259.『宿屋の娘』アップル
特色らしい特色を持たない『勇者』はその代わりに本人の資質ってもんが何よりも反映される。確かにこいつは特別な職業って感じがするよな。
他の職業同士でもスキル被りはするようだが(【武装】なんかがいい例だ)、ブレイバーだと特にそれが多く、しかもそれぞれの良いとこどりに近い被り方をする。
そんでブレイバーである当人だけの実質オリジナルスキルはとんでもなく強力で扱いも別に難しくない、という羨ましいどころじゃねえ特典もある。
どの職業にだって各々の強味ってのはあるはずだが、ブレイバーってのはまさに選ばれし者に相応しい強クラスってところか。
マリアはその力で世界を恐怖のどん底に陥れた先代魔皇を破り、多くの人々を救ってみせた。そして今代における彼女の役目を引き継ぐのが娘である二代目勇者ユーキ――の、はずだったが。
新しく、それも大量にやってきた来訪者。つまり俺たちのせいで事態は急転した。そのあおりを受けて統一政府も大々的に魔皇軍の存在を世間へ明かし、その打倒に向けて施策を取ることになった。
それでどうなったかはもう言うまでもねえな……魔皇に対して戦力で水を開ける作戦は大失敗。
逆にこちらの戦力を大きく失った挙句、手に入れるはずだった紅蓮魔鉱石すらも奪われ、魔皇軍の大幅リードを許しちまった。
奪われた石に強大な力が宿っていることは誰よりもマリアと魔皇こそがよく知っている。何せ先代魔皇軍との戦争において八面六臂の活躍を見せ、人間側の勝利に大きく貢献したのがその石なんだからな。
だからこそマリアは安易に石へ手を出すことを危惧していたし、魔皇は遥か以前から用意周到に奪取の機会を窺っていた。
逢魔四天という幹部の一角を失ったことを気にするでもなく紅蓮魔鉱石を持って帰った魔皇軍。それを使って魔皇が何をしようとしているのかまでは不明でも局面の最終段階、そのすぐ手前にまできてしまったことをマリアは理解した。
とくれば、もはや彼女に次代勇者がすくすくと育つのを見守る余裕はねえ。それどころかマリア以上に紅蓮魔鉱石を操る術に長けている魔皇のこと、悠長にしていては全てが詰みとなりかねん。
故にマリアは託せるだけを託し、せめて魔皇だけでも……かつての己の仲間だけでもその手で討ち滅ぼす道を選ばざるを得なくなったってことだ。
ステータスを確認し、マリアのそれに比べて弱っちい俺とユーキの今を見て彼女がどう思ったかは知らねーが。
とにかく偽界を解いたマリアは、二人きりで話したいと言ってユーキを連れてった。今頃はヤチにでもどっかの部屋を貸してもらって、親子水入らずで大切な話をしてるんだろうよ。
ユーキだって、たぶん。こんな田舎街にまで連れてこられて、ついこの前初めて顔を合わせて以来の俺なんかと共闘させられて、しかもそれが母親との初の真剣勝負で……なんてそんな変わったことが連続して起これば、あの勘の良さだ。薄々はマリアの真意にだって気付いていたことだろう。
だが改めてマリアの口から危険な戦いに身を投じることら、
そしてそれに誰一人として共をつけないつもりだと告げられちゃあ、娘としちゃさすがにショックを受けるよな。
マリアの無事を憂うのともうひとつ、戦力外通告にもだ。
捨てられたとまでは言わずとも置いてかれたって気分にはどうしてもなっちまうだろう。
特にマリアはもう教会にすら戻るつもりはなく、すぐにも魔皇の下へ足を運ぶ気でいるようだからな。
とはいえそれは何も本当に今すぐってわけじゃあない。ユーキに打ち明けて即出発、なんてことはいくらなんでもあんまりだからな。数日はここで親子で逗留すると俺は聞かされてる。
それはユーキがギルド『アンダーテイカー』に馴染むまでを見守るってことでもあるし……ひょっとしたらこれっきり最後になるかもしれねえ、母と娘の思い出作りの時間でもあるんだ。
俺ぁもちろんそれを快く承諾したし、なんだったらいつもとは違う環境で過ごすうちにマリアの気が変わってくれたらいいなんて思ってもいるんだが、そうはならねーんだろうなぁ。マリアの決意は固い。そして本心はどうあれ、ユーキはその決意を受け入れ潔く見送っちまうだろう。あの二人はそういう親子だと俺にはもうわかってる。
マリアは遠からず魔皇との決着をつけにいく。
それはきっともう変えられねえ未来だ……けれどだからって、それまでの間を単に二人の思い出作り、その手助けのみに努めるなんてこたぁあり得ねえ。
今後ユーキを任される立場として。そしてマリアが勝っても負けてもおそらくは開かれるだろう魔皇軍との戦端、その最前線に立つ一人として。
やらなくちゃいけねえことは他にもあんだからな。
◇◇◇
「――ってわけなんだ」
「えぇ……すっごい大事なことを軽く話しますねゼンタさん」
「…………」
マリアとユーキが水入らずをしてる間に、俺も今まで口にチャックしてきた事実を一通り説明しとくことにした。
まだスパイがどっかに何人もいるかも、ってのはサラもメモリも存じていることだがそれ以外。
カルラの気になる言動。魔皇の正体にその目的。マリアがそれをどう阻止するつもりでいるのか。今日からユーキもギルドメンバーになるってことも踏まえて隠し事を全部一気に伝えると、ちょいと白い目でサラに見られちまった。
表情こそぴくりともしてねーが、メモリの目付きも若干冷ややかな気がするぜ。
「黙ってたことは謝る。そしてこんな急に何もかも打ち明けることになっちまったのも謝る。だけどしょーがねえ部分もあるだろ? 大半は俺の事情じゃなくてマリアとユーキの事情なんだ。双子から聞かされたことはともかく、魔皇の正体が実は聖女様の昔の仲間で魔族じゃなく人間なうえに来訪者で、その望みはバリバリの世界征服だ! ……なんてことをいくらお前たちにでも俺の口から言えっか?」
「それはそうかもですけどー。パーティなのに除け者にされた感があって私たちは大変傷付きましたよ。そのことだけは忘れないでくださいね」
「…………」
「ほら、メモリちゃんもそうだそうだと言ってますよ」
「勝手に代弁すんなっての。メモリがそんなお前みてーなことを……あ、思ってる? なんならサラよりも怒ってる? そうかそうか……すんませんした!」
「あのさぁ、ちょっと。私のことは?」
思いのほか顰蹙を買っちまった俺がそらーもう深々と謝罪をしてるとそんな呆れと困惑の混じった呼びかけがあった。
この幼さの残る割にハスキーなボイスはこっちの世界に来て以降よく聞いてきたもんなんで、馴染み深いものになってるぜ。
「おっとすまんアップル。お前にも謝っとくぜ、このとーりだ」
「いや謝ってほしいんじゃなくってさ……元祖メンバーでもあるサラとメモリは当然として、なんで私までこの場に呼ばれたのかってことを聞いてんの。いくらギルメンとはいえ私の本職は『宿屋の娘』だよ? 今のはとてもそんな奴に話すような内容じゃなかったよ」
「あー、確かにお前にとっちゃとんだサプライズだよな」
「それもとびきりタチの悪いね」
なんだったら何も聞かなかったことにして部屋から出てもいいけど、なんてことを言って本当に腰を浮かせるアップルを俺は引き留めた。
「ちょい待ち。何も俺ぁ、メモリよりも古い知り合いだからってお前まで初期からのパーティだったと勘違いして呼んだわけじゃあねえんだぜ」
「もしそうだったら街医者かシスターにでも頭を診てもらったほうがいいもんね」
「ん、呼びましたか? ――何を隠そうこの度私、晴れてシスターとなったんですよアップルちゃん! まあどこにも所属のない門外シスターなんですけど、それも私だけの肩書きだと思えばオンリーワン感があっていいですよね!」
「その話はもう何度も聞いたって」
「……サラ。悪いけれど、少し黙っていてほしい」
「えっ……ご、ごめんなさい二人とも」
「それで? 私をこの場に参加させたことにちゃんと訳があるってんなら、言ってみなよ」
年下の少女二人にぴしゃりと言われてしょげてるサラが哀れなんだが……構ってもいいことはなさそうだ、俺も無視しよう。
「単純な話だぜ。このギルド内でサラとメモリの次に誰が信用できるのか。そういう風に考えてみたときの第一候補が……アップル。お前だったってことさ」
「……ふぅん?」
口の端を少しだけ曲げる、例のニヒルな笑みを作ってアップルは俺を見つめた。




