280.さぁさ私と遊ぼうぜ
「あれが魔皇軍?」
と、本庁舎を囲うように飛び回ってるゴーレムを眺めながら無感動にハナが誰にともなくそう聞いた。律義に委員長が再会の挨拶をしながらゴーレムについての講釈を始めた横で、俺は考える。
アップル以上にこの場にいるのが謎なのがこいつだ。
なんで一緒に来たのか、と視線でアップルに問えば、少女は少女らしからぬ仕草で軽く肩をすくめて。
「本人が言うもんだからさ」
どうせ後から全員来るんだしいいだろ、となんでもないような口調で、しかし俺にはわかる含みを持たせてアップルが言った。
なるほどな。アップルまで不在の状況でハナを残すよりは戦場に同行させたほうがいいと考えたわけか。
どっちにしろリスキーではあるが、ギルドのことを思えばこれがベストな選択かもしれねえな。
いずれにしろ俺が応援を呼んだからには、ハナが何を隠し何を企み何をしようと、それは全部俺の責任ってことになる。
「戦えるんだよな?」
委員長の要点のまとまった説明を聞き終えても表情に変化が出ないことから、少なくともハナが戦場の雰囲気に吞まれてるってこたぁなさそうだが、念のためにそう訊ねとく。
「それなりに」
すると世間話に相槌でも打つような気のなさで答えたんで、俺もよしと頷く。
「なら信用させてもらうぜ」
「うん。あれの数を減らせばいいんでしょ」
それ以外のことはしないよ、と色んな受け止め方ができるセリフをハナは吐いた。
……不安はあるがうだうだ言ってられねえ、とにかく俺らも戦おう。
「ゴー!」
六人で一塊になって走る。中庭を突っ切って本庁舎へ。群がるゴーレムを減らしつつ叶うもんなら建物内に即突っ込む。
そういう算段だったが、庭を半分も行かねえうちに俺たちは見つかっちまった。
「何体かこっちにくるぞ!」
「露払いしようか。ハナも手伝ってくれ」
「わかった」
前に飛び出した二人へ最初に俺らに気付いたゴーレムが襲いかかる。振るわれた腕を拳で弾いたアップルはそいつの目が光ったと同時にバク転。追撃こそできなかったがあの出の速いビームを躱してみせた。
「それは禁止かな。【抑制】発動」
「――、」
続けてビームを撃とうとしていたゴーレムだが、ハナのスキルのせいだろう。それが封じられたことでガラスのような目をぱちぱちとさせるだけに終わった。まるでビームが出ないことに戸惑ってるみたいにも見える。
「よっと」
「――ッ」
そこを距離を詰め直したアップルによって滅多打ちにされる。見てるだけでもいいのが数発入ったとわかるが、ゴーレムは多少仰け反っただけ。そのボディに傷はない。
「なるほど硬いな。だったら――」
闇ギルド『廃れ屋敷』を相手するときにも見せた桃色のオーラ。あのときは薄っすらとしたもんだったが、今はもっと濃いそれを纏ったアップルが見るからに力の入ったフォームで拳を打ち込んだ。
「――」
バゴン!! と腹のあたりを凹ませたゴーレムがぶっ飛んでいき、後ろにあった木々を何本も倒してようやく止まったと思えば、奴の動きも一緒に止まった。
まだ微かに手足を震わせているがあれじゃ起き上がれねえだろう。
「す、凄いです! 瞬殺! さすがはアップルちゃん!」
「上出来、とは言えないかな。粉々にするつもりで殴ったってのに仕留めきれてないんだから。ちょいと自信喪失だよ」
「粉々にならなくて私はラッキーだけど……【傀儡操作】発動」
ハナの指先から細い糸が伸びて倒れてるゴーレムと繋がった。すぐに糸は見えなくなったが、ハナがくいと人差し指を上げるとその動きに連動するようにゴーレムが起き上がった。
自力で、というより何かに無理に持ち上げられるたような不自然な動作でだが。
「人形を操るスキルか……?」
「うん。こういう風に使うよ」
すいっと指揮でも執ってるみてーにハナが指を横に滑らせばとんでもねえ勢いでゴーレムがその通りに動き、近づいてきてた新手のゴーレム二体を体で巻き込んで諸共吹っ飛んで行った。
なんだ今のは。普通じゃあり得ねえ挙動だぞ。
「こうやっていくらでも無茶をさせられる。このゴーレムは頑丈みたいだから使いやすいね。ダメージのあるお腹に気を付ければ長く動かせそう」
「そ、そうか……ちなみにお前の職業って?」
「『傀儡師』」
なんて受け答えしてる間にもハナの操るゴーレムは他の一体に組み付いて邪魔しつつもう一体へ首だけ向けてビームを放っている。……ここまで自由に操作できるのか。こりゃ自慢すんのも納得のスキルだ。
強いっつーか、えげつないって感じの効果だけどよ。
「やれやれ、続々と来るね。ほら、ここは私らに任せてさっさと行きなよ」
どんどん集まってくるゴーレムにうんざりとした顔をしながらもアップルが道を作ってくれると言うんで、俺たちゃ礼を言って先を急ぐことにする。
ところがだ。
「っ、俺から離れろ!」
「!? ゼンタさん!」
「ちぃっ……、」
ゴーレムの比じゃねえ速度で接近してくる何か。それに最初に気付いたのは俺だが、迎撃は間に合わなかった。
そいつにがっしりと肩を掴まれ、そのまま上空へと運ばれちまう。
「自分でなんとかする! 先に行ってろ!」
手を伸ばしてくるサラに剣を構えた委員長。の姿があっという間に小さくなってく。言葉は届いたはずだが、早いとこ戻ってやったほうがあいつらも安心するだろう。落ちても構わねえから今すぐぶっ飛ばしてやるぜ。
「デートの誘いかドレッダぁ! だったらお望み通りに――」
「いいえ。誘いは私ではなく『あの人』からのものです。あなたを案内せよとの命令でしたので」
「……!」
殴りかけた拳を止める。
魔下三将、『破戒』のドレッダ。シュルストーと名を変えたナガミンがエニシの直属にいたように、こいつの上にも逢魔四天がいる。
それこそが、インガだ。
ならこいつがつれてこうとしてる先には、あいつが待ってるってことになる。
「……けっ、自分から来るんじゃなく部下を使って呼びつけるとは横着しやがる。お前もお前だぜ、自分と旦那の仇にほいほい従いやがってよぉ」
「…………」
「だがいいぜ、乗ってやるよ。呼ばれなけりゃこっちから探してたところだ」
「どのみちあなたに拒否権はありませんが」
冷たい声音で返したドレッダは翼をはためかせていくつもの建物を越え、さっきまで俺たちが話し込んでた委員長の部屋がある『市衛騎団』の詰め所の裏手までひとっ飛びした。
大急ぎで走った道程を無駄にさせられたのにはちと腹も立つが、そんなことよりもだ。
建物の裏手にある騎士たちの訓練場。見た目はまんま学校のグラウンドっぽいその場所の、中央にでんと仁王立ちする人影に俺の目は釘付けだった。
「いやがったなインガ……!」
「下ろしますよ」
言うが早いかパッと手を放される。投下された爆弾みたいな勢いで落ちるが、これくらいなんてことねえ。スキルを使わなくたって今の俺なら平気だ。
――みるみる近づく地面よりも、インガだけを注視する。
「よお……呼んだかよ」
「ああ、呼んだとも」
膝をついて着地。それから顔を上げて奴の様子を確かめてみれば、悠然と腕組みをしてこちらを見ている。
落ち際を狙ってくんじゃねえかと身構えてたんだが、この態度からすっと不意を打つつもりはさらさらなかったらしいな。
「流石ドレッダだ、手際がいい。こんなに早く連れてきてくれるなんて私の部下は優秀だね」
「勿体ないお言葉です」
傍らに降り立ったドレッダへインガが上機嫌に言えば、褒められたほうは粛々と頭を下げて謙遜した。完璧な上下関係ってやつだな。まったく、胸糞悪ぃこったぜ。
「ここでやるってんだな?」
「勿論。私としてはもう少し待ってもよかったんだが、魔皇様が始めちまったからね。あれからまだ大して日数も経ってないが……けれど男が変わるには十分な時間だろ? ――さぁさ私と遊ぼうぜ、ゼンタ。どっちかが死ぬまでな!」
「上等だぜ、この野郎……!」




