252.総力戦
こうなりゃ総力戦だ。
もう手札の切り方なんて贅沢な悩みとはおさらばしよう。
出せるだけを出す。
呼び出せるだけを呼び出す!
「来い、ボチ! ドラッゾ!」
「わうん!」
「グラァウ!」
「これは……!」
威勢よく現れたゾンビドッグとドラゴンゾンビに感嘆するユーキ。
初めは巨体のドラッゾに目を奪われてたようだが、すぐにその視線は足元でちょこんと座っているボチへと移って。
「か、かわいい……!」
と頬を赤らめた。
お、なんだユーキのやつ。この反応からすっと無類の犬好きか? 猫派の俺とは反対だな。
まあ俺は猫好きってより勝手に恩義を感じてるだけなんだが……犬だって嫌いじゃねーしよ。だからユーキの反対ってんなら無類の犬嫌いのサラのほうだな。
あいつ曰く「死ぬほど苦手なだけで嫌いではない」らしいが、何も変わらねーと思うんだ。
「なんてつぶらな瞳をしてるんですかこのわんちゃん……もしかして、私に飼ってほしいと言っているの?」
「わう?」
言ってない言ってない。「この人誰?」って顔だからなそれ。
戦闘中だってことも忘れて熱心にボチを見つめているところ悪いが、いつまでも堪能させてやるこたぁできねえ。
ボチはこれからボチであってボチじゃないモンスターに変身――否、変態するんだからな。
「ボチ、『変態』・『分裂』・『合体』だ! ドラッゾも『変身』でモードチェンジ、竜人形態! そんでどっちにも【死活】発動ぉ!」
カッ、と一瞬だけ光った両者の体。それが止んだときにはボチはデカくなって、ドラッゾは逆に縮んでいた。
ボチベロスことケルベロス状態のボチ!
竜人モードこと人型に圧縮されたドラッゾ!
この変わり様にゃあキョロやモルグの変態を見たとき以上にユーキも目を丸くさせていた!
「わ、わんちゃんがわんちゃんじゃなくなった……これはこれでありです!」
「ありなんかい」
「飼いたいです。是非とも譲ってくださいオレゼンタさん。必ず幸せにしますので」
「何を気持ちいいくらい直球に頼んでんだ」
つーか変化そのものへのリアクションじゃなくて、あくまでペットとして飼ったときの想定をしてのリアクションだったんかい。
つくづくサラとは反対だな……あいつはケルベロス状態のボチと離れてても目を合わせたり鳴き声を聞くだけで震えあがってたってのに。
男の俺でも今のボチはかなり厳ついと感じるくらいなんだが、女子でも犬が苦手かどうかでここまで対応が変わるんだなぁ。
「グラウ……」
あ、なんの反応も貰えなかったドラッゾが肩を落としてる。
そうだよな、一応は犬の枠組みにいるボチよりも竜から人になったこいつこそが一番の変貌を遂げてるはずなのに、ユーキはボチにばかり夢中。「自分って必要ですか?」という哀愁たっぷりの背中になってもしょうがねえ。
「ドラッゾさんもボチさんも。とても頼りになる召喚獣なのでしょうね」
「「……!」」
ドラッゾに気を使ったわけじゃねえだろうが、どちらも名指しで褒めるマリア。
とっくに会話のできる距離まで近づかれてたってことに今更気付いた俺たちは、慌てて一斉に身構えた。
「……確かにこいつらは俺の頼れる仲間だがよ。マリアさんはその戦いぶりなんざ知らねーってのに、どうしてそう思ったんだ?」
「彼らを召喚した柴様の表情です。些細な変化ですが、それは信頼の表れ。彼らとの間に強固な関係性があることの証左と言えましょう」
「…………」
こいつはますます恐れ入ったぜ。
そんな顔に出してるつもりはなかったんだが……てか実際、言うほど俺の表情に変化なんてねーだろうよ。
マリアが些細と称したからにはマリア以外にゃ気付けっこねえくらいの、本当に微かな違いでしかなかったはず。
それを当然のように見抜いてくっからまあ、恐ろしいったら。
「言ってることは合ってるがな、マリアさん。こいつらの評価は戦ってから改めてつけてくれや。俺の反応からの推測じゃあなく、あんたの直の評価をな」
「ええ、そうさせていただきましょう。ですがその前に……ユーキ!」
「は、はい!」
急に厳しい声で名を呼ばれたユーキは、サッと構えを解いて直立不動になった。
