267.管理者と来訪者
「便利な助っ人キャラクター。ゲームよろしく強ぇ敵や面倒を片付けてくれるような存在が、俺たち来訪者だと。お前はそう言うのか」
「ああそうとも。ぼくの瞳は君たちの異質さを捉えている。ぼくがぼく自身の呪いによってこの世界に紛れ込んだ異物であるように、君たち来訪者もまた異物。だがシステムによって招待された側である君たちは、システムによって保護されている。それがステータスやスキルといった力だ」
「…………」
「わからないかない? そうだね、できるだけ簡単な例で言えば……水中に放り込まれたと仮定してみるといい。そのままでは息ができずに死んでしまうね。放り込んだ下手人はどうすればいいか考えるわけだ。異物も生きられる生簀としたいが入れ物のほうは迂闊に弄れない、ならばそうだ。異物のほうを水中でも呼吸ができるようにしてやればいい。そのための力を与える――これが来訪者へ一律に与えられた保険だ。本来、世界と世界は隔絶している。別世界へ入り込むというのはその過程も含めて非常に危険な行為だ。馴染まないんだよ、存在自体が。それこそ陸上生物が深海の水圧でぺしゃんこになってしまうように、世界との軋轢によって肉体も魂も擦り切れることになる」
「でもゼンタさんも委員長さんも、ぜんぜん平気そうですよ?」
「それがシステムなのさ。彼はゲームと言ったが、まさしくそうだね。プログラミングだよ。水中だろうと呼吸できるよう各々に力を持たせた。職業やレベルを定めることで定着させているんだ。異物は異物でも、存在を許された異物としてね」
……そんじゃあ、何かにつけ来訪者ってのが妙にゲームチックなのは、マジでゲームを参考にしてお助けキャラとして作られたもんだからか?
だとしたら、やれやれだな。
血が流れねーことや身に着けたもんが壊れねーこと。
細かいとこではばい菌がへっちゃらだったり少し水を被るだけで身体中が清潔になること。
全部に何かしら理由があるんだろうと散々考えてきただけに、こんなのが真相だと思うとため息が出そうだぜ。
「来訪者の特性は助かることばかりだけれど、こんなシステムがなければ僕たちは今も変わらず中学三年生として変わらない日々を過ごせていたはずだ。そう思うとやるせないね」
「確かにこの融通を不幸中の幸いと言っていいのかは微妙なとこだな。しかもシステム側ってこたぁ、あれだろ? 『灰の手』たちと一緒で俺らも『灰の者たち』の下についてるようなもんだってことだろ? そこも胸糞悪ぃよな」
「いや、それは違うね」
「なに?」
あっさりとした鼠少女の否定に俺は眉をひそめる。なんか間違ったか?
来訪者ってのは生き物の数を減らすために意図的に起こされる戦禍を、人類の勝利で納めさせるために呼ばれる助太刀キャラなんだよな。
そうなると来訪者は誰も彼もが管理のための駒もいいとこで、そりゃ言っちまうと管理者である『灰の者たち』に利用される立場ってことになるはずだが……。
「『灰の者たち』が来訪者の働きを利用しているのは確かだけどね。だけど君たちは『灰の手』とは決定的に違う。どちらかと言えば、君たちと立場を同じくしているのは『灰の者たち』のほうだよ」
「あぁ? わけわかんねーぞ、どういうこった?」
「つまりだね――」
◇◇◇
「来たか……マリア」
俯いたまま少年はそう呟いた。重みはないがしかし決して軽くはない声音で、何かしらの強い想いを感じさせる口調で。その言葉に応えるのは、聖女マリア。
「あなたはいつでも殺風景な場所で待っているのですね」
「ふ……」
山頂の頂き。はげ山のそこは確かに草木の一本すらもない荒涼たる景色となっている。そんな場所でただ一人、小さな岩に腰を下ろしている自分は如何にも寂しい。マリアの言葉の裏を汲み取った彼はだから、笑った。
「相も変わらず人を下に見るのが得意なようだ」
「かつては同じ目線に立っていたはずですが。残念なことです」
「腐してくれるな。道を違えたのは理念の差。お前がお前の信じる道を行ったように俺もまた俺の道を行った。それだけのことだ」
「それがどれだけ愚かな行為か、語るすべを私は持ち得ません」
「同じ台詞を返そう。否定こそしないが……お前はとても愚かな女だよ」
