281.あの日交わした契約通り
「さて! 余計な前口上は不要だろう。あんたも色良い返事だけをしてくれればいい。応じるか、否か。せっかくだから私は一対一をリクエストするが……それが嫌ならお仲間のとこへ戻ったっていい。なんならドレッダに帰りも送らせようじゃないか」
「敵に背を向ける趣味はねえな」
「背中を襲ったりはしないぜ?」
「…………」
「冗談、冗談さ……期待通り、私好みの答えをくれるもんでつい嬉しくってね」
くすくすと笑うインガの表情は天真爛漫そのもの。嬉しいという言葉に嘘や別の意味は混ざっていないように思えた。
「逃げやしないとわかってた。他がどんな状況だろうがあんたならまず私を倒そうとするだろうとね。これはそう、プライドの話だ。同じ相手から二度も逃走するなんて我慢がならないだろ?」
「別に? 喧嘩に流儀があってもそれで負けちゃ元も子もねえからな。俺ぁそこまで戦いに生きてねえ。なけなしのプライドよりかは自分の命を優先するさ」
そのためなら流儀を曲げだってするし、何度だってとんずらこく。危険な奴に真っ向から挑む理由はねえ……かかってるのが俺の命だけなら、な。
そうじゃねえ場合もあるから困る。元の世界での喧嘩程度ならともかく、こっちの世界の戦いはガチの殺し合いだ。
そして野放しにしてちゃ多くの命を奪うことが確定してるような、苛つく糞ったれが多すぎる。
倫理とか、人道とか、正義とか。
そういう御大層な理屈を並べるつもりはねーけどよ。
悪ぃことしてにやにや悦に浸ってるようなのは、単純に目障りなんだよな。見てるだけでムカっ腹が立つ。だからぶっ飛ばしたくなる。
「仮にお前や、お前たちに、なんかしらの正義ってのがあったとしてもだ」
「!」
「そんなもん知ったことじゃねえ。思想なんざどうだっていい、それが間違ってるかどうかだって関係がねえ。――俺の目の前に立つお前が目障りだ。俺が逃げねえ理由は、ただそれだけだぜ」
「ははは……! 私にとっちゃ路傍の石ころでしかなかったやつがよく吠えるようになった! まあ、その程度でも邪魔は邪魔だった。目障りでもあった。それが今じゃどれくらい大きくなってくれたか楽しみだよ。あのときみたいに小突いただけで壊れちまうのは勘弁だよ、ゼンタ」
「いや、ちょいと待て」
戦る気満々。そういう面して一歩踏み出しかけたところを俺に止められて、インガは目をぱちくりとした。
「なんだい、まだ始めないのか」
「てめえの呼び出しに応じたうえに一対一の条件も飲んでやるんだ。だったらこっちからも一個、条件をつけさせてもらうぜ」
「ほーう……」
「嫌なら断ればいい」
「ふふん、いいさ。飲もうじゃないか。どんな条件だ、ハンデでも欲しいってのか?」
「言ったな? 約束は守れよ――【契約召喚・改】発動」
「!」
いつもの召喚エフェクトの黒い渦から飛び出すドラゴンゾンビのドラッゾ。何かを予感してかいつも以上に迫力のある咆哮が轟いたところで俺は『変身』を適用させる。
メキメキと凝縮される竜の肉体。
それが収まったときには、死竜は麗しき少年の姿になっていた。
「よお、ドラッゾ。やれるな?」
「――グラウ」
「おし」
力強い返答に俺も頷いた。
ドラッゾは万全だし万端だ。自分が何をすべきかよくわかってる。
なんせその目は俺でもインガでもなく、たった一人にだけ向けられているんだからな。
「これが俺の条件だ。もうひとつの一対一! 対戦カードはうちのドラッゾとそっちのドレッダだ。当然、俺とお前は最後まで手出し無用だぜ」
「はは、なるほどなるほど。そういう趣向かい。姿形や種族も変われど元は竜同士、番い同士……違えた道がこうして敵として交わってるんだから決着はこいつらにもつけさせてやるべき、なのかねぇ? まー私はなんだって構わんが。面白そうだしな。で、あんたはどう思うんだドレッダ」
「インガ様の思うままに御命じください」
「やりたいかどうかって聞いてんだがね」
「それに関しては、なんとも。私の元となったらしい竜と私自身にはなんら関連性がございません……あくまでも素材がそうだった、というだけのこと。ですのでそこの竜人もどきと戦う理由は本来存在しないのですが――」
ドラッゾの熱を持った視線に、ドレッダは感情を乗せない淡々とした瞳で応える。
「インガ様のお楽しみのための煤払い。を、引き受けることに否やはございません」
「おお、部下の鑑ってやつだね。エニシが好きすぎてちょっとキモかったシュルストーとか、無口過ぎるラハクウよりも、断然あんたは出来がいい。考えてみると不思議なもんだねえ、あの姉弟よりも私の部下のほうがよく育ってるなんて」
「反面教師という言葉もあるくらいですからね」
「うんうん……あれ? それ褒めてないよね?」
ちっ、マジに腹立つなこいつら。
ドラッゾがどんな想いで今この場にいるのかちったぁわかりやがれと言いたくなる。
だがそこは俺が口を出すところじゃねえ。
ドラッゾの怒りはドラッゾのもんだ。
思いのたけをぶつけるのはドラッゾ自身の権利であり、義務なんだ。
俺はそれを見守るだけでいい。
それだけに努めるのがドラッゾへの信頼の証になるはずだ。
「おい! 応じるってことでいいんだな?」
「ああ、いいよ。ドレッダもやる気はあるみたいだし、私も竜人と竜人のマッチングを見てみたい。ゼンタと一緒に観戦としゃれこもうかな」
「けっ、そーかい。だったらドラッゾ」
「グラ?」
「【死活】発動、対象はドラッゾ」
スキルを強化するスキル【死活】でドラッゾ自身を強化する。戦うならこいつは必須だからな。灰色の肌を持つドラッゾに黒いオーラはよく似合ってるぜ。
「そして【死活】・【武装】、『非業の戦斧』……こいつも持ってけ」
「グラ……、」
「ああ、大丈夫だ。【武装】のスキルLVが上がって『貸し出し』ができるようになった。お前が手放さなけりゃこいつは消えねえからよ、役立ててこい。……悪いが俺にできることはこんだけだ」
もっと力になれるようなスキルとかあればよかったんだがな。ネクロマンサーって職業がそうさせてるのか、他人を強くさせたり守ったりってスキルを俺は未だに一個も持ってねえんだよな。
そういうのがありゃあ【死活】と重ねてドラッゾをもっと助けてやれたのによ。
と申し訳なく思ってると、俺の手から戦斧を受け取ったドラッゾが。
「グラァ……!」
「ドラッゾ、お前……それは礼のつもりか?」
「グラウ!」
間違いなくそうだ、ドラッゾは俺に感謝を伝えてる。それは【死活】や武器を私たことへの礼じゃねえ。
今、この瞬間。
約束した通りにインガの前へともに立ち、奪われた嫁さんを取り戻す機会を与えたこと。
死んでいたドラッゾの魂を引っ張り出してここまで連れてきたことへの――深い、深い感謝がひしひしと伝わってくる。
「……おう、そうだなドラッゾ。これでようやくあの日交わした契約通りだ。俺はお前との誓いを守ったぜ。だからお前も、誓いを果たせ。絶対にあいつに勝てよ」
「グラッ……!」
当然だ。そう言ったんだとわかる。
ぶんと戦斧を振り回して俺に背を向けたドラッゾが歩みを進めていく。それを見て、インガは下がりながらその手でドレッダの背をぽんと叩いた。
「始まるってさ」
「畏まりました」
敵の排除を命じられた、ということなんだろう。
ドラッゾと戦うのは自分の意思じゃなく、あくまで命令の遂行であることを示してるんだ。
そこまで頑なだと逆に何かを恐れているように見えなくもねえな……ドラッゾの意気を目の当たりにして少し冷静になれたことで、今の俺にはそう思える。
ドレッダが昔の記憶をなくしてるってのは本当だろうよ。そうじゃなきゃあそこまで気のねえ態度は取れねえし、インガっつー仇にへいこらとしてられねえだろうしな。
だが忘れてるは忘れてるにしても、何かしら疼くもんがあるんじゃねえか?
俺の言葉に、そしてドラッゾという存在そのものに対して、自分でも説明のつかない何かを感じてるんじゃないのか――なんて風に考えるのはさすがに希望を持ち過ぎか?
「だけど希望がねえよりはいい……」
もしも昔の記憶が消えてるんじゃなく、奥底に沈んじまってるだけだとすれば。
それを呼び起こすことが、真の意味でドレッダを取り戻したことになるのかもしれねえ。
――頑張れよ、ドラッゾ! お前ならきっとそれができる。俺はそう信じてるぞ……!




