284.防衛の役目は私が担いましょう
「メモリ・メント。お前が私と立場を替えるだと? 意図を聞かせてもらおう」
「……単純な話。ピースゴーレムには弱点があった」
「弱点――それは死属性魔法のことか」
こくりと見間違いを疑うほど小さく首肯したメモリに、メイルはやはりと独り言ちる。それはガロッサ攻略クエストに関してまとめられた報告書の情報に基づくものだった。
亡き盟友ジョン・シャッフルズと、その想い人だったこちらも盟友マーニーズ・マクラレンは、それぞれ雷属性と火属性のプロフェッショナルだった。そんな彼らでも撃破に苦労したというピースゴーレムをメモリは一度の攻撃で無力化させたという。
彼らとメモリを実力のみを比較するならにわかには信じ難いことだが、しかしそれがピースゴーレムの特性に由来するものであればなんらおかしくはない。
その場に居合わせた逢魔四天インガとの交戦時、ピースゴーレムが死属性に耐性を持ち合わせていないことを匂わせる発言をしていたともある。
敵方の言葉を鵜呑みにするわけではないが、けれど実際にメモリはピースゴーレムを倒しているのだから裏は取れているようなものだ。
「だが、これらはガロッサに持ち込まれたゴーレムの改良型だろう。露呈した弱点をそのままにしておくとは考えにくいことだが」
「いいえストーンさん。そちらも裏は取れています。先ほど僕らはゴーレムを一体倒してきたんですが、柴くんの攻撃は破格の効力を及ぼしたことをこの目で確認しています」
「……! 消せる弱点ではなかったということか」
「そう……だからここに残る役目は、わたしが負うべきと判断した」
先ほどのゴーレムとの戦闘を思い返しながらメモリは言った。
あのとき使用した『邪法・屍細工』は死属性魔法ではあるが、その作用はメモリの魔力を強化するだけに留まり、攻撃を行なうのはあくまで魔力の矢そのもの。そしてその属性は闇。
死属性とは闇属性の派生にして上位、死とは闇より出でて闇より昏きもの。……おそらくゴーレムは闇属性耐性を備えていても死属性まではそれが及んでいないのだ。
得意魔法のひとつである『屍細工』を封じられたも同然であることは少々痛いが、そうとわかれば取れる手立ては無数にある。大禁忌のページを開かずとも今の彼女はレパートリーが豊富だ。
一体一体確実に潰していけば、この大量のゴーレムたちを全滅させることも決して叶わないことではないはず――。
「でもメモリちゃん。見ての通りにゴーレムはこんなにたくさんいるんですよ? 全部を倒せる保証はないですし、倒せたとしてもメモリちゃんの消耗は避けられませんよね。ですから私は賛成できません」
「サラ……?」
意外なところからの反対に今度はメモリが驚く番だった。
また突飛なことを言い出したかと思えば、しかしサラの表情は真剣そのもの。珍しくいつものおちゃらけた雰囲気もまったくなしで彼女は続けた。
「メモリちゃんの力は守るのには向いていません。ネクロノミコンを操るその力は、むしろメイルさんについていって攻めることでこそ役立つでしょう。そして守りに関しては、この門外シスターサラが打ってつけです。『エリアプロテクション』!」
サラが魔法を唱えることで出現したのは、大きな半透明の障壁だった。
光属性の基礎防御魔法であるプロテクション系統のひとつがこの『エリアプロテクション』――実際に目にしたのはこれが初めてだが、教会員との付き合いもそれなりになるメイルはこれがどんな効力を持つのか大まかながらに理解できていた。
「建物全体へ『プロテクション』をかけたか」
「はい! どちらかと言えば障壁よりも結界に近いものなので『シールドプロテクション』のように攻撃への転用はできませんけど、防御に関しては全方向ばっちりです。ですのでメイルさん、防衛の役目は私が担いましょう。ロイヤルガードの皆さんとも連携を取ってここを守ってみせますから、安心して団員さんたちを追ってください」
「…………」
メイルは少し考える。
