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274.恐ろしい女

「やれ、【神槍】!」


「ちぃっ!」


 顔面を打たれもんどりうった魔皇。そんな彼を貫かんと槍が放たれる。火を灯したその巨槍はサイズ感に見合わぬ急加速でまさに神速へと達した。


「【武装】発動、『無窮の鎖』!」


「!」


「はあ!」


 再び呼び出した鎖を腕に巻き付け、槍の穂先を殴りつける。【神火】でブーストされた【神槍】の威力・速度は共に尋常ではない。高レベルの来訪者であるゼンタとユーキが二人がかりでも止め切れなったことからもそれは明らかだが、マリアのスキルが強力であるなら魔皇もまたそれに劣らぬ強者である。


 彼のStrとDexは一発の殴打で【神槍】の矛先を逸らせるだけの数値を誇っている――。


 だがそれよりもマリアが反応したのは『無窮の鎖』に関してだろう、と魔皇にはわかっていた。


「破壊したつもりでいたか? 残念だったな、お前が千切り砕いたのはこの鎖のほんの一部でしかない。まさか壊されるなどとは思ってもみなかったが、お前を相手にするのだから俺とて用心くらいはする。どれだけ信を置く武器を扱うとしてもな」


「【召喚】を発動、『ハイスピリット』カカからドド――『特殊合体』を指示」


 手品の種などどうでもいい。

 そう言わんばかりにスキルを発動させたマリア。


 白あん以外に彼女が呼べる使い魔はそれぞれ別の属性を司る五体の上位精霊。その全員を展開し襲わせるだけでも大抵の敵は反撃の糸口も掴めずに沈む。


 が、マリアも魔皇を相手にそういった正攻法の戦法が通じるとは考えていないのだろう。


 せっかく呼んだ仲間たちを、自ら消す。

 それは精霊の持つ魔力を全て費やして実行する秘儀のため。


 その技がどんなものかよく存じている魔皇はさっと顔色を変え、急ぎ『無窮の鎖』を振るった。


「轍を踏まずの全開、そしてこの距離ならお前でも避けられはせんぞ! 幾重にも縛り付け今度こそ簀巻きにしてくれる!」


「【間合い】と【転換】を発動」


「そんなもので……なに!?」


 魔皇は見誤っていた。今マリアが発動させたスキルは百年前から使われているもの。その程度では避けられぬと悪足掻きを笑ったその表情が凍り付いたのは、数多の鎖をすり抜けてマリアが迫ってくるから。


 ――以前のマリアならばいざ知らず、【真・深化】によっていくつもの強化スキルを同時発動できるようになっている現在のマリアが使えば見知ったスキルでも別物になる。


 その振れ幅がどれだけ大きいかを、このときになって魔皇はようやく正しく理解した。


 物理的に通れる隙間が存在しないはずの進路を、強引に突き進む。

 【間合い】によって鎖に触れぬギリギリを見極め、どうしても当たってしまう際は【転換】によってなかったことにする。


 そうやって煌めく一筋の光のように、魔皇が全力で放った『無窮の鎖』の放射攻撃を瞬間的に掻い潜り接近したマリアは。


「異力渾然――『五劫撃』!」


「ぐうッ……!!」


 カカ、ミミ、フフ、ララ、ドド。使い魔の精霊たちがその身を捧げてマリアへ宿した五属性のエネルギー。


 それを彼女自身が持つ光の力でまとめ上げ、強化まで果たした。そうやって得たもの全てを拳に集約させ一撃で打ち出す脅威の殴打――それこそがあらゆる耐性、あらゆる妨害を突破する勇者必殺の拳である。


 魔皇が恐れたその危惧通り今度こそ『無窮の鎖』は完全に破壊され、【闇纏い】のオーラも些かも拳の威力を殺すことなく突き破られ……命中。


 オーラ越しではない真の意味でのヒットを奪われた。


 こちらもスキルで強化を果たしているとはいえまともにこんなものを食らっては、いくら魔皇といえども堪ったものではなく。


「……っ!」


 墜落する。はげ山の麓だった場所から少し離れた位置に落ちた魔皇は、大地をその身で砕いたことで隕石にでもなったかのような気分を味わった。


 しかし落下の衝撃よりもやはりあの拳だ。

 彼をして「凄まじい」以外の表現が見つからない。


 拳を握り、口調も乱暴になった。マリアは百年前ではなく、それよりももっと前。この異世界へやって来たばかりの十代の頃に精神状態が戻っている。


 もはや太古の昔にも思える自分たちの若かりし時代。

 思わず懐古の情に浸ってしまいそうになるが、そんな場合ではない。


 マリアの精神があの頃に戻っているのならばそれはつまり――その攻め方がこれより一層苛烈になるということ。


「だからなぁ!」


 さしもの彼にも『五劫撃』は無視できないだけの苦痛を与えた。だがそんな痛みを押してでも魔皇は飛び起きる。その途端にドッッガン!! とたった今まで彼の横たわっていた場所が爆ぜた。


