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294.味わおうや

「かかっ! うっかりしてたよ。そういや来訪者ってのは武器の出し入れが自在なんだったな……!」


「!」


 俺は全力で殴った。しかもカウンターでだ。ただ殴るよりも奴が突っ込んでくるのに合わせて殴るほうが威力は出る。


 それがばっちし決まったってぇのに、インガはこたえた様子もなくまたぞろ突っ込んできやがった!


「ちいっ!」


 頭ん中じゃ意表を突かれたが【先見予知】はしっかり体が反応できるタイミングで警告をくれてた。


 もう少しぼうっとしてたら危なかったかもしれんが、こいつと戦ってるってのにまさか気を抜きやしねえ。


 速いが大味な殴打を躱す。拳の風圧に引っ張られるような感覚。当たったらやべえ、だが反撃のチャンスはギリギリを攻めることでより多く得られる!


 躱し様に腹へ膝を叩き込む。ぐ、と一瞬だけ堪えたインガはやはりパワーでゴリ押してくる。


 俺の膝を押し返すように踏み込み、反対の腕で拳を打ち出す。それを俺は後ろへ下がって空振りさせたが、今度はインガもこっちの動きを読んでたんだろう。素早くもう一歩踏み込み返しの打突を放ち――。


 それすらも読めていた俺がまたカウンターを決めた。


「ヅ……ッ!」


「へっ、どうだよインガぁ!」


 食らいながらでも食らわせる。その意気はまさに鬼。戦闘狂らしいこいつにお似合いの戦法だが、生憎とそんな食らい合いに付き合うつもりはねえ。


 避けて、叩く。俺が常に一方的に食らわせてやるんだ。これ以上にいい戦い方があるか?


 【先見予知】によってレベルの上がった先読みはインガにも通じてる。いける、こいつぁいけるぞ。――ただひとつ問題があるとすれば。


「本当にやるようになった……! お仲間たちの成長にも驚いたもんだがやっぱり肝心要はあんただね。胸が躍る! ふふ、強い男ってのは好きだぜ」


「てめえに好かれたってなーんも嬉しかねえなぁ。こちとらてめえの吠え面拝むためにここにいんだぜ」


「おいおい、殺し合いだよ? セックスより遥かに濃密な時を共に過ごすパートナーへその言い草はあんまりじゃないか……もっと互いを! 今この時を! 味わおうやゼンタっ!」


 小さな台風が俺に迫る。飛び足刀。鎌鼬みてーな切れ味で空気を裂いたそれを、またスレスレで躱す。


「……!」

「ふっ――」


 目を丸くするインガの顎へショートフック一発。ガチっと歯を打ち鳴らしながらも奴は止まることをせず、ぐるりと回ってからの後ろ回し蹴り。体全体を使った派手さの割に動きはコンパクト、ながらに威力満点。


 受けちゃまずいんでこれも躱す。低い姿勢でダッキングし、そのついでに肘鉄を入れる。


 したたかに胸を打たれて「ぐっ」と呻いた小鬼は、いよいよ驚愕を隠さなかった。


「くぅ……反応がいい、ってだけじゃないな。目で見るよりも先に動いている。こっちが仕掛けるときにはもう避け始めている。さてはそいつもスキルの力だね」


「当然。お前もよく知ってる通り俺ぁ来訪者なんでな」


「そうかそうか。どんな仕組みかは知らんがいいもん持ったね。パワーのほうも初めて会った日とは段違い。この私に痛みを与えるほどだからな――うん。こりゃ不利だな。このままじゃ埒が明きそうにないんで、ちょいと小賢しい真似をしてみようか」


「なにぃ?」


「見りゃわかるよ」


 とん、と軽い跳躍。俺の目の前で地面に手をついたインガは、逆さまになったまま蹴ってきた。


 一風変わった攻め方でスキルの裏をかこうってつもりか? 確かに少し驚いたが、【先見予知】は先入観だとか思い込みなんてもんとは無縁だぜ。


 蹴ろうとしている、ように見える。

 だがこいつはデカすぎるブラフだ。

 本当に仕掛けてくるのはこの後。


「ほっ!」


 予見した通り、インガの手首が跳ねた。しかもその手の平からは火を吹いてまでいる。


 腕力+推進力による急加速で空に躍った小鬼は体操選手のような見事な制御で空中で体勢を整え、俺の延髄へと目掛けて打ち下ろしの蹴りを繰り出してきた。


「やっぱりな!」


 なんかしら不意を突いてくるたぁ予想してたがここまでアクロバットを決めてくるとはな……! だがどんだけ俺の目を眩ませたって【先見予知】による事前告知は阻止できねえ!


