293.勝負の始まりだ
腰を落としてしっかり踏ん張る。それは足場の形が激しく変わっちまったんで倒れねーようにってのと、もうひとつ。
インガを全力で殴るためだ!
「【死活】・【超活性】!」
「!」
「おぉら!」
空振った直後で無防備に見えたインガだが、反応が早い。頭をぐっと下げることで俺の拳を躱しやがった。
「よっ」
「っぐ!?」
しゃがみ込んだ姿勢のまま親指で地面を弾く。そうやって掬い上げられた土が真っ直ぐ俺の顔に飛んできやがった。少量ながらに弾丸のような速度で撃たれ、視界が塞がる。
――蹴りが来る!
「【死活】・【武装】! 『骨身の盾』!」
「おっ……、」
俺の目を潰した隙に蹴ってきたインガを、呼び出した骨の盾が阻む。見えてなくって視えるもんがあるんだぜ――【先見予知】!
今の俺は【察知】時代よりも正確に攻撃を先読みできるようになってんだ!
「っは、守りが堅いね。その変な盾も頑丈だ。前みたいに一発じゃあ壊れないようだが……さて今度は何発耐えてくれるかね」
急いで土を取っ払って見てみりゃ、インガは蹴りつけた姿勢のままでいる。こりゃ反撃のチャンスかと仕掛けようとした瞬間。
「ふん!」
「っ……!?」
それを待ってたかのように、接触してるインガの足から力が伝わってきた。
この伸ばし切った体勢から押し込むだと……! ほんのちょっとしか動いてねーくせにどうしてここまで力が出せんだ!?
一度の蹴りが二発分の威力を生んだに等しい。攻めようとしたとこを咎められたこともあって、思い切り後ろへ追いやられる。なんとか転倒は避けたが、俺が下がったぶんだけインガは前に出てきていた。
「はっはぁ!」
上機嫌に振るわれる拳。盾で防ぐまでもなかった。インガのほうが盾を狙ってんだからな。俺はただ身構えりゃそれでよかったが、しかし。
「おいおいマジかこの野郎……!」
「どーしたどーしたゼンタ! 顔色を変えるようなことでもないだろ――オニの私が触れりゃなんだって壊れるさ!」
「くそったれめが!」
『骨身の盾』がビキビキと異音を立てたんでまさかと思えば、案の定罅が入ってやがる。そのことに気付いて冷や汗なんてもんをかかされちまった。
そこに二発目の殴打。音も罅ももっと大きくなっていく。
『職人』の職業を持つユマによって強化が施されている『骨身の盾』は以前のいかにも骨っぽい白さがなくなり、他の武器同様に真っ黒な姿になっている。
変化で言うなら一度だけ破壊効果を無効にできるのが何より特筆すべき点だが、盾自体の堅固さも跳ね上がってるってことを忘れちゃならねえ。
特殊能力を抜きにしても単純な高威力で攻めてくる相手にだって前より強気で構えられるってわけだ。
そのはず、なんだがな……!
「っちぃ!」
三発目。硬ぇはずの盾が砕けた。舞い散る黒い破片越しにインガがニィッと口角を上げた。
強化されててもお構いなしに壊しやがるかよ――マジでどんな腕力をしてんだこいつは。しかもこんなちっこいナリでだぞ?
だがこれは教訓だな。いくら前とは違うっつっても、守るばかりじゃ勝ち目はねー。受けに回されてばかりじゃてんでダメってこったな……だったらまずは。
「【死活】・【武装】! 『不浄の大鎌』!」
その得意気な面に泡を吹かせてやるぜ。
「……、」
笑みを浮かべたままではあるがインガの表情がかすかに変わった。こいつに大鎌を見せるのは初めてのはずだが、さすがだな。一目でこれのヤバさを見抜いたらしい。
おどろおどろしい不浄のオーラをじっと見つめ、それからインガは。
「また妙なもんを出してきたもんだな。だが、冗談だろ? デカい鎌って! そんなもんで私と戦えるつもりかよ。刃についてるそれが自慢かもしれないが……まさかそいつを当てられるとでも?」
なんて馬鹿にしやがる。
けっ、大鎌が武器にするには下の下だって自覚はあるがな。
だがしょうがねえんだ、【武装】で出した武器を貸し出すと向こう一時間程度は使えなくなっちまうっていう制約がある。
一番まともに扱える『非業の戦斧』はさっきドラッゾに貸しちまったからな。……戦いの場を空に移す段階であっさりと捨てられちまったわけだが。
あんときにちゃんと返してもらってれば貸し出し完了として俺もすぐに使えたんだが、まさかあそこで「もういらないなら返せ」なんつってひょこひょこ出ていけるはずもなく。ま、だからしゃーねえわな。
俺ぉ使えるもんを使うだけだ。
「んなこと言ってよぉ、こいつが怖いんじゃねーか? お前でもまともに食らえば一溜まりもねーだろうからな」
「そう思うかい。だったら試してみろよ」
「言われなくてもなぁ!」
【超活性】で引き上げられた身体能力で踏み込み、鎌を振る。最速で攻め込んだつもりだがインガはするりと刃の軌道から逃れていた。
「っし!」
「なろ……!」
入り身で放ってきたフック。引いた大鎌の柄で受けたが、軋む。柄も腕もだ。【死活】が形無しじゃねえかよ。
やはりこいつ、パワーじゃ逢魔四天でも別格か。
んなこたぁ俺にも予想できてたぜ!
