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269.それこそが唯一の道なれば

「――『灰の者たち』などもはや恐るるに足らん! 必ずやこの手で管理者の地位より引き摺り落としてくれよう。そしてそれに成り代わり、俺が新たな管理者となるのだ」


 魔皇には怒りだけでなく同じだけ絶大な自信もあった。絶対にそれを為せると信じている――または為すと誓っている。


 しかし彼の昂ぶりを見つめるマリアの目は同情的で、冷ややかですらあった。


「馬鹿なことを。シナリオを外れるのみならまだしも、そのようなことをすれ上位者かみの反感を買ってしまう」


「本当にそうか? 管理者とて所詮は駒のひとつ、そんなものをこの世界の神ともあろう上位者が後生大事にすると思うか? いいや、ない。神に命への拘りなどないんだ。来訪者もまた使い捨ての道具だが、だからこそ。神の望んだ役割ロールを終えた来訪者が管理者と立場を入れ替えたとてなんら支障はないだろう」


「…………」


 マリアは考える。なるほど確かに、一理ある。どころか概ね彼の言っていることは正しく思える。


 マリアも上位者に対する印象は彼と一致しているのだから理屈の上では非常に納得できるものではあった……それが達成可能かどうかという最も重要な部分さえ除けば、の話だが。


 その点においてのみ、マリアと魔皇の答えは正反対だ。


「上位者の怒りを買わずとも、かの存在の意図せぬ変化を起こすことにはリスクが付き纏う。あなたはそれを承知のうえで、最悪の形でそのリスクを自らの手で現実のものとしようとしている。私が何よりも許せないのはそのこと。仲間たちが守ったこの世界に満ちる数々の命。それらは決してあなたの道具ではないのですよ」


「お前こそ世界をなんと心得る。神の御許にあるから尊いのか? 違う。俺たちが守った世界だからこそ、これからも永遠に! 守り続けていかなくてはならないんだ! そうでなければ死んでいったあいつらに顔向けなどできんだろう。それがどうだ、今のお前の有り様は。神に、そして管理者に任せたところで世界は緩やかに滅んでいくだけだというのに。いつ人類が切り捨てられる側になるかもしれんというのに、お前はその判断を下す存在へ媚び諂っている! なんたる醜悪、なんたる蒙昧! 人を狩って回る魔族に対する義憤に溢れていた昔のお前はどこへいった!? 神のやっていることはそれ以上だ、全ての命を家畜としてすら見ていないのだからな!」


「魔族の行いも元を辿れば上位者が決め、管理者が唆した故の蛮行。それに気付かず正義に突き動かされていた私たちもまた同様に……ですから管理者へ協力することを決めたのです。上位者が絶対であるなら、その絶対の意思が私たちを切り捨ててしまわぬようにするにはそれ以外に方法はなかった」


「くははははっ!」


 魔皇は声を上げて笑う。心底からおかしなことを聞いたと言わんばかりの表情で彼は首を振った。


「大噓つきめ。お前が管理者に遜ったところでそれが神の意思を左右することなどない。それはお前自身よく解っているんだろう? 百年前に俺の手を取っておけば、もっと別の道も選べたんじゃないかとも考えているはずだ。少なくとも! 癒し手を育て災禍に備えるという姑息以外の何物でもない、そんな手立てしか打てない聖女様の今とは! 何かが大きく変わっていたはずだとな! お前はずっと嘘ばかりじゃないか、マリア!」


「あなたは正直過ぎるのです。過ぎたるは及ばざるが如し、角を立てるようでは美徳も美徳足り得ません。かつてよりそのきらいはありましたが、人の道を外れたことでそれが顕著になったようですね」


「お前のように何も変わらないやつの言葉は軽い。俺はより俺らしくなった。以前の俺より身も心も遥かに強く! 知識と力を得た! 百年教会に籠り切りだったお前には想像だにできんだろうが――勝機は我にあり、と言ったところだ」


「代わりに正気を失ってしまったようですが。……あなたの言うその勝機とやらも、どこまで言葉通りに受け取っていいものか」


「くくっ、なんとでも言え。お前にはわからんさ。……そうとも、わかられて堪るか。迎合を選んだ偽りの聖女め。俺は停滞など選ばん。仲間たちのためにも何があろうと止まらない。世界を守るためと信じ散っていたあいつらのためにも、この世界は俺が守ってみせる!」


「……っ、」


 歯噛みする。魔皇の言葉が嘘偽りなき本心だと伝わってくるだけに、マリアにはとても辛かった。彼の望みは自分の望みに同じ。世界を守りたいという気持ちはどちらも共通しているもの。なのに、魔皇とマリアはこうして対峙している。


 止まらないことを決意した魔皇が抱くものと、止まることを決意したマリアが抱くもの。


 そして互いが相容れぬ、決して譲れぬものもきっと同一なのだ。


「あなたの行いこそが人類の破滅を導くものになりかねないというのに……!」


「そうはならんさ。俺がさせん」


「数え切れぬだけの命を奪っておきながら、どの口が!」


「この口だ、よく見ろ。この俺が言う覚悟だ! 未来を守るにはそれしかないのだ! 今に神は人類を減らすぞ、あまつさえ滅ぼすぞ! そうなる前に俺が減らし、剪定する。太い一本の幹に豊かに育つ枝葉が数本、それを選民として人類こそが世界の管理者となること――これが希望の糸筋となる!」


「何が希望ですか、それではあなたが切り捨てる側になっただけのこと! 今の時代を壊してなお、あなたの思い描く通りの未来が欲しいというのですか!?」


「無論! それこそが唯一の道なれば!」


「なんということを……!」


 百年の間ただそれだけを目指し、極まった思想に辿り着いた魔皇にもはや聞く耳はない。今や他にたった一人、かつてを知る仲間であるマリアの説得すらも彼にとってはなんの価値もないのだろう。


 ――同じく自分の言葉がマリアに届かないことも彼は承知しているに違いない。

 だが、それでも魔皇は聖女へ思いの丈を述べることをやめず。


「何もない場所、と言ったな。どうしてここには何もないのだと思う」


「……?」


「話は変わってないぞ、マリア。大事なことだ。仲間はおろかここまでの経路を通したダンジョンの紅蓮魔鉱石すらも傍に置いていないのはどういうわけか……俺が石の力で何をしようとしているのか、薄々でも察しがついているならそれも読めるはずだ」


「な、――ひょっとして、あなたは既に!?」


「くくくっ、そうだそうともその通り! 俺の計画はな、マリア! お前と決着をつけてから最終段階に移るのではない! もう既に! 熾っているのだ、俺の火は! 世界を嘗め尽くす劫火はな! 今はまだ辛うじて火種と呼べる段階だが、それが燃え盛る前に消せるとすれば……それはお前だけなのだろうなぁ、マリアよ」


「何を言っているのです……!?」


「最後通牒だ、マリア。百年前も、そして俺が魔皇を名乗ってからも。お前は俺の手を取ろうとはしなかったな。だからこれが最後の誘いだ。――俺の下へ来い、マリア!」


「……!」


 魔皇が手を差し出す。この手を取ってくれと懇願する。マリアは目を見開いてそんな彼の姿を見ている。


「頼むマリア、俺にはお前が必要だ。最後の仲間よ、愛しき友よ。お前の力を俺に貸してくれ。お前さえいてくれるなら、真実俺に敗北はない。どんな敵が現れようと打ち倒してみせよう」


「私もまた、選ばれし民ということですか。あなたという神に?」


「勿論だ、まず選ばれるべきはお前を置いて他にいない。教会勢力も貴重な使い手たち。多くを残そう。お前が今ここで俺に協力すると誓うのなら、更に便宜を図ってももいい。価値なき命をいたずらに生かしては今後の邪魔になりかねないが、なに。お前を手に入れられるのならそれも許容の内だからな」


「……そして?」


「そうだな、そして――大望が叶った暁には俺と一緒になれ。魔皇の妃が聖女というのも悪くない。選民たちの戴く新たな王族としてこれ以上に相応しいものもないだろう? 錆びれた血の繋がりしかない王位の御老公方とは違ってな」


「お断りします」


「!」


 なんの含みもなく、ごく平坦に告げられた拒絶の言葉に今度は魔皇が目を見開く番だった。


 彼の伸ばした手は所在なさげに宙を掻き、静かに下げられる。


「……ちっ。やはりお前はいつまで経っても頑固者の馬鹿だ」


「あなたこそ、どこまでいっても我儘な子供ではないですか」


「手を取らねば大勢が死ぬぞ。それこそお前が心から恐れたことじゃあないのか?」


「ならばそうなる前に、今すぐあなたを討つ必要がありますね」


「…………」

「…………」


 ヒリ、と渇いた山頂の空気が一層に張り詰めて。


「「心象偽界――」」


 手の平を上に向けたマリアと下に向けた魔皇の選択は、世界を己が世界へ塗り替えること。


「――『救世光来園きゅうせいこうらいのその』」


「――『常夜神隠法とこよかみかくしのほう』」


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