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286.彼にこんな顔をさせたのは

「罠の類いはなし、か?」


「一見する限りは。連中にとっても仕掛けている時間が惜しかったというところでしょうか」


「そうだな……」


 仕掛けるなら玄関口が最も効果的だろうに、メイルが警戒していた遅延魔法の設置はなく、こうして館内を移動し始めても怪しい箇所は特に見受けられない。


 外の騒々しさに比べ不気味なほど内部が静まり返っていることからしても、ナキリの言う通り敵のほうも時間を惜しんで行動したと考えるのが自然だろう。


 なら既に手遅れなのか? メイルがどんなに耳を澄ませても戦闘音は拾えなかった。敵の影を追っていった同僚たちはどうなったのだろうか。タイミングからしてあの二人が敵の罠に落ちたということもあるまい――。


 だとすれば侵入者との直接対決が行われたはずだが、未だその痕跡すら見られないのはどういうわけか。


「!」


 仲間と役員、そして何より敵の目的として定められているであろう政府長と御老公の安否について頭を悩ませながらもメイルは油断なく周囲を観察しながら走っていた。


 罠はない、と結論付けたタイミングで踏むかもしれない。

 死角から不意を打つべく敵がどこぞに隠れているかもしれない。


 仲間たちの無事を祈りながらもそれとは別のタスクで冷徹に現状を捉える。百戦錬磨の特級構成員エンタシスであるメイル・ストーンにとってその程度は容易いことだった。


 しかし、そんな彼女でもその瞬間、思考が完全に固まった。


 優れた観察眼を持つメイルだからこそ最初にそれを見つけた。

 十字路に別れた通路の真ん中に、これ見よがしに捨て置かれてるボロ切れのような何か。


 それが自分の仲間の姿であることに気付いてしまえば、さすがのメイルも動揺を隠せはせず。


「ハンス……!」


 鈍る思考とは裏腹に彼女の体は素早く動いていた。床を踏み砕かんばかりに蹴り付け、倒れている仲間の下へ駆け寄る。跪き、なるべく丁寧な所作で抱き上げれば、見るも無残にボロボロになったそれは果たしてエンタシスが一人、ハンス・エバーツェンで間違いない。


 腕の中でしかとそれを確かめても、メイルにはとても信じられなかった。


 彼とはよくコンビを組んでいた。その実力のほどもよく存じている。

 そのうえで彼がこんな姿にさせられるというのは、仲間意識とは異なった部分で納得のいかない思いがあった。


 ――自らの感情をちっとも見せないハンスとは、その性格にそっくりな中和魔法を使う男だった。


 彼は特異体質であり、通常ならあり得ない全ての属性に対する魔法適性を持ちながらも、誰もが持ち得る得意属性を持ち合わせないという奇天烈な存在だったのだ。


 例えば火属性と水属性をどちらも同程度に習得できる、という利点は大きい。相性における有利をより多くの敵から得られるからだ。だが火属性のみを極めた専門家にはどうしても同分野で一歩及ばない、という欠点もある。


 ハンスはまさにこの利点と欠点をどちらも極端にして体現したような使い手だった。


 つまり彼はありとあらゆる属性を弱められる反魔法人間であったのだ――それが中和魔法の正体。


 特定の属性で同じことができる人物も熟練の魔法使いの中にはそれなりにいるが、全属性に対してそれが可能なのはハンスを置いて他にいない。光属性によく見られる単純な肉体強化の魔法ですらも彼は中和できたくらいだ。


 対象に含まれないのはそもそも属性間に有利不利のない無属性のみ。

 魔法の極致でありながら魔法の法則を大きく無視する心象偽界も例外の内だが、偽界には偽界でしか対抗できないというのもまた魔法的法則のひとつだ。

 そして彼は無属性を多用する相手への心得も、心象偽界も習得していた。


 ハンス・エバーツェンは強い。掛け値なしに。あるいは生存能力という一点なら間違いなくエンタシス内でも一番、ひょっとすればメイルが鉄人と呼ぶ団長よりも上かもしれない。