「おっと惜しい! 今度こそ完璧に入ったと思ったんだが!」


 背後からの蹴りを躱しつつ振り向き、こちらも蹴りつける。それをしっかりと両腕でブロックしたインガは足から着地。悔しそうな口振りとは反対に嬉々とした笑みを顔に浮かべている。


 にゃろう、今のを防ぐだと……?


「スキルってぇのはつくづく一筋縄じゃあいかないな。ここまでスカされるってのも珍しい体験なんで面白くはあるんだが……ま、大人しく次を試してみようかね」


 次、ね。アクロバット攻めが駄目でもしょげてねえか。そんじゃあ今度はどうするつもりだ? 手の平の残り火をもっと燃やして火責めでもする気なのか。


 サラたちを相手に火魔法を使ったっていうんでそれ自体に思うところはねえが、どんな技があるのか気がかりっちゃー気がかりだな。

 場合によっちゃ【先見予知】で先に知らせてくれても対処が間に合わないなんてこともあり得る。


 ガロッサのダンジョンすらも燃やし傷付けたという『鬼火大炎上』とかいうバ火力技。俺としちゃあどうしてもそれを警戒させられる。


 が、インガはそんな推測など知ったことかとばかりにパンパンと手を叩き、自ら残り火を消し去った。


「さーて、お立合いだ」


 ――間合いを詰めてくる。急ぎじゃねえ。堂々と、のんびりと歩いてくる。


 俺が蹴っ飛ばしたことで開いた距離がほとんどゼロになったところで。


「いくぜゼンタ――ふん!」

「……!」


 またも大振り。

 真正面から、これ見よがしなまでのシンプルなストレート。


 所謂動作の大きいテレフォンパンチってやつだがインガがやるそれはトーシロのもんとはわけが違う――ものが違う。


 常人ならまず視認もできない速度の拳。そこに込められたパワーも殺人級。脅威的と称して間違いはねえ、が。


 今や80レベルを超えてステータスもスキルも以前とは比べ物にならねえくらい強くなった俺には、こんな見え見えのパンチはピンチどころか絶好のチャンス以外の何物でもなかった。


 工夫を凝らしても読まれちまうんで、とにかく全力で殴ることだけに集中しようって腹か? 発想の転換としては悪くねーかもだが、それが通じるのは俺がスキルのみに頼ってる場合の話だ。


 喧嘩に限っちゃこっちもトーシロじゃあねーんでな!


「――ッぐぅ!!?」


 しっかりとカウンターが入り苦悶の声が漏れる。


 だが、今度のはインガのもんじゃねえ。


 今のは俺の声だ――俺のほうが逆にカウンターを入れられちまったんだ!


「て、てめえ……ッ、」


「ははっ、言ったろ? 小賢しい真似をするってさ。小手先でやってやられてってのはあんまし好みじゃあないが、不得手ってわけでもない。攻めたところに合わせられるのなら、そこに私も合わせ直すだけだ」


「……!」


 そう、全てはこの言葉通りだ。こいつは合わせてきやがった。


 俺のカウンターに対してカウンターを仕返しやがった……!


 ボクシングで言うところのクリスクロス! 相打ちにならねえでこれができる奴なんざプロにも喧嘩自慢にもそうはいねえ。それを高レベルの来訪者相手に、こうも易々と決めてくるなんざ考えられん。


 どうやらインガの技量ってのは俺の危惧した通りに――いやそれ以上にとんでもねえようだ。


 そしてもうひとつの危惧も的中しちまった。技量があろうとこいつが好きな戦い方にひたすら拘る猪武者だってんなら何も怖くない。【先見予知】で手玉に取り続けられるからな。


 だが、インガはそこまで馬鹿じゃなかった。


 ある意味じゃ俺にも似た、矜持はあっても勝つためならそれを簡単に捨てられるタイプのファイター。


 コロコロと攻め手を変えてくるインガからはその実態がありありと見えてくるぜ。


「こっちは効果ありと。はっは、これで少しは気持ちのいい殴り合いができそうだ……!」


 肉食獣の威嚇のように、一層に笑みを深めながら。

 インガは同じ間合いで再び大振りのモーションへと入った。


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