数こそ減らせていないが守りに徹してさえいればこちらも崩れることはない。自分がいてもサラがいても戦況は変わらないだろう。交代できるものならしたい、というのが彼女の本音であった。
だが拮抗した状態がいつまでも続くという保証はない。
ゴーレムたちの動きが代わるかもしれないし、敵方の援軍が来るかもしれない。
それを思えば、メモリのように有効手を持ち合わせないサラだけを代わりに置いていくのには軽視できない不安が残りもするが……。
「――そうしよう。ここは任せたぞ、サラ」
メイルの迷いは短かった。
誰が残ろうとリスクはある。
リスクを排しようとするなら全員で防衛にあたるのが確実だが、それでは館内の様子がいつまでも確かめられない。
守りが総崩れになってゴーレムが雪崩のように侵入してくる懸念を許容しないことには何も始められないのだ。
しっかりと頷いたサラを見て、次にメイルは自身に同行するメモリとナキリを見やった。
「というわけだ、この三人で内部へ突入する。即席のチームだが戦力としては申し分なしと私は考える。だが予め注意しておくが、逢魔四天が出てきたらその相手は何を置いても私がする。他に敵がいればお前たちが引き剥がし、いないのなら私の補助だ。これは徹底して守ってもらう。いいな?」
「了解しました、ストーンさん。これより僕はあなたの指示に従いましょう」
「……わたしも問題はない」
「よし」
最低限の取り決めだけをして三人はすぐに本館へと乗り込んでいく。
建物を取り巻いて渦巻くゴーレムの嵐にも劣らぬ激戦が予感される彼女らの背中へ「お気をつけてー!」と見送りつつ、サラは次の魔法の準備を完了させた。
「『ストーンレンジ』とは違って『エリアプロテクション』に攻撃機能はありませんからね。ロイヤルガードの皆さんへの援護は私なりの方法でやりましょう――『リーンフォース・ライト』!」
属性強化魔法の光版。
サラが唯一習得している他者にもバフをかけられる魔法だが、そのためには対象者が光属性の魔力を自前で持っている必要がある。
治癒に代表される奇跡魔法の使い手に限らなければ光魔法の適性を持つ者も少なくはないのだが、やはりたった一属性に限定されては使いどころが限られてしまう。使い時を選ばないのが強化魔法の長所であるにも関わらず、だ。
しかし今はまさにその数少ない使い時の場面である。
メイルを自信を持って送り出せたのは、ロイヤルガードのサポートに自分が適していると気付いていたからでもあった。
そういう意味でもサラはこの場に残るに相応しい適任者だと言えるだろう。
「みなさーん! ここからはメイルさんに代わって私、シスターのサラ・サテライトが共に戦います! 建物は私が守りますから、目の前のゴーレムだけに集中してくださーい! 一緒に頑張りましょー!」
戦場全体に聞こえるよう声を張り上げた呼びかけに、死闘を繰り広げているロイヤルガードの騎士たちは応じることができなかった。
だがその戦いぶりにははっきりと変化が表れている。
動きが軽くなり、なのに力強くもなった。自己強化に他者からの強化が重なることでさっきよりもゴーレムを相手に戦うのに苦労しなくなっている――彼らもまたシスターの肩書きを耳にしたことで、これがサラの力であることに思い至っている。
守備に関しては『ストーンレンジ』よりも堅固な『エリアプロテクション』があるということもあって、騎士たちはもう消極的な戦いをしなくてもよくなった。
少しずつ消耗を強いられるだけだったジリ貧の苦境から脱したことで精神的にも勢いづき、防御に精一杯だったゴーレムの猛攻を捌きながら逆に押し返す者もちらほらと現れ始めた。
その様を確かめて、今のところは順調だとサラはホッとする。
騎士を襲うのに夢中になってるゴーレムを見つけては得意の盾投擲で死角から攻撃しつつ、一応は安全圏の結界の内側からは出ないように気をつけていたのだが――。
「……っ!」
とある存在を目にしたことで、彼女は安全のないプロテクションの外へ自ら飛び出さねばならなくなった。
エリアプロテクションもリーンフォースもシスターになった際に習得したものです