まるで上官を前にした軍人みたいな対応じゃねえか……日頃どれだけ厳しく修行をつけられてるかがよくわかるぜ。
普段は優しくてもそういうときばかりはマリアも鬼上官になるんだろう。そしてそれは今も同じだ。
「なんですか、あなたのその不真面目な態度は。戦いの最中であることを忘れ、自らの責任を放り出して。そんな真似をするように私がいつ教えました」
「も、申し訳ありません……」
「あなたが常々ペットを飼いたがっていることも、それを却下し続けてあなたを落ち込ませていることも。私は承知していますし、申し訳なくも思っています。ですがユーキ。それは今、この場所で、勇者としての在り方を放棄する理由にはならないと知りなさい」
「はい、母上」
「あなたの使命は?」
「いずれ母上の代わりに、人々の救いとなる光を導くことです」
「そのために今すべきこととは?」
「オレゼンタさんと共に、母上より勝利の栄光を頂くことです」
「よろしい。ならば懸命に励みなさい。できますね?」
「――畏まりました」
そこにはもう、ボチ相手にとろけた顔をしていた少女の姿はない。母によく似つつも母より幾分か凛々しいその顔立ちを一層に鋭くさせた、まるで一振りの刀のような雰囲気を持つ戦士がいるだけだ。
――これがユーキの本気か。
今までも全力を出してたことは確かなはずだが、母親と初めて真剣勝負をしているからか、あるいは俺という初めての共闘相手がいるからか。どこか楽しげで、言い換えれば浮足立っている様子もあったユーキ。
それは紅蓮魔鉱石の力で肉体が成長してからも一緒で、真剣になろうとしてもなりきれてない感じが拭えなかったんだが……。
それがどうだ、この怜悧な気配は。しっかりと地に足のついた佇まいは。
今度は見てくれこそ変わってなくても、さっきまでのユーキとはまったく別人になったかのようじゃないか。
剣に関しちゃ門外漢の俺でもはっきり感じ取れるほど濃密なその剣気。
静かだが凍てつくようなそれを募らせてぎゅっと刀を握るユーキの姿にゃ、俺も味方ながらに圧倒されるぜ。
するとそこでマリアが、
「申し訳ありません柴様。お見苦しいところを見せてしまいましたね」
「……見苦しいなんて思わねーっすよ。少し変わった親子ではあるが、マジで特殊な関係なんだからそれも仕方ねえわな」
「うふふ……喜ばしいことです」
「?」
「いいえなんでも。それよりも、次は私が見せてもらえるのでしたよね? 彼らと力を合わせた柴様の戦い方というものを」
「――ああ、そりゃあたっぷりとな!」
凪いでいたマリアからのプレッシャーが戻ってきた。まさに大波が押し寄せるような隙間も絶え間もねえこの圧。
気を抜くとこれだけで膝を屈してしまいそうになるが、俺は自分に活を入れるつもりで指示を出した。
「ボチベロスは自由に動き回っていい、いけそうならバンバン噛み付いてけ。ドラッゾは俺の傍にいとけ、コンビネーションで攻めるぞ。そんでどっちもユーキの邪魔だけはするな」
「バウルッ!」
「グラァッ!」
「よし。ユーキもいいな? お前を本命に据えんのは変わんねえし、この先何があっても変えるつもりはねえ」
「……! 了解です。オレゼンタさんからのご期待に、不肖ながらこのユーキ。応えてみせましょう!」
ダンッ! と地面を蹴りつけるユーキとボチベロス。
左右に別れた一人と一匹が行動を起こす、その前に。
「やれ」
「グラァウッ!!」
「!」
ドラッゾの口から発射された冷気のブレス。腐食のブレスよりも格段に速い氷属性の砲撃がマリアを襲った。
命中、そして吹き荒れる氷雪。その中心へボチベロスが疾駆する。ドゴォッ、と鈍い音を立ててそこにいたマリアが弾き飛ばされ――その先には既に跳び上がったユーキが控えている。
「【真閃】……【天来斬り】!」
「……!」
上空から一直線に走る剣閃。それを食らったマリアは無言のままに地に落ちてったぜ。
どうだよ、この連携! ボチベロスもドラッゾもたった今呼んだばかりたぁ思えねえだろ!
……俺だけがなんもしてなかったってのは置いておこうか。うん。




