26.サクッとぶっ殺した
『選択可能:【ゾンビドッグ】
【ボーンヴァルチャー】』
これは【召喚】で呼び出せる仲間の一覧だ。
ボチの急成長に戸惑って咄嗟に開いたが、項目はゾンビドッグのままだ。何も変わっていないが、一応説明を見てみる。
『変態可能:【ゾンビドッグ】→【ゾンビウルフ】』
変態! これはアレだよな、悪い意味での変態じゃなく、虫とかのガラッと姿が変わるほうの変態を指してんだよな?
犬が変態ってどういうことだよ、とは思ったが……ボチはただの犬じゃなくてゾンビドッグだからな。って、普通に考えるとゾンビのほうがますます変態のしようがねえだろ。だって死んでんだもん。
『【ゾンビウルフ】:死してなお気高く荒野を駆ける孤高の獣。ゾンビウルフが群れるのは、それだけの強敵を打ち倒さねばならない時だ』
ゾンビドッグの説明と比べると、こっちはだいぶカッコいい感じだな。
だけど幼体とはいえ、あの蠍を単身で圧倒した戦いぶりからすると納得の説明文だと言える。
あれはマジで最高にカッコよかったからな!
「よくやったボチ! 来い、俺にお前を褒めさせろ!」
「バウ!」
「よーしよしよしよし」
傍まで来たボチを撫でまわす。ダルブヨだった肉がかなりマッシブになってるな。だが毛並みの質は変わらず柔らかい。触ってて気持ちのいい肌触りは健在だ。
成長してもやっぱりボチはボチだな、と妙な安心感に包まれていると、サラが焦った声を出して俺を現実に引き戻した。
「ゼンタさん、そんな風にゆっくりしてる暇はないですよ!」
「げ、そうだった」
サラが指差すほうを見れば、苦心していた三匹目がとうとう穴に這入ってきたところだった。しかも、その後ろからは最初に倒したのと同程度のサイズの蠍が四、五匹まとめて続こうとしている。
これはやべえ!
ボチのパワーアップもあるし、一匹ずつなら危なげなく対処できそうだが、こんな数がぞろぞろと投入されちゃジリ貧だ。
乱戦にでもなったらボチはともかく、俺とサラはあっさり沈みかねん……!
「撤退撤退! 奥に逃げるぞ!」
「わ、わかりました!」
「バウッ」
不自然にくり貫かれたこの崖下の横穴。その奥がどうなっているのかわからないのは不安だが、とにかく蠍どもに蹂躙されちまう前に下がらねえと!
ゴゴゥ、と岸壁に反響する音が俺たちの後ろから聞こえる。逃げた俺たちを蠍の群れが追いかけてきているんだ!
「振り向かずに走れよ!」
「はい! ……あ!? 先のほうに何か、灯りみたいなのが見えませんか?!」
「ホントだ! まさか、マジでこの奥には誰かがいんのか!?」
谷底の暗さに目も慣れてきたところではあるが、さすがになんの光源もないと洒落にならないなと思い始めてたところだったんで、奥から漏れる光にはかなり救われたが……なんだかスッキリしない。
もし本当にこの先に誰かがいるなら。
ドラゴンの死体で隠された横穴の奥地で、そいつはいったいを何をしてるってんだ――。
「お、追いつかれちゃいますよゼンタさん……っ、後ろ髪に鼻息が来てる気がしますー!」
「ちぃ! だったら【活性】だ!」
「きゃっ!?」
考え事をしてる内に蠍の俊足に距離を縮められていたらしい。ぶんぶんとハサミを振って走っている物音もすぐ背後からする。なので俺は身体強化を施しながらサラを担いだ。お姫様抱っこの体勢だ。
「ボチ、行くぞ!」
「バウル!」
ぐんと加速。サラを持った状態でも断然スピードが上がった。その速度にボチは余裕でついてくるが、後ろの蠍たちはまた引き離せた。
だけどそれで諦める奴らではない。少し距離を稼いだ程度じゃ逃げ切れるはずもねえ……どうすりゃいい? 【活性】が切れたあとに何か取れる手はねえのか!
妙案も浮かばないままに走り続けていると、フルで発動させた【活性】も効果時間を過ぎた。
がくん、と急にくる脱力感に俺は足を取られ転んじまう。
サラはどうにか持ち上げたが、反面俺はおもっきし地面に顔をぶつけた。
「ぶげっ」
「ゼンタさん!」
「ババウ!」
早く起きろと言いたいんだろう。んなこたぁ言われんでもわかってる。
と、俺が返す間もなく背中に届く足音。
それはもはや聞き飽きたくらいの、蠍たちが響かせる騒音だ。
――やられる。
そう思った瞬間だった。
「騒がしいなあ」
そんな声とともにズドン、と何かが撃ち出されて。
サラの真横、そして俺の体の上を過ぎていった。
急いで起き上がって後ろの蠍たちを確かめれば。
「な……!」
三匹目の蠍の上半身が、なくなっている。
そしてその後ろにいた複数の蠍たちも一様に頭部を失っていた。
これは、直線状に何かが通り過ぎていった痕だ。それも硬い蠍をあっさりとまとめて屠れるだけの威力を伴った、何かが。
「うるさいくせに弱っちぃとは、生きてる価値なしだね」
蠍をやった張本人。
灯りの用意された横穴の最奥、その広々とした空間でそいつは、支配者のように仁王立ちしてこちらを見ていた。
「突っ立ってないでおいでよ。せっかくここまで来たんだから」
灰色の髪に、赤褐色の肌。
上背は小さく、人懐っこく笑う少女。
一見するとこの世界なら何も珍しくない、ただの子供って感じだが。
――わかっちまう。
こいつは、やべえ奴だってことが。
「ほら、見てくれよ。もうすぐ産まれるんだ」
言われた通りにそいつの下へ近づいていった俺たちは、だけど用心のために一定以上離れた位置で足を止めた。それにふっと笑ったそいつは、天上の壁の隅の一角にくっついている繭みたいなものを指してそう言った。
「隠れるにゃいい場所だと思ったんだがね。こいつが産まれるまで誰にも見つかりっこないだろうってさ。だけど考えが甘かったかな。こうしてとうとうあんたたちが探り当てた」
「「……?」」
話が見えてこず、俺とサラの頭には疑問符が浮かんでいる。
だが俺たちの戸惑いなんてお構いなしにそいつは喋り続けた。
「そもそも私に任されるような仕事じゃないんだよなー。新しい部下を見繕うなんてさ。まあそれでも、あいつよりはマシにできるってんでハブられはしなかったけどさ。でも人間に見つかるようじゃダメダメだな。また嫌味を言われちゃうよ」
肩を竦めて、首を振って。一方的に喋るそいつが、今度は俺たちへと問いかけてくる。
「それで、あんたらはどうやって見つけたんだい? こんなとこに滅多に人は来ないはずだし、鬱陶しい魔物避けに蓋だってしていたのに、よくここがわかったもんだね」
……蓋、だと?
眉を顰める俺の横で、未だに困惑が大きい様子のサラがなし崩しで返事をした。
「見つけたと言いますか、たまたま見つかったと言いますか……」
「なんだ、運に助けられたってわけね。そのぶん私は不運だなぁ」
嘆く様子を見せたが、そいつはぼりぼりと頭を掻きながら「まーいっか」とすぐにも気を取り直して。
「ご明察の通り、私はこうして新たな仲間を増やそうとしているところさ。他の二人よりはだいぶ雑なやり方だってのは認めるよ。仲間選びも、隠れ方もね。だけど丁度良さげなのがいたら誰だって『もうこれでいいか』ってなるだろ?」
「良さげなの……?」
「そう。表にあったドラゴンをどかして来たんだろ? アレね、コレの旦那」
「……!?」
再度上に張り付いた繭を示しながら。
「と言ってももう作り替わっているから、あのドラゴンとこいつはなんの関係もないけどね。あくまで体を素材にしただけだしさ。だからどうしようもないってのに、あのドラゴン、私をしつこく追いかけてきてさぁ。嫁さんが攫われたらそらぁ怒るだろうけど、こっちからしたらそんなの知ったこっちゃないからね。最初は相手にせずコレを運ぶことに集中して、ちゃんと振り切ったはずだったんだけど……さすがはドラゴンだね。私とコレを感覚だけで追って、ここを見つけ出したんだよ」
――ま、サクッとぶっ殺したけどね。
にっかりとした、いい笑顔でそいつは俺たちにそう告げた。