「うらうらぁっ!」
気合を入れてインガの拳を弾き、短く持った大鎌で連続で斬りつける。「っとと」と口では慌てつつも尋常じゃねえ反射神経でさらっとそれを躱し続けるインガ。やりやがる。だったら俺ももっと速度を上げるぜ。
「!」
対スオウ戦でもやった柄を体に巻き付けるように動かすことで加速させる手法。レベルも大幅に上がった今ならもっと高速にできるだろう。そう思ってのことだったが、効果は想像以上だった。
躱し切れる自信あってのことだろうが、鎌の射程から出ようとしなかったインガは急加速して迫る刃に目を丸くさせた。それでも数回は避けてみせたが、俺の技術も上がってる。
まだまだ回転は終わらねえ――そしてここでダメ押しだ。
「【技巧】発動!」
「む……!」
今度はそっちの顔色が変わったな。どうよ、これが本当のトップスピード! ギュインッと不浄のオーラが光のような軌跡を残して空間を斬る。
当たる。もう余裕のないインガにこれを躱すことは不可能だ!
「ほっ、と」
「なっ……、」
命中の確信を嘲笑うように。
インガはあっさりと足を止めた。
避けるのを、諦めた。
それはその通りだがしかし、躱さないというのはイコール不浄を食らう、という意味じゃあなく。
足の代わりに手を動かした。小さな手が鎌の柄と俺の腕に絡みつく。
そして気が付けば。
「――んな馬鹿な!?」
「はは、自分のことか? 確かに武器を奪われるなんて馬鹿もいいとこだ……駄目だぜ? 自慢の玩具ならもっとちゃんと握ってなきゃあ」
「……っ!」
俺の手から大鎌が消え、代わりにインガがひゅんひゅんと回している。長年愛用してるみてーな馴染みようだ。
こいつ、なんて器用な真似をしやがる……! 鎌の取り扱いだけじゃねえ、攻撃される最中に奪うとかなんの冗談だって話だ。
もちろん俺はきちっと握り締めてた。なのに鎌のほうからすっぽ抜けたような、表現しにくい感覚があった。
それだけ手際が巧みだったってことだな……つまり柄取りの鎌バージョン、それも奪取にまで発展させたやつか。こんなことはあの芸達者だったスオウだってやらなかったぞ。
インガはパワーだけじゃなく、技量でも逢魔四天のトップにいるってのか!?
「あんたが出したこの大鎌。自分で食らえばどうなるんだ?」
「……!」
「見てみたいなぁ――見せてみなよ!」
とにかく取り回しやすいよう短く持った俺とは反対に、ほとんど石突を掴むようにしてリーチを最大にしたインガが鎌を振り下ろしてきた。
乱暴、だが速い。特にトップスピードに乗る刃部分の速度は俺がやった回転のそれ以上か。――技量は確かでも本人の好みはあくまで力押しらしいな。
そこは俺に取っちゃ付け入る隙だ。
「消えろ!」
「!」
今度はインガの確信が消え去る番だった。
当たる、と絶対に思っただろう。それだけギリギリまで引き付けたからな。【先見予知】がなきゃここまで抜群のタイミングにゃできなかった。
「おぉおおおっ!!」
「がッ……!」
鎌が消えると同時、それを見越してた俺の拳がインガにぶち当たった。
やっとこさちゃんとした一撃が入った! さぉ、ここからが勝負の始まりだぜ……!




