊れてるな、ゼンタ! ますます私好みだ!」
「ちっ……てめえだって同じことをやってんじゃねえか、ぶっ壊れが。どんだけ闘争本能だけに生きてんだよ」
「オニってのはそういうもんさ」
「破壊だけが生きがいってか? おかげで俺たちゃえらい迷惑だぜ」
「性なんだから大目に見てくれ。壊すことを惜しみはしてもやめてしまえばそれはもうオニじゃない――私じゃない。魔族という爪弾き者の枠組みにいるひとつの種族として、その最後の一体として、私は私を全力で全うする。それをあんたが目障りと言うのなら……これはもう意地と意地の勝負だ。あんたと私、どっちが強いかで片が付くシンプルな論争さ」
「強さだけで片付けるなら論争とは言わねえんだよ」
だがまあ、一理あるか。
お互いに相手の矜持や背景なんざどうだっていいんだ。俺もこいつも、ただ眼前の敵を倒すこと。それだけが望みってんだから今更迷惑だなんだと言ったって詮無いことだわな。
あの日出会って、今日こうして対峙している。
俺たちに共通してる事実はそれのみだ。
だったらやることもひとつ。
「【同刻】追加二色……【呪火】・【黒雷】発動」
「……! そりゃなんだい?」
「へっ、やっぱこいつじゃねえとどんだけ殴ったって大した痛手になりそうもねえんでな。使わせてもらうぜ」
【同刻】そのものはSPを消費しないが、スキル同士を共存させるには通常時よりも多く支払わなければならないっていうルールがある。
SP総量の大幅アップと【SP常時回復】のおかげでアクセルを踏み過ぎなければ戦闘中でも回復でとんとんになるんだが、さすがに【同刻】を多用するとそうもいかん。
しかも【金剛】に重ねての【呪火】と【黒雷】。
それぞれ共存のスロットは違うが、一個ずつしか使えねえスキルを三つも発動させてるってだけでも単純に考えてSP消費量は三倍になる。
それに加えて同時使用の条件で普段より多くポイントを払うんだから、まー言うまでもなくガス欠はぐんと早まる。
そういう意味じゃ【同刻】は便利であってもそれなりにリスクも併せ持ってるスキルってことになるが……なに、今は構わねえさ。
どのみちインガを相手に出し惜しみして長期戦を見据えようなんて考え方は間違いだ。息継ぎを意識しなければならなかったエニシ戦とは良くも悪くも真逆の、短く濃い戦いになるだろうからな。
インガならばアクセルベタ踏み以外の選択はしねえっつー予想よりもずっと確かな予感が俺にはある。
つまり短期決戦だ。やれること全部を瞬間瞬間に注ぎ込み速攻で倒す。それこそがおそらくベスト!
引き気味で戦ってどうにかなるような敵じゃねえってこたぁとうにわかってんだ!
「いいね。俄然わくわくが増してきた。まずは策も手管も弄さずに! 正面から存分に試させてもらおう――鬼拳!」
「!」
「『百花打ち』!」
放たれる打撃の嵐。色んな打突の形を取った小鬼の暴力が一面の壁のように迫りくる。それに対して俺は。
「おぉおぉおぉぉぉおおおおッ!!!」
連撃には連撃。ラッシュで対抗する。
拳にも手刀にも猫手にも鉄槌にも一本拳にも掌打にも拳をぶつけて打ち落としていく。数々の戦いで鍛えられた眼力と【先見予知】がそれを可能にした――けれど数が多すぎる。見えてはいても捌くどころか同じ数だけ打ち込むことすら追いつかねえ。
何発かは貰っちまう。だが気にしねえ。痛いは痛いが【金剛】がある、HPの減りは最小限。そして多少の被弾は元より覚悟の上だ。
打ち落とすことだけに徹すればもう少しマシだったろうが、被弾を増やしてでもやりたかったのは――この暴力の嵐に対しても決して下がらず突き進むこと!
「くたばりやがれっ!」
「ぐぅお……!?」
刹那に延々と咲き乱れた殴打の花吹雪。
その終わりに俺も開花させる。
呪いと呪いを掛け合わせたドス黒い花弁迸る絶体絶命の拳――俺の必殺技『絶死拳』をな!
「もういっぱぁあつっ!」
「ぢぃァっ……!」
腹に突き刺した左拳を引き抜きながら右拳を叩き込む。チョッピング気味のストレートが小鬼の頬を弾けさせた。が、押し込まれたその足がぐっと地面を踏みしめたのを俺は見逃さなかった。
「鬼拳――」
「っち、」
「『大蕾』!」
「!?」
パァンッ、と俺のインガの間にある空間。空気そのものが破裂した……!
受けの姿勢が間に合わず俺は背中から地面に転がされちまったものの、ダメージはほぼない。すぐに起き上がる。
「っ、何しやがった? 軽く手を叩いただけにしか見えなかったが」
「事実そうさ。こう、ポンとね」
蕾のように膨らませた合掌を見せるインガ。その両手は少しだけ震えていた。
「はっ、見ろよ。オニの拳が情けなくも哭いてやがるぜ」
「ただ迎撃したんじゃなく『絶死拳』をぶつけたんだからな、そりゃそうなる。むしろよくそんだけで済んでるもんだと感心したいくらいだぜ」
「ほほう、絶死拳ね……なるほどな。死霊術師らしさとらしくなさの合わさった、あんたらしい良い技だ。だったら私もご覧に入れてやろうかね――本物のオニの拳ってやつを!」
「……!?」
そう言って一度は消した火を両の手から吹き出させたインガは――、




