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265.似ているようで決定的に違うもの

「――彼らという呼称が正しいのかどうか、僕にもよくわからない。他の呼び方をまだ教わっていないんだ。ただそういう存在がいる、ということをある人物から聞かされただけに過ぎない」


「ある人物から聞かされた……? 自分で調べて突き止めたんじゃなく、か」


「そうだよ、柴くん。君たちと一緒だ。どうすればいいか、何をすべきなのか。折に触れて的確なアドバイスをくれる者が僕にもいてくれたからこそ、エニシの蛮行を止めるべくユニフェア教団に潜り込むことができたし、それをきっかけに君と再会し、更にはこうして統一政府セントラルの一員にまでなれた。いくらスキルがあったって僕一人の力じゃこうはいかなかっただろう」


「……!」


 迷ったとき行き詰ったとき、どこからか現れてアドバイスをくれる何某。なるほど確かに同じだ。そういう奴には心当たりがあるし、それは俺たちだけに限ったことじゃねえ。


「お前にもいんのか。俺たちんとこやカルラにおけるハナみてーな、まるでこっちのことを導いてるような変わったのが」


「うん。だけど三毒院さんの場合とは少し異なるかな。君たちと僕だけが本当の意味で一緒なんだ」


「?」


 言葉の意味がわからず首を傾げる。そんな俺に構わず、委員長は扉のほうへ顔を向けた。


「と、いうわけだ。君もそろそろ出てきたらどうだ」


「い、委員長?」


「僕の【天眼】もLVが上がっている。今ではステータスだけじゃなく壁の一枚くらいなら見透かせるようになったよ。無条件というわけじゃなく、そこに隠れている者がいる場合に限ってのことだけどね……だから僕には君の姿もよく見えているよ」


「「「!」」」


 それはつまり、扉の向こうに誰かがいるってことだ。しかもそいつは息を潜めてる。なんの意味もなくそんなことをする理由はねえ、確実のこの部屋の会話をこっそりと聞いてたな。


 そしてそんなことをするってのは――。


「裏切り者が仕掛けてきやがったか!」


「いや、それは違う。不法侵入に盗み聞き。裏切り者と同じくらい趣味の悪いことをしているとは思うけれどね」


「なに……? じゃあ誰だってんだ?」


「ぼくさ」


 戦闘体勢を取ったものの委員長の口ぶりにそれを維持したもんかどうか迷い、色々と中途半端になってるところに聞こえてきた臆面もなく名乗るその声。


「やあ、久しぶりだね君たち。また会えて嬉しいよ」


「「ね――鼠少女さん!?」」

「……、」


 いつものように帽子をくいと傾けて挨拶する少女。その急な出現に俺もサラもおったまげる。メモリだけは特にリアクションもなく、ネクロノミコンをすっと持ち上げるだけだったが。


「おっと、物騒だね。怪しむのも当然だがぼくは君たちの敵じゃあない……それは下げてくれないかな? 今だって出るタイミングを窺っていただけなんだ。こちらに交戦の意思はないよ」


「メモリさん、大丈夫だ。この子が僕らに害をなすことはない。それは約束するよ」


「……そう」


 両手を上げながらも余裕の笑みを崩さない鼠少女に厳しい目付きを向けたままではあるが、委員長からそう言われてメモリも警戒ラインを引き下げたようだ。


 俺とサラなんか驚いたせいで気が抜けてたからな。メモリのこういうとこ見習わんといかんぜ。


「おいおい、委員長。一緒ってのはそういう意味か? お前に助言をくれてたのもこの鼠っ子だったってのかよ」


「そうとも、ぼくは彼とこれまで何度も会ってきた。回数で言えば君たちよりも多いね。というのも彼のすることは君たち以上に危険で、卓越したバランス感覚を要求されるものだったからね。ぼくもそれに協力していたのさ」


 そう鼠少女が答えた。


 俺ぁ委員長に聞いたんだが……まあいい。こんだけぺらぺら話すってこたぁ変に誤魔化す気もねえようなんで、ここは思い切って聞いてみるとしよう。

 以前は「まだ気にしなくていい」とこいつは言ったが、つーことは今こそが気にすべきときなんだろうからな。


 次に何すりゃいいのかわかんなくなったとき、それを親切に教えてくれるNPCみたいなこの鼠少女の正体ってやつをな。


「よお、鼠っ子。お前はいったいなんなんだ? 俺らと委員長を操って何をしようとしてやがる」


「ふむ、ぼくがいったいなんなのか、か。難しい質問だね。哲学的な問いでもある。何を為し何処へ行くのか。生きとし生ける者の普遍的な命題だ」


「……」


「ふふっ、そう睨まないでくれ。煙に巻こうとしているんじゃあない、君の問いはまさにぼくのレゾンデートル。存在の理由というのを深く問い質す類いのものだからだ。ならそうだね、まずはぼくが何処から来たのかを教えようか」