 上空より勢いよく落ちてきたマリアの横蹴りによってだ。


「恐ろしい女めが……!」


 地雷を榴弾で撃ったかのような轟音、捲れ上がり崩壊する岩盤。


 そんなものが眼前で起こり、さらには単なる蹴りで引き起こされたという事実まで踏まえれば魔皇が戦慄を覚えるのも無理からぬこと。


 加えて言えばその戦慄は【死兆】のほうにも理由があった。いや、スキルの発動や効果に不備があるわけではない。だが本来なら確実に回避可能なタイミングで危機を知らせてくれるはずが、警告から実現までの間がなさすぎるのだ。


 魔皇だからこそ辛うじて謳い文句に偽りも生じていないが、この程度の猶予しかないようでは他者ならまず避け切れるものではない。


 それは【死兆】がその効果を以ってしてもマリアの攻撃速度を追い切れていないことの証左。


 その驚異的な事実を以って恐ろしい女と彼女に対し率直かつ最も相応しいと思われる感想を魔皇は口にした――。


 だが弱音とも取れるそんな言葉を漏らした彼の口元には、未だ笑みが消えておらず。


「【闇伝い】発動!」


「!」


「【闇天牢】だ!」


 割れた地面の合間から噴出する闇、闇、闇。

 折り重なったそれらがマリアを囲い、脱出不可能な闇の檻に閉じ込めようとするが。


「【聖句】・【聖痕】!」


 マリアの全身から放たれた閃光がそれを阻止する。


 【聖痕】は強力ながらに一瞬のみしか効力を発揮しない使いどころの限られた防御スキルだが、【聖句】で対闇属性特攻の特性を強調させたことによりたった一瞬でも魔皇が作り出した闇の牢獄を消滅させるには十分だった。


 それは魔皇も予期していたようで。


「【孤高】・【至極】発動……!」


「!!」


「っはあ!」


 【闇天牢】は強化スキルの発動を確実なものとするための囮。そう悟ったマリアの目の前には魔皇の裏拳。


 瞬間移動めいたバックで回避。振り抜かれた魔皇の拳が空を薙ぎ、その風圧は墜落の影響で荒れ野も同然となった周辺一帯を抜けてなお衰えることを知らず、遠く離れた山林の一部を根こそぎひっくり返した。


「……!」


 信じられないほどの凶拳。

 それを生み出す異様な膂力。


 いずれもが強化スキルだったとしてもたったふたつでここまでのパワーアップはどういったからくりか? 眉をひそめ思考するマリアの機微を見逃さず、魔皇は言う。


「なに、百年経とうとスキルの総数でお前に敵わんことぐらい承知している。だがその代わり、質においては俺が大きく勝ることを証明してみせよう!」


 攻勢に出た魔皇。その連撃は一発一発がまさに致死の拳。受けることも避けることも通常なら叶わぬ絶対的な力の暴威――だがその絶対性を唯一揺るがせる存在がここにいるマリアだ。


「っふ――」

「っ!?」

「――【輝爆】」

「っぐぁ……!」


 合気による力の操作。


 打撃を逸らすだけではなく魔皇本人にも制御が効かないように流し、生じた隙に光を纏った掌打を叩き込む。


 わき腹で起こった光の爆発に魔皇は顔をしかめたが、それはマリアのほうも同じだった。


「く……、」


 崩れた体勢で、しかも【輝爆】を食らいながらも魔皇はなんと蹴りで反撃していた。威力こそ不足気味だが予想外のタイミングで受けた攻撃にマリアも一歩後退を余儀なくされる。


「その妙な技を今の俺にもかけられるとは大したものだ……だがマリア。もはや小手先の技術を活かせる戦いにはならんと知れよ。何せ俺にはスキル以外にも! 絶対と呼べる力を有しているのだからな――『紅蓮魔鉱石』、解放!!」


「……!?」


 真紅の輝きが魔皇の体内から溢れ出した。


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