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287.『瞑目』のラハクウ

「……?!」


 メモリの戸惑いは必然だった。左側の通路より姿を現した敵。その通路を埋め尽くさんばかりの巨体へ死属性の蒼炎を纏わせた。そこまではいい。


 身体が燃え上がったことで一時は足を止めたその男が――火にくるまれて見づらいがそいつは全身継ぎ接ぎだらけの奇怪な偉丈夫だった――何事もないかのように歩みを再開させたからには、滅多に表情を動かさないメモリも眉をひそめざるを得ず。


「あつ、い」


 それはそうだろう。

 メモリは男がぽつりと零した感想に内心で頷く。


 というか、熱いでは済まないはずなのだ。


 『死魂の忌火』は火そのものが対象に纏わりついて執拗なまでに燃やし尽くそうとする恐るべき術だ。死属性と火属性の混合でもあるために物理的にも術理的にも防ぎにくく、火力も申し分なし。常人なら数秒と持たずに全身を黒い炭に変えて生を終える。


 だが、のっしのっしと大股の確かな足取りで近づいてくるその男が炭化する気配は一向になかった。


 着火してはいるが燃えてはいない。これが『死魂の忌火』でなく単純な火魔法であればとっくに火のほうが音を上げて消えてしまっていたことだろう。


 途轍もない強敵だ。


 燃えながら歩くかの巨体を前にそう認識したメモリはしかし、まだ理解が足りていなかった。


「あつい、は、消す」


 ダメージがあったのか。それともただ熱さが鬱陶しかっただけか。それすらも判然としないままに男が軽く手の平で自身の胸板を叩いた。


 ッバン!!!


「……!!」


 軽く、である。男の動作に力みはなかった。メモリの目には確かにそう見えた。だというのに胸を叩いて響いたそれはまさに轟音であり、尋常ならざる爆風を生んだ。


 そして蒼炎は呆気なく消え去った。


 あり得ない、とメモリは思う。

 男が何をしたのかわからなかった。


 単に叩いた衝撃とその風圧で消火させたようにしか見えず、それが真実であろうと見抜けているからこそ混乱する。


 『死魂の忌火』がこんなことで無力化されるなど考えられない。同じようにあっさりと攻略してみせたインガという存在もいるが、火で火を燃やし尽くした彼女も大概非常識であってもこの男ほどではない。


 ただの掌打一発。

 技でも術でもないたったの一動作で、こんな真似が。


「おれは、魔下三将、『瞑目』のラハクウ。魔皇様の敵を、潰す者」


「……メモリ・メント。『アンダーテイカー』の死霊術師ネクロマンサー二号」


「メモリ、メント。お前は、敵だな」


「……そう」


「なら、潰す――」


 ぐわりと腕を振り上げたラハクウ。メモリは身構えたものの、互いの距離が遠すぎる。ラハクウにはその巨体に見合った腕の長さがあるがそれでも到底届くものではない。


 何をするつもりなのかとネクロノミコンのページを変えながらいつでも動けるよう備えていると――。


「ふ、ん」

「!」


 ラハクウの手は地面を叩いた。正確には床を。バキバキと走る亀裂が真っ直ぐ自分のほうに伸びてくるのを見てメモリは敵の攻撃法に思い至った。


 足場崩し。


 隙を作るか、あわよくば裂け目に飲み込まれて身動きができなくなればいいと。喋り方が妙に間延びしている割には手堅い策を打ってくる男だ。


 という感心も長くは続かず。


「お……、しまっ、た」


 本人としても少々強く叩きすぎたのだろう。当初こそ狙い通りにメモリの足元を崩すかに思えた床の亀裂は辺り一面に広がり、なんと崩落を始めてしまった。


 本館に地下階はないが、地中をくり貫かれて作られた避難部屋パニックルームはいくつか用意されている。メモリとラハクウが立っていたのはちょうどその防空壕めいた場所の真上であったらしい。


 共に落下しながらポリポリと頭を掻いている偉丈夫を見て、色々な意味で危険な男であるとメモリは今度こそ正しく敵の脅威を理解した。



◇◇◇



 空間を伝う強烈な破裂音、何かが崩れるような地響き。剣戟に混じりながらも確かに聞こえたそれらの音で、メモリもまた魔皇軍幹部との激闘を演じていることが伝わってくる。


 しかしそれがわかったところで、彼は今しばらく援護へ迎えそうにもなかった。


「【決闘宣言】だ! お前を逃がすつもりはない!」


「誰が逃げるものか。悪道に堕ちた貴様を誅するまでは!」


 まるで心中を読んだかのように足止めスキルを発動させたシュルストーに反駁しながら剣を叩き付ける。


 真っ白な鎧に真っ白な剣。いかにも『聖騎士パラディン』といった様相の元教え子の攻撃を受け止めるのは、真っ黒な鎧に真っ黒な槍を装備したこちらも『暗黒騎士ダークナイト』らしい様相の元教師。


