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261.もういませんよ

「ってなわけで、マリアさん。魔皇軍との決戦が始まる前にちょっくらダチんとこ顔出してくるぜ。俺たちゃ留守にしちまうけどうちのことなら好きに使ってくれていいんで」


「お気遣いありがとうございます。柴様も道中お気をつけて」


「うっす」


 統一政府セントラルにアポを取って二日後。向こうの指定した時間に間に合うようポレロを発つつもりでいる俺たちは、そのためにこうして朝早くから出かけようとしているところだ。


 律義に見送ってくれるのは毎朝早起きのヤチと、不在中を任せたアップル。それからイチノセ親子たちだった。まだ陽も昇りきらねえうちだってのによくやるよな、嬉しいけどよ。


「ユーキもまたな。すぐ戻ってくるぜ」


「はい! ユーキ、待ってます」


 素直に頷くユーキは、しかしいつもよりちょっとだけ元気がない。今が子供にはつらい時間帯だってこともあるんだろうが、それよりもやっぱマリアのことだろうな。


 あの日、修行のあと。母親と二人だけで長いこと部屋に籠ったユーキは、それからずっとこの調子だ。


 表面上は笑顔を見せるがどこかに陰りが隠せねえのは……もうすぐ母と離れ離れになることを知ったから。そしてそれが未来永劫の別れになるかもしれねえってのを理解したうえで、受け入れまでしたからだ。


 大したもんだぜ。

 幼いくせして立派過ぎる精神力だ。


 だからこそ俺ぁ、今のユーキを見て立派だなんて褒めてやる気にゃなれねえんだがな。


 ……ユーキのためにもなんとかマリアを引き留めてえところだが、いくら言ったってこの人が意思を曲げることはないだろう。少なくとも人の意見じゃダメだ。まずマリア自身の気が変わる必要がある。


 そのためには状況が変わらなくっちゃならねえが、それ即ち支配計画の大詰めを進めているであろう魔皇の気を変える必要があるってことで……ま、要するにどー考えても無理ってこったな。


 つってもマリアが魔皇に挑むまではまだ時間がある。

 行くときは行くと事前に知らせてくれってちゃんと頼んどいたし、マリアはそれを了承してくれた。


 ここで何も言わねえってこたぁ、俺たちが用事を済ませてセントラルシティから戻ってくるまでは待っててくれるつもりなんだろう。


 そうじゃなきゃユーキとの思い出作りもいくらなんでも短すぎるってもんだしな。


「ヤチ、なんかあったらすぐにスキルで知らせろよ。非常事態にゃアップルとテッカを中心に対処しろ。隣のパインさんにも必ず助けを求めるんだぞ」


「う、うん……」


 いつ魔皇軍が動き出してもおかしくねえと知ってるだけにヤチもおっかなびっくりだ。それでもやるときはやる女ヤチ。肝はしっかりと据わってるようだった。


「ちょっと怖いけど、私たちは大丈夫だよ。もしものときのことはみんなで話し合って決めたもん。それよりも……ゼンタくんたちこそ気を付けて。魔皇軍の幹部、インガって人はゼンタくんのことを狙ってるんでしょう?」


「絶対ではねえが、十中八九な。奴は俺との決着をつけにくるだろうぜ。前回やったときは俺の敗走で終わったが、仕留めきれてねえってことであいつにとっても心残りはあるはずだからな」


 あるいは奴にあるのが単なる心残りとは別のもんであったとしても、ダンジョン内での言動――サラたちと戦り合っておきながら見逃したこと。

 そしてそのとき宣ったというセリフからして、あの小鬼は確かな執着を俺へ示してる。


 魔皇の一声次第じゃ定かではねえが、そうでもなければ奴は来る。


 俺はひしひしとその予感を感じているんだ。


「魔族ってのは得てして気に入った相手には一途らしい。良くも悪くも欲や願いへの正直さは人間より上だ。それにそのインガって奴は腹芸なんか知らなそうだし、来ると言ったなら来るだろうね」


「まー直接言われたわけじゃねんだが……にしてもアップル、魔族に詳しいんだな? 物知りのサラだって魔族に関しちゃ『昔にいた怖い種族』ってことしか知らねえのに」


 魔族がまだ普通にいたころってのは、それこそ先代魔皇軍との戦争が起こってた百年以上前。マリアが来訪者としてこの世界にやってきた時期が最後だ。


 その戦争に敗れた魔族は先代魔皇共々滅び、今ではどの種も現存していない――はずだったのが、ここ数年でその常識が覆った。滅びたはずの魔族が少数といえど集い、新たな魔皇を頂きとしてまさかの新生魔皇軍を結成。そんでもって好き放題しまくった挙句にこの現状がある。


 御伽噺の怖い怪物程度に言い伝えられていた魔族が身に迫る本物の脅威となって以降は、以前よりも正しい知識ってもんが人々に広まっているだろうが……そこに実感が伴っているかっていうとそうでもねー。


 魔皇軍のせいで大勢が死んじゃいるが、それでも被害に合ってない人間のほうが遥かに多いんだからな。


 だからこのポレロを見ても住民らの魔族への関心ってのは、例えるならそれこそ地震だとか台風だとかの災害を警戒するような感覚でしかないように思える。


 そんなんじゃあ、生きてる敵。確かな悪意を持って襲ってくる人間じゃない存在への実感なんて湧きようがねえ。


 ところがアップルはそうじゃない。今の口振りにはどう考えても、その他大勢には欠けてる確かな実感らしいもんがこもっていたぞ。


「……遥か昔とはいえ生き証人だっているんだ。魔族に興味を持って調べるような酔狂なのだっていないことはないさ」


「お前がそうだってのか」


「私ってよりもパインかな。きっと魔皇軍以外にだって魔族の生き残りはいるんだろうけど、私は会ったことないしな……吸血鬼を魔族に含めていいんなら話は別だけど」


 ほー、パインが。まあ三十年ぐらい前に冒険者デビューしたっていうあの人のことだから、そらぁ現代の冒険者とかよりも魔族に関する知識があってもおかしくない、か? 

 なんと言っても三十年ぶんだけ、まだ魔族がいた時代に近かったってことだもんな。


 だがそんなパインや、彼と同期のトードでも吸血鬼が魔族かどうかってのは悩みどころなんだな。

 と、考えたのをまるで見抜いたみてーに件の時代の生き証人であるマリアが口を開いた。


「私の時代では吸血鬼は魔族と区別されていましたよ。蝙蝠種の獣人が突然変異によって特殊な力を持ち、生き残った末裔が俗に言う吸血鬼です。その力や血を好む性質から他の獣人から忌避され、しばしば魔族と同一視もされていましたが……」


「えっ、元は普通の獣人だったんですか? テッカさんとかみてーな?」


「いいえ、柴様。あなたが日々目にしている獣人とは正確には『半獣人』。その血を受け継いでいる者たちです。純血の獣人種とは、半獣人よりも一層獣らしい外観と生活様式を持っているものです。私が知っている者らは人語もまず解さないほどでした」


「へ、へえ……? でも、そういう連中はみたことねーっすけどね。どっか山奥にでも住んでんすか?」


 俺が着ぐるみ型と勝手に呼んでるテッカとかカロリーナみてーな全身ずんぐりタイプとか、顔付きや手足だけが獣らしいブルッケンとかのパーツタイプとか、尻尾や髭、耳だけが生えてあとは普通の人間と変わらねえなんちゃってタイプとか。


 俺の覚えがあるのはそこらへんで、もちろん全員ちゃんと人らしい生活を送ってる。


 見た目だけならテッカとかが最も獣らしいし(猫にしちゃデカすぎるが)、態度で言えばブルッケンあたりが最も獣らしい闘争本能を見せてたように思う。


 だがマリアが言ってるのはもはやそういう段階じゃなく、辛うじて人らしい形を持ったマジモンの獣のことを指しているようだ。


 こんだけこっちの世界にいてもまだお目にかかれてねえってこたぁ、秘密の地下王国で暮らしてたヨルよろしくどっか人里離れた秘境にでも純血の獣人たちの集落なんかがあるのだろうか……と思えば。


「もういませんよ」


「は……?」


「私が来たばかりの頃ですら生き残りは僅かでした。そんな彼らも先代魔皇軍が起こした戦禍に呑まれ、消えていってしまった。純血種は途絶え、獣人の血は以降薄まり続けるばかり。いずれは『獣人』という概念すらも消え去ることでしょう」


「……、」


「『魔族』もそうなるはずだったのです。そうなりかけていたのを、今の魔皇が食い止めた。有望な魔族を自ら集め、部下にし、蛮行を重ね、結果人々は再び魔族の存在を思い出しましたが――しかし。きっと魔皇の望みはそこにはない。このままいけば此度の戦争で魔族は今度こそ滅びるのですから」


「……!」


 確かにそうだ。魔皇軍だ魔族だと言っても奴らは所詮グループ。新参の魔下三将を含めたって一個の冒険者パーティレベルの人数しかいない。


 しかもそれを率いる魔皇様は来訪者とはいえただの人間であり、先代魔皇軍を打倒した立役者の一人ときている。


 かつて魔族を全滅間際まで追い詰めた側の野郎に唯々諾々と従って、散っていく。今度こそ確実な滅びが待つ道へ進む。……これは変なんてもんじゃねえ、奇妙奇天烈と言っていいぜ。


 エニシの散り様。そしてシガラの死に際の言葉を思い出す。


 あいつらは死そのものはまったく恐れちゃいなかった――それぞれに何か、使命のようなものがあることを感じさせながら死んでいった。

 これに関しちゃ前から俺も違和感として覚えていた。


 この違和感が単なる気のせいなんかじゃなく、至極正しいものだとしたら。


 己の死すら厭わねえ魔族どもの願いってのは……いったいなんだってんだ?


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