 そんな彼が、死んでいた。


 まるでゴミのように。なんの価値もないクズのように床に捨てられていた。血塗れ傷だらけの痛めつけられた姿で。


「馬鹿な」


 それだけしか言えない。つい最近も『最強団ストレングス』団員にして吸血鬼の真祖であるカーマインからの依頼――書類上の扱いではそうなっていないが――を共に受けたというのに。


 ある意味では大口ではあるが政府からの依頼でしか動かないという原則を破るのはいかがなものか。いくら団長の昔からの縁故ありきとはいえこんな特別扱いはよくない、と述べたメイルに無表情のままに頷いたハンス。


 あの単に聞き流しているだけなのか本気で賛同しているのかメイルにすらも見抜けない鉄面皮が思い起こされる。


 今のハンスの表情には苦痛と絶望が色濃く残っていた。

 そしてそれが別の顔に変わることはもうないのだ。


 ――彼にこんな顔をさせたのは誰だ。


「【武装】、『サンドリヨンの聖剣』!」


「『死魂の忌火』」


 通路右方。仲間の死を悼むメイルに駆け寄る黒い影。全身鎧に身を包んだその人物が振り上げた槍を、素早く割って入ったナキリが自身の剣で受け止めて防いだ。


 通路左方。こちらは急ぐ様子もなくのしりのしりと歩いてくる大きな人影があった。それを即座に敵と断じたメイルはその接近を待たずに先制、死属性を持つ青い炎を見舞った。


「やはりいたか、シュルストー!」


「ふふ、俺に会えて嬉しいのか新条。俺もお前に会いたかったぞ……!」


 槍と剣による鍔迫り合い。

 間近で睨み合う二人は、教師と教え子という関係ながらに互いを倒すべき敵としか認識していない。


 シュルストーは過去と決別している。彼にとっての教え子とはもはやどうでもいい過去の遺物でしかなく、ナキリもまたユニフェア教団の一件で彼という男を見限っていた。


 この手で必ずや倒す。

 奇しくも両者の思いが一致する中で。


「ナキリ。メイル」


「「!」」


「もう一人の仲間が気になる。ハンスが殺られている以上、あいつだけで敵を抑え込めてはいないだろう。急ぎ確認したい」


 それはつまり、政府長を始めとした要人たちを守り切れていないだろうという予測でもある。


 館内の人間は既に全滅している可能性が一気に高くなった。それでも急ぎたいというのは、まだそれが決定してはいないからだ。


 予測はあくまで予測。ハンスが一人で敵を引き付けた結果がこれなのかもしれない。そうだとすれば生き残りがいないと決めつけるのは早計だった。


 それが甘ったれた希望に縋った考え方なのはわかっていたが。


「先に行く」


 同僚の亡骸を床へそっと下ろしながら、淡々と告げられたその言葉。


 そこに込められているのがどれほどの想いなのか、ナキリにもメイルにもよくわかっていた。だからこそ迷いなく応じる。


「ええ、ここは任せてください。どのみちこの男の相手は僕が受け持つと決めていたので丁度いい」


「……わたしもすぐに片付けて、後を追う。そう時間はかけない」


 頼もしい二人の返答に小さく頷いたメイルは前方の通路を駆けていく。あっという間にその背中は見えなくなったが、ナキリはそこに違和感を覚えた。


 メイルが相手している背後の敵も、そしてこのシュルストーも。あまりにもあっさりとエンタシスを通したものだ――ここで待ち構え、いの一番にメイルを狙ったにしては少々奇妙に思える。


「不思議そうだな、ナキリ。よもや俺たちが失敗を犯したとでも考えてはいないだろうな?」


「……!」


「心配ご無用だ、使命なら既に果たした。あとはお前を始末するための自由時間というわけだ」


「使命? まさかあなたが政府長様を――」


「ははは! 馬鹿め、逆だ。政府長には手を出すなとの命令が下っている」


「!?」


「案ずることはないぞ新条、もう何をしようと無駄だ。全て壊れる! 魔皇軍によって壊される! だからお前も安心して死んでいくがいい!」


「ふざけるなシュルストー……いや、長嶺タダシ! 斃れるのは貴様のほうだ!」


 ッキィン、と武器と武器が弾け。


「【闇纏い】発動――『カーモシラス』!」

「【聖鎧】発動――『サンドリヨン』!」


 今一度激突した。


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