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275.【聖魔混合】

(これは……まさかユーキと同じ【大器】のスキル!?)


 体内に仕舞い込まれ、そして宿主に力を与える紅蓮魔鉱石。

 その在り様にマリアはどうしても愛娘ユーキのことを連想させられてしまう。


 次代の勇者だからこそ可能となる芸当。そう考えていただけに、次代の魔皇がそれと同様のことを行なっていると思えば動揺はひとしおであった。


「ふふ……! 驚くのはまだ早い。見せてやろう、石が齎す無限の可能性を!」


 真紅の光が弾ける。辺り一面に慈雨のように染み渡ったそれが完全に消え去った直後、変化は起こった。


「っ、この力はさっきの……!?」


 創作能力に創成能力。

 新しい仲間から――つまり魔皇となって以降に見繕った魔族の部下から【併呑】のスキルで頂戴したと見られる特殊能力の発露。


 マリアがそうと悟ったのは当然先ほどの再現がなされたからであり、そしてそれは単なる再現には留まらず。


「くくく……さっきのような木偶とは思ってくれるなよ。泥の双子の力を掛け合わせ、紅蓮魔鉱石で更に飛躍させた! こいつらはお前用にブラッシュアップされた疑似生体兵器だ!」


「疑似生体……兵器」


 激しい戦闘の余波で剥がれた大地、消えた山の残骸。そこらに大量に散らばったそれらが全て別の形を取っている。四足の獣。岩の牙をガチガチと打ち鳴らし見るからに闘争本能に満ちたそれらの殺意は漏れなくマリアへと向けられていた。


 確かに白あんの体を素材にして生まれた連中とは出来が違う。

 数百匹は下らない獣たちを【神眼】で読み取りながらもマリアの警戒の大部分は魔皇に割かれている。


 より正確に言うなら、その中にある紅蓮魔鉱石に。

 それは魔皇が口にした『兵器』というワードによるものだった。


「懸念もっとも。しかし案ずるな、こいつは俺が元々持っていたもの。ダンジョンから奪ったのとは別だ」


「…………、」


「だがお前の予感は至極正しい」


「!」


 戦争は数。それを教訓としていながら魔皇が軍とは名ばかりの少数しか仲間を揃えていないという奇妙。


 そこにもしも必然的な理由があるのなら――戦力をそれで十分と考えるだけの妥当な何かが、あるのなら。


 それは彼がたった今見せた紅蓮魔鉱石の力の使い方にこそ答えがあるとしか思えず。


「くっくっく。師匠は偉大だな、マリア」


「っ、魔皇……!」


「今となっては『ガロッサ』が人名であったことを知る者も数少ない。ましてやそれが、百年前の英雄たち。その師匠であったことなど俺とお前以外に誰が覚えている?」


「……誰が忘れても、私は一生忘れない」


「俺とてそうさ。時が経つほどに師の大きさばかりを思い知る。力あるが故に己を恐れ、他人を育てることを望んだあの人ほど賢明な者が他にいるか? 人とは必ず力に溺れ、他人の力を何より恐れるものだというのに」


「今の自分みたいに……?」


「ふふふ! 申し開きのしようもない。俺が力に依存していることは事実だ……しかしマリア、そうなるべくしてなった現在をお前が否定できるものか? 現状維持に甘んじたのは他でもない、お前のほうなんだぞ」


「壊すことしか、殺すことしか選べなかった奴が随分偉そうに言う」


「だから言ったろう、マリア。それは必要なことなんだ。管理者と入れ替わり、そして更なる大望を果たすために。そのための紅蓮魔鉱石だ。……と言っても、仮初の平和のため隷属を選んだお前には俺が想う未来など想像もできんだろうが」


「……? 紅蓮魔鉱石は要石。『神』が世界を今の世界へ作り上げたときに残した力の澱……だから紅蓮魔鉱石にはこの世のありとあらゆるものを上書きする能力を持つ。その重要性は私にだって……」


「わかっている、とでも? それが不十分だと言っているんだがな」


「――もういい。師匠の石は、今どこにある」


「ここじゃないどこかさ」


「……、」


「くっくっく!」


 剣呑さを増すマリアの目付きに魔皇は可笑しそうにする。


 思えば昔から彼女を怒らせているときが一番楽しかった。元々クラスメートだった遠い過去。泡のように頼りない記憶を掬い上げるように思い起こし――それをすぐに自らの手で散らせて。


「言うまでもないことだろうが、俺の『戦力』は完成している。尖兵にして一体で一個師団の実力を発揮するマスターピースゴーレムに我らが最終兵器ハイエンドゴーレム! 師匠の石を手中に収めたことで侵攻と選別の準備は整った」


