283.この世で最も美しく
「はは、やるもんだねあいつも。あんなに弱っちかったのがいっぱしじゃないか。あんときゃ慈悲のつもりで使ったこの拳だが、今のあいつにゃあ違う意味で使うことになりそうだね」
「…………」
「それにドレッダのやつも思った以上だ。いや、強さってんじゃなく。優秀なのはともかく面白みには欠けた部下だとばかり思ってたんだよ。あんなにも感情を剥き出しにして荒れてるドレッダは初めて見る……が、私は断然あっちのほうが好きだなあ」
「…………」
「な、ゼンタ。あんたもそー思うだろう?」
何を友達みてーな距離感と慣れ慣れしさで話しかけてきてんだこいつ……。さっきから俺がわざと無視してやってんのに気付いてねーのか?
ここがドラッゾの大一番なんだ、インガなんかとくっちゃべって見逃したりなんてしねえ。
俺の隣にいるこいつはこいつで空で激しい激突を繰り返す二人から目を放そうとはしないが、同時にお喋りをやめるつもりもないようで。
「全力で武器をぶつけ合った次にやることが全力で拳をぶつけ合うことたぁね。なんとも泥臭い。だが、それも悪くない」
「……、」
悔しいがそこは同意だった。
後先なんて一切考えず常に全力。己の全てを一撃に込めるドラッゾとドレッダの戦いぶりには美しささえ感じさせられる。戦ってる様にではなく、その心意気に圧倒される。
ドラッゾが纏う冷気のオーラが、ドレッダの纏う赤い魔力のオーラと混ざる。弾ける。飛び散って、落ちて、消える。その瞬間に最後の煌めきが、一瞬だけ空へ還ろうと立ち昇る。
互いにまるで形を変えた竜の夫婦。彼らの本気の戦闘は冬の空の花火を眺めるような、儚く胸を締め付けられるような――けれど小さく胸躍るような。そんな光景だった。
「ああそうだ、美しい。たとえそこが終わりになろうとも、その刹那に全てを捧ぐ者こそがこの世で最も美しく価値がある。死ぬまで生きるべき価値がある。私はそういう尊い戦士を手折りたいんだ――」
「…………」
陶然としたインガの言葉は、上空の二人を介して何か別のものを見ているように感じられた。
こいつが思いを馳せているのは運命を弄ばれた竜たちじゃない。その手で手折り終えた命にはもはや大した興味も湧かないとでも言うように、この小さな鬼はどこか遠くを見ることに忙しそうだ。
――そういうとこが腹立つんだよ。
インガなんぞに郷愁の心があるとは心底意外で、いったい何に想いを馳せていやがるのか気にならないと言えば嘘になっちまうが。
俺は僅かに芽生えたその好奇心を潰し、ひたすら観戦に徹する。
この勝負の結末がどうなるにしたって最後まで見守る。さっきそう決めたからな。
ドラッゾが満足するまで……目的を果たすまでは俺の出番じゃねえ。
ドン、と何十度目かの激突。地上にまで伝わった激震が俺とインガの髪を揺らした。……決着のときは、まだもう少し先のようだな。
◇◇◇
「た、助かりましたメイルさん。援護してくださってどうもありがとうございます」
「礼はいらん。緊急事態に相応しい対応を取っただけのこと。……あれだけの群れを中央から突破しようとはな。しかも策はなく、力押し。何を考えていたんだ? 私のサポートなしではお前たちでもタダでは済まなかったぞ」
「えへへ、実のところメイルさんが助けてくれるだろうなーって期待して突っ込んだんです。ですから策はなくても考えなしではありませんよ!」
「相変わらずいい性格をしているな、サラ・サテライト。個人的にはお前こそが『アンダーテイカー』で最も油断ならない者だと考えている」
「えっへへー、どうもです」
「褒めているつもりはないが?」
「そんなことよりストーンさん、現状の確認ですが」
「む」
委員長こと新条ナキリにそう言われたことでメイルはいつの間にかサラのペースに巻き込まれていたことを自覚した。今は悠長に話している場合ではないというのに。
「こちらの状況は見ての通り。私の『トリプル・ストーンレンジ』で本館を覆い、市衛騎団と協力してゴーレムの侵入を阻んでいるところだ」
ちらりと目を動かしたメイル。玄関口で固まっている彼女たちからは建物の周囲のほんの一部しか見渡せないが、その範囲だけでもゴーレムの数とそれに対抗するロイヤルガード、そして打ち漏らしを押し返すメイルの石礫魔法による押しつ押されつの激闘は十分に伝わってくる。
たった今あの嵐の仲を駆け抜けてきたナキリたちにとってはなおのこと。
「こいつらは少し硬すぎるな。押し戻せてはいるが私の魔法もあまり効力が見られない。数を減らせていない以上、今のところこの陣容もただの時間稼ぎにしかなっていない」
「ガロッサで襲ってきたピースゴーレムも属性攻撃は有効じゃありませんでした。あれらはおそらくその改良版、耐久度はもっと上がっているかもしれません」
サラの言葉にそうだろうなとメイルは頷く。
報告にあったピースゴーレムと外見の差異が気になっていたところだが、上位種だと考えれば見た目にもこの常軌を逸した硬さにも納得がいく。かと言って、自身の魔法が通じないことへの留飲は下がらないが。
隣接している議事館にも大量のゴーレムが群がっているものの、やはりこの本館にこそ最も多くが集まっている。
その大多数をメイル一人で抑え込んでいることは事実だが、しかし彼女一人だけでは数分と持たずに防衛線は決壊していただろう。
そうならなかったのは偏にロイヤルガードの奮闘あってのものだ。
中央都市の治安維持が活動内容というその性質上、周辺被害をなるべく出さないために光属性に代表される自己強化魔法の優れた使い手たちばかりである彼らは、属性効果に頼らないという一点においてゴーレムとは好相性だった。
属性魔法の通りの悪さを抜きにしてもゴーレムのボディは堅牢そのもの。故に相性がいいというよりは他者ほど悪くはないと表現したほうが適切なのだろうが、それは戦っている当人たちが誰よりよくわかっている。
だからこそ彼らは戦い方を工夫し、撃破よりもとにかく下がらせること。一歩でも退かせて非戦闘員が脱出するための時間を稼ぐことと、メイルへの負担を減らすことを目的とした守る戦いをしているのだ。
それこそが数で勝るゴーレムの軍団を相手にしながらもどうにか均衡が保たれている最大の理由であった。
「議事館は団長がほぼ一人きりで守っている。――いや、あの人の心配をする必要はない。そんなのは烏滸がましいというものだ。すぐに、とはいかなくとも必ずやゴーレムを殲滅してみせるだろう。こちらも両目から放たれる光線にさえ気を付けていれば現状の維持は容易い。……だが」
ロイヤルガードが駆けつけるより一足先に本館を守るべく参じたメイルは、それよりも更に一歩先んじた刺客が建物内に侵入を果たしたところを目撃している。
姿はちらりとしか見えなかったが数名、それもゴーレムとは明らかにシルエットが違っていた。
彼女が時間稼ぎに甘んじていられないのは、その侵入者が何を狙っているのかがわかり切っているからだ。
「ローネン政府長と王位五指御老公方が危ない……! 魔皇軍は政府の頭を潰して組織の瓦解を目論んでいる。彼らの身を守るために私の同輩、特級構成員二名が後を追って館内へ入ったがそれきり音沙汰がない。内部で何が起こっているかは私にも不明だ」
「他の皆さんが無事かどうかも、ですよね」
メイルはその問いに眉間に皺を寄せることで答えた。
重要施設であるために逃げ込むためのパニックルームは用意されているが、敵が規格外だ。侵入者が逢魔四天や魔下三将といった魔皇軍の幹部であるなら――ほぼ確実にそうだろうが――多少の防護壁程度は紙のように破り捨ててしまうに違いない。
そうなればローネンのみならず高い役職に就く全員がこの世を去ることになる。
――たとえこの戦争に勝てたとしても、それでは実質人類側の敗北にも等しい。
「状況把握と応援のためにも、どうにか私も館内へ続きたいところだが……」
「……だったら、わたしが立場を代わる」
「!」
初めて口を開いたかと思えば、この内容。メイルはそんな驚きを隠さずに発言主のメモリを見つめた。
メイルはメモリの外見の変化をまったく気にしていません。すごい




