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25.段違いの迫力

「な、なんなんだこいつらは」


 ハサミのついた太い腕を