「ネズミの国じゃねーのか」


「なんだか不思議と怖い響きのする言葉だね。だけど違うよ、国じゃない。ぼくはこことは違う世界からやってきた。君たちとは別のシステムでね」


「は……?」


 別のシステム、だと。んだそれは。


 そもそも俺たちがどういう理屈でこの異世界につれてこられたのかもわからねえってのに、そこにもっと別の仕組みまで加わるってのか?


「えーっと、つまり……鼠さんはゼンタさんや委員長さんのような、『来訪者』と呼ばれる人たちとは別物ってことですか?」


「別物か……うん、いい言葉だ。それは似ているようで決定的に違うものにしか使われない。異世界人でありながらまったく異なるぼくと来訪者を表すにこれ以上の言い方は見つからないね」


「マジか?  参ったぜ、聞きてえことがどんどん増えてくじゃねえかよ」


 どうやって世界を渡ってきたのか。来訪者のシステムってのにも詳しいのか。そして俺たちを元の世界へ渡らせることもできるのか――すぐにでも確かめたいことが山ほど出てきたぞ。


 どこを調べても誰に聞いてもなしのつぶてだったってのに、まさかこんなところから手掛かりが転がり出てくるとはな。


 灯台下暗し、というには鼠少女はちと離れすぎてた気もするが、こんなことならもっと早くに問い詰めとくべきだったか。


 ……なんていう俺の思考が顔に出ちまってたのか、鼠少女はやれやれといった具合に肩をすくめた。


「心苦しいが君の期待の大半には添えないよ。ぼくの力で来訪者をどうこうすることはできない。そう使い勝手のいい力ではないんだ……だってこれは、一種の呪いのようなものだからね」


「呪い……闇魔法の系統によくあるやつか?」


「いや、そういうのとはまた別だ。魔法による呪いじゃない。ぼく自身の生まれに関わることだよ。だがそれについて詳しく話せというのは勘弁してくれたまえ、たとえ語って聞かせたところで互いになんの利もないからね」


「ああ? それじゃお前が結局なんなのかわからずじまいじゃねーか」


「ぼくなんてものは世界を旅するしがないネズミさ。あちらをふらふらこちらをふらふら、どれだけを歩いてきたのか、どれだけの時間が経ったのか自分にもわからない。それほど長い旅をしてきて、いくつもの世界を見てきたよ」


「……! いくつもの、ってこたぁ。俺たちの世界とこの世界と、それ以外にも世界が何個もあるってことか……?」


「ああ、あるとも。何個どころじゃあない、何十個でも何百個でも足りない。何千、何万、何億、あるいはそれ以上! 世界というのは数え切れないだけ無数にあるんだよ。その果てなき数に比べればぼくが見てきた世界もごくごく少数さ。無論、たった一度壁を越えただけの君たちではそんなことを言われたって理解しがたいだろうがね」


「……本当に何者なんだ。その言い方からしてお前は自力で世界の壁とやらを越えられるようじゃねえか? なんでそんなことができるのか、そんなことして何になるのか。お前はまだその問いに答えてねえぞ」


「ぼくは『傍観者』だ」


「――あ?」


「『観測者』や『記す者』とも。『凶兆』と呼ばれたこともある。それがぼくを知る者たちがこれまでにつけてきた呼び名だ」


「…………」


「そうだ、洒落たものだと『遠来の小人』なんてものもあったかな。表現は様々だがそこに込められた意味は正確にぼくを捉えていると言える。遠くから来て、見ている者。つまりは余所者だね。ぼくはこれまでにたくさんの世界を観測してきたし……その中にはもう滅んでしまった世界も多々ある。ちょうどこの世界がそうなりかけているのと同じように、ね」


 鼠少女はそう言って笑う。

 それはいつもの気障ったらしいもんじゃあなく、どこか気の抜けるような渇いた笑い方だった。


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