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270.心象偽界は用をなさない

 心象偽界。己が心にのみ在る世界を現実へ上書きする、種別としては結界魔法と構築魔法のハイブリッド。地形の書き換えだけでなく偽界に付随する特殊能力も強力無比で、どれも初見では対処困難なものばかり。そして一度偽界に囚われれば術者の解除を待たずして脱出は叶わない――故に偽界には偽界でしか対抗できない、とは使い手にとって不文律の法則であり。


「これは……!」


「何を驚くことがある? 偽界を使うということは偽界を使われるということ。それにこの風景は俺たちにとって馴染み深いものじゃないか」


 白と黒。相反し決して交わることのない光と闇が、偽界によって構築された偽りの風景に明と暗を二分としていた。


 マリアの立つ白の世界。

 魔皇の立つ黒の世界。


 一見して真逆のそれはしかし、紛れ込んだ異物の存在を許さぬ絶対的な力を有しているという点において差はなかった。


「先代の魔皇の心象偽界……やはりそれも奪っていたのですね」


「奪ったとは心外だな。お前もあの場には居合わせたじゃないか。上位者や管理者の介入を知りながらも魔皇の首を獲る決断を下したのもお前だ。俺はそれに粛々と従ったに過ぎない……そしてどうせ殺してしまうなら貰えるものは貰っておかねばな」


「あなたという人は!」


 支配圏と支配権。それらの奪取のため鬩ぎ合う両者の偽界。だがその激しさとは裏腹に二分された世界はどちらに趨勢を傾けることもなく均衡が保たれている。


 白の場から嫌悪も露わに睨みつけてくるマリアの顔を見ながら、黒の場で魔皇は闇に抱かれるようにして笑った。


「懐かしいなマリア。あのときお前が心象偽界を会得しなければ、俺たちはこの力を前に全滅していた。一切の抵抗を許さず永劫の闇に呑み込む先代魔皇の偽界。それと対になるような偽界に勇者であるお前が目覚めたのは偶然ではない。システムの補助ありきの逆転劇……まったく反吐の出ることだ」


 心象偽界は多量の魔力を消費して発動する魔法の一種ではあるが、その特異性から他の魔法類とは明確に一線を画すものでもある。


 具体的に言えば偽界は火や水などに代表される属性を持たない。どんな魔法であっても基本の五属性やその派生属性、そしてそれらに含まれないものは無属性という単純な作用のみを起こす系統として分類されるのが常だが、偽界はその常識に当てはまらない。


 仮に閉じこめた敵を問答無用に焼き殺す能力を持った偽界があったとして、しかしそれは火属性ではない。通常ならば火属性へ有利に立ち回れる水属性の使い手だろうとそのときばかりはなすすべなく焼かれて終わりだ。


 ――属性相性が適用されないというのはとりもなおさず、一見して光側が絶対有利に思えるこの鬩ぎ合いにおいても真相は異なるということ。


「互角か。俺なりにブラッシュアップしたつもりだがお前の偽界も完成度が上がっているな……ふん、惜しい。闇に藻掻くお前の姿を見られるかと期待したんだが」


「所詮は人から奪ったもの、どれだけ練度を高めたつもりでもあなたが十全に使いこなせる日は来ないということでしょう」


「道理だな。せっかく手に入れたとて結局のところ元の劣化にしかならんのが悲しいところだ……それはともかく。もう一度言うが『奪った』んじゃあない、正式な契約だ。対価として、奴が救おうと躍起になっていた娘を逃がしてやったじゃないか。つまり前魔皇の血を俺が取り込んだのは契約履行における正当な報酬に他ならない。そうだろう?」


「そうやって得た力を我が物顔で行使する浅ましさが、私には我慢ならないのです」


「それが俺の【併呑】だ。自分のものになった力を我が物顔で使って何が悪い? そもそもこのやり取りも百年前に経験済みだろう、そう目くじらを立てるなマリア――ほら」


「!」


「偽界のほうも限界のようだぞ」


 バキリ、と。白と黒の境界から互いの偽界に亀裂が走る。小さな裂け目だったそれは瞬く間に世界の端まで伸び別れ、細かなひび割れとなっていく。


 そして。


「……!」

「ふふ――悪くない」


 心象偽界、強制解除。

 共に絶対の力を衝突させたことで生じた矛盾は対消滅によって解消される。


 マリアの『救世光来園きゅうせいこうらいのその』と先代魔皇の『常夜神隠法とこよかみかくしのほう』による本来ならあり得なかったはずの二度目の対決は、前回とは異なる結果を迎え終幕となった。