ゆらり、と少年が立ち上がる。下に向けていた目を上げて、そこで初めて二人は互いの視線を結ばせた。
少年はマリアを見る。
マリアは少年を見る。
変わったものと変わらないものをそこに見つけ合う。
「……こうして顔を合わせるのは百年ぶりか」
「ええ。『灰の者たち』に与することを良しとしなかったあなたは決別を選び、それ以来私たちの道が交わることはなかった」
「そうだったな、あの日が最後。思えば酷い別れ方をしたものだ。最後にはお前も考えを改め、この手を取ってくれるだろうと信じていたんだがな」
「裏切られたのは私のほうですよ。去っていくあなたは私の言葉を聞こうともしなかった。その挙句に、この始末。とても後悔しています。無理矢理にでもあの日、あなたを止めるべきでした」
「殺してでも、か?」
「殺されてでも、です」
「…………」
「…………」
「綺麗になったな。マリア」
「あなたは……変わってしまいましたね。何もかも」
聖女の指摘に少年の笑みは深まった。
そう見えるのならそれは素晴らしいことだ。彼は過去の自分を捨ててここに立っている。あの頃の自分を思わせる残滓など一欠けらも残っているべきではないのだ。
「ふふ……一応は礼を言おうか。よく来てくれたよマリア。正直この誘いに乗るかは五分五分。振られる可能性も十分にあると考えていただけに、こうして何事もなく再会できて安心している。おかしいと思うか?」
「いいえ、それは私も同じですから。罠を覚悟して飛び込んだ。ところがあなたはたった一人、何もない場所で私を待っていた。二人きりであることを喜ばしく思います」
「ふん……お前のそれは俺とは意味合いが違いそうだが」
「同じですよ。私たちはどちらも独りよがりでしょう」
自分を信じてついてきてくれた教会員たち。そして愛娘のユーキ。彼女らを全員置いてきたマリアは、百年前。最後の仲間すらも失ったその日から何も変わっていない自分を自覚している。
結局アンダーテイカーには何も告げずに出ることになったが、最初からその計画だったのど。ゼンタたちの目を盗み引き留められる間もなく経路に飛び込むつもりでいた。紅蓮魔鉱石の所有権は既にユーキへと譲渡済み。まさに着の身着のまま、今の彼女に余計な物は一切付随していない。
聖女マリアではなく一ノ瀬マリアとして。
百年前に自分が守れたものはなんなのか、それを証明するための今日だ。
「善こそが一。お前らしいな、マリア」
「悪こそが全。そう考えるあなたではなかったというのに」
「どうしても我慢ならないんだ。あの戦争が全て茶番だったとすれば死んでいった仲間たちはなんだったんだ?」
「彼らの犠牲を無駄にしないためにも、私たちは共に管理者側につくべきでした」
「それがお前の間違いだ。またいずれ淘汰は行われるぞ。そうなれば今度こそあいつらの死が無駄だったことになる。馬鹿げているだろう、そうするために奴らなんぞに忠誠を誓うだと?」
「管理の手を跳ね除けることはできません。ならばそうする他に方法はなかったはず」
「いいやそうじゃない! 『灰の者たち』に任せておくからこんなことになるんだ。俺が魔皇を継ぐことすら防げていないんだぞ? そんな間の抜けた馬鹿どもにはご退場願う他あるまいよ」
「やはり、あなたは――」
「ああ、そうだ。選ばれし民だけで真なる人類を確立させる以外にはなかろう。俺を筆頭に、限られた選民が世の新たな管理者となる! 用済みとなった『灰の者たち』に代わってな!」
「そんなことが、本当にできるとでも」
「むしろ何故できないと思う? 管理者とはいえ所詮この世界に生きる一個たち。システムによって力を与えられているというだけのこと。それは俺たち来訪者とて同じだ――ならすげ替われない道理もないだろうが。管理者を放ち、来訪者を呼び! まさに世界を天より眺めるあの『神』に! 俺たちの価値を認めさせてやりさえすればいいだけのことだ! それを試さぬ内から無理と諦めてしまうから、マリア! 俺はお前の下を去ったんだ!」
「……っ、」
吠える魔皇の顔は、全身は、激しい怒りに満ちている。
蘇るあの日の苦渋のあまりの鮮烈さに、マリアは幼子が涙を我慢するような面持ちとなった。