「ハイエンドゴーレム……!?」


「そう、師匠の遺作エンドゴーレム。先代魔皇軍との戦争で大いに俺たちを助けてくれたあの力は、より強力なものとなって現代に蘇った! もはや俺に敗けの目はない……今、この時だけを除けばな」


「…………!」


「言いたいことはわかるだろう? 石の力とはいえそれを操るはこの俺! こいつらを作ったのと同じように、ゴーレムを兵器たらしめるには魔皇という非道を躊躇わぬ所有者の存在が不可欠。ここで排除すれば――既に進軍を開始している魔皇軍の大多数を機能停止に追い込めるということだ!」


 やはり魔皇はとっくに行動を起こしている――詰めの段階に入っている。


 魔皇軍でも隔絶した実力を持つ自身が前線に立てぬリスクは負うものの、同じく政府側で最も実力を持つ聖女マリアをひとつ所に釘付けとしたうえでの侵攻開始は、なるほど道理に適った選択でもある。


 罠こそなかったが、しかしこの状況そのものが罠。


 それを思い知ったからこそマリアは勝負を急いでいるのだが、魔皇のほうに決着を焦る様子は微塵もない。


 むしろ彼は少しでもこの死闘が長く続くことを望んですらいるようだった。


「惜しいことだ。もっとデートを楽しみたいところだが、お前がそうまで殺気立つようでは俺も遊んではいられない。万難を排すいつものやり方で仕留めさせてもらうぞ、マリア!」


「喧嘩でもなんでも……! お前が私に勝てたことが一度でもあったか!?」


 囲う獣たちは無視。

 一直線に魔皇へ迫ったマリアの拳が当たる、寸前で。


「『釈迦力・滅法』」


「……ッ!?」


「くく、思った通りの愚直さ。頭に血が上ったお前は怖いが同時に与し易くもある。急いては事を仕損じる、というやつだ」


 がくりと力の抜けたマリア。その目には愕然とした思いがよく現れている――【真・深化】が解除された。それによって繋ぎ止められていた強化スキルも軒並み効果が切れてしまった。


 マリアの拳は、魔皇の片手がいとも容易く受け止めていた。


「それにしても、ふむ。やはりスキルよりも通りがいいな。扱いには苦労させられたが、スオウの奴はいいものを遺して逝ってくれた。お前もそう思うだろう?」


「この――、」


「はっはぁ!」


 マリアがスキルを再発動させるよりも早く、魔皇による返礼の殴打がその顎を打ち抜いた。「っっ……、」と吹っ飛ばされ視界に火花が散るマリアの耳に景気の良い彼の声が届く。


「そうらチャンスだぞ獣共。かかれっ!」


「!!」


 魔皇の命令に従って一斉に群がる土の獣たち。


 その数と勢いのなんと圧倒されることか、気の弱い者なら淑女がこれだけの数の獣に襲われる光景を目にしただけで気を失ってしまうかもしれない。そこにあるのはそれほどまでに絶望的な画だった。


「――【森羅万象】を発動」


「ぬ……!」


 しかし、絶望を霧散させるのはいつだって光である。


 暴虐的な獣の波をただの一撃で全滅させたマリアは今までとは明らかに種類の違う輝きを全身から立ち昇らせていた。


「ふふ……言われずともわかるぞ。ついに切ったな、切り札となるスキルを……!」


 あれだけ重ね掛けた強化スキルを再展開せずに、たったひとつのスキルを頼った。


 そこから導き出される当然の帰結に魔皇は壮絶な笑みを浮かべる。


「【聖光】を発動」


「【深淵】発動!」


 壊された獣たちの還った塵。それが地に落ちるよりも遥かに速く間合いを詰めたマリアに対し、魔皇も遅れることなく応じる。


 聖なる光へ示し合わせたように仄暗い闇をぶつけんとし、その激突の瞬間に両者は。


「「【聖魔混合】!」」


 まったく同一のスキルを発動させた。


 光が闇を食らい、闇が光を食らい。

 あたかも先の偽界が見せた対消滅とよく似た現象で【聖光】も【深淵】も相手へなんらダメージを与えることなくその効果を終えたが、けれど。


「考えることは同じか……袂を分かった以上は死にスキルとなったはずが、まさかこんな形でまた使わされるとはな。どうだマリア、久方ぶりの俺の闇は心地良かろう!」


「お前のほうこそ……大好きな私の光に包まれてご機嫌じゃないか。この、変態め」


 光と共に闇を纏ったマリア。

 闇と共に光を纏った魔皇。


 先代の魔皇へたった二人で挑んだ最終決戦時。そのときには無二の仲間として並び見せたのと同じ姿で、現代の二人は互いを打ち負かすべき宿敵として相対した。


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