「軽いな、新条! 所詮お前はその程度!」


「なんだと!?」


「誅するのはこちらのほうだと言っている!」


「……!」


 武器を打ち付け合うたびに、押される。位置取り、足運び、そして押されることを前提にした剣の振るい方でなんとか食らいついてはいるが、それ即ちそういった小細工に頼らなければ敵わないことの証明。地力で劣っていると自分で認めているようなもの。


 種類は違えど強化スキルを使用しているのは同じ。【天眼】で見るにステータスにそう差はない。そして光と闇の相性で言えば有利なのは確実に自分のほうだ。


 なのに押し込まれるのはスキルの質によるものか――もしくは武器に宿らせる想いの強弱によるものか。


 まさか、とナキリはそんな考えを切って捨てる。


 正義はこちらにある。胸を燃やすこの怒りも本物だ。ならば想いで負けるはずがない。生徒を裏切り、人の道を踏み外し、長嶺タダシという自分自身すらも捨てた目の前の男に劣るはずがないのだ。


 そう信じられるだけの強さがナキリにはあった。しかしてシュルストーにもまた己が正義と怒りがある。


「エニシ様の仇を取ると誓った……! シガラ様が柴を討ち損ねたという報告を聞いたときは思わず喜んでしまったほどだ――これでようやく俺の手で殺せるのだと!」


「っ、やはり貴様にとっては柴くんこそが標的だったか」


「その通りだ、ここにいれば必ずまみえるだろうと思っていたが少々当てが外れたよ……だがそれもいいだろう。奴を殺す前に奴の仲間たちを血祭りに上げることもまた復讐の一興! その手始めがお前だ、新条! エニシ様に目をかけてもらった御恩を仇で返した不義理の賊めが――その報いを受けさせてやろう!」


「相も変わらずのネジの飛び具合だ……! もはや貴様にかける僅かな同情すら消え失せた!」


 スキルの力だろう、一撃が三撃に分裂した魔槍の突きを剣の腹で滑らせて的確に防ぎ、返しの一閃。激白によってシュルストーが勇み過ぎていたことを加味しても絶技であった。


「っぐぅ……!」


 【闇の加護】による無効化で【闇鎧】が解除されることこそなかったが、シュルストーの何かが歪む。『サンドリヨンの聖剣』とは確かスキルを斬る武器であったはず……だが自分がそうであるようにナキリも順当にレベルアップを重ね、【武装】で出せる武器の性能も育っているのだろう。


 この見事な戦いぶり。力で勝っていると自覚しながらもここぞというところでは反撃をしてくる技量と胆力。


 問題児だらけのクラスで満場一致で委員長の座を勝ち取り、最も頼られていた新条ナキリという生徒は、異世界においてもなおその生き方を曲げずにいるようだ。


 ――なんと腹立たしい。


 その才能も、真っ直ぐさも、そして自分が正道を歩んでいると、これからも歩み続けるのだと信じ疑わないその態度も。


 それほど恵まれていながら……ようやく見つけた俺が俺らしく生きられる道を何故否定するのか。何故奪おうとするのか。


「お前は……お前たちは! どこまで我儘なら気が済むんだ!!」


「!」


 それはあるいは、カルラやレンヤ、ゼンタを始め魔境と呼ばれるクラスを受け持つ担任だった頃から言いたくて仕方のなかった、純然たる本音だったのかもしれない。


「いい加減に大人になれ――何もかもを諦めてしまえ! 絶望を知るんだよ! 俺が教えてやる、可能性なんて言葉がどれだけ虚しいものかをな!」


「あなたが夢も希望も捨てた大人だからといって……それだけが大人の在り方じゃない。そしてあなたがいうほど僕たちも、夢ばかり見ている子供じゃあない! そんなこともわからずに教師をしていたのなら――貴様こそが! 誰より大人になりきれていない子供だったんだろう!」


「ぬかしたか新条ぅッ!! 【魔武煉】発動!」


「【聖域】発動……!」


 どちらの言い分が正しいか。

 それに大した意味はなくとも、しかし互いに譲れぬものがある。


 故にナキリとシュルストーの戦いはここからが本番であった。


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