 元の煤けたはげ山、その山頂に帰ってきた二人は。


「……どうやらこの戦いに心象偽界は用をなさないようですね」


「ふむ、そうかもしれんな。極めて特異なことではあるが予想通りでもある。無駄になってしまった魔力は惜しいが、されど不発に終わったところでお前ほどの女が音を上げはすまいな」


「その問いもまた用をなさない――【極光】・【紫電】・【収斂】を発動。【極光】を対象に【聖句】を発動」


「!」


 視界に映る電光。


 それがマリアの身体から起き、しかも眼前にて弾けたものだと理解した瞬間に魔皇は顔面を強打され吹っ飛んでいた。


 右の掌打。を食らったらしいと彼が思う間に、マリアは跳んでいた。


「【絶佳】を発動」


「ぬぐ……!!」


 上から踏み付けられる。抉り込むように押し付けられた足の衝撃はただのダメージとしてだけでなく、魔皇の身動きを完全に封じた。【拘束無効】のスキルを持つ魔皇にこういった類いのスキルは通用しないはずだが――。


(つまり拘束スキルじゃあない。何かしらの副次効果で制限されているだけ、か)


 スキルの詳細までは見抜けない。魔皇にわかることはただひとつ、次に来るのは確実に大技になるだろうということだけだ。


「【絶倒】と【聖句】を発動――【神剣】」


「ほう……!」


 宙に浮かぶ巨大な剣。神々しきそれの一振りで、山が切り崩された。

 威力の大半をただ一人に向けているとはいえ強化された【神剣】の斬撃は、その余波だけでも尋常でない被害を周辺へもたらす。


 ナイフを入れられたケーキのようにさっくりと変形した山の中腹へと猛烈な勢いで叩き落とされ、そして魔皇は呆れる。


「まったく、乱暴な。これではどちらが魔皇を継いだのかわからんな」


「っ……!?」


 マリアの驚愕は眼下の魔皇の無事を知ってのことではない。如何に渾身の力を注ごうともただの一撃で彼に致命的なダメージを負わせられるなどとはマリアも考えていなかった。彼女の動揺は別の要因があってのもの。


 己の意思とは無関係に消えた巨剣に対してだ。


(【神剣】が解除された! 神シリーズに対スキル用スキルは通用しないはず。いったいどのような芸当なのか……? ――いえそれよりも問題なのは、完全に解除されるまでその気配に私が気付けなかったこと)


 魔皇がどんなスキルを使用したにせよ、ここは。


「――畳み掛ける。【神弓】を発動、エンチャント【神風】」


 マリアの頭上に浮かび上がる巨大な弓は、出現と同時にぎちぎちと限界まで弦が引き絞られていた。そこには当然、万物を射貫かんと鋭き意思を見せる矢が番えられている。


「発射」


 撃ち出された巨矢が空間を貫く。纏う飆風によって山肌を削りながら迫り来るそれに。


「【闇牢】発動」


 魔皇は防御スキルによって闇の帳を下ろす。正面に生じた深い夜のような闇が突風ごと巨矢を絡め取って彼の身を守り――。


「『ホーリーレイ』」


「ぐ……!」


 そこに降り注ぐ光の柱。

 あっさりと【神弓】を放り捨てたマリアの追撃は素早く、そして容赦がなかった。


「『クインテット・ホーリーレイ』」


「……ッ!!」


 五重化された裁きの光線が魔皇に抵抗をさせず、圧し潰す。天変地異もかくやという轟音を立てながらついに山の三分の一は元の姿をなくしてしまった。


 崩落した底地にて横たわる魔皇は。


「くく……こうでなくては。考えてみれば敵とまともな戦闘を繰り広げるのは久方ぶりだ。近頃はまず敵と見做せるような相手すらもいなかったくらいだからな――精々楽しませてもらうぞ、マリア」


 笑みを消さず、なんの痛痒も見せずに平気で立ち上がった。


 ここからでは山頂のマリアとはかなりの距離があるが、しかし彼の目にはしかと自身を見下ろす聖女の姿が映っているようだった。


「差し当たっては撃ち合いといくか? 【破砕】と【闇伝い】を発動」


「!!」


「――【闇撃】!」


 振り上げたられた魔皇の腕。それに従って道なき道を一瞬で駆け上った暗闇が、その足場ごとマリアを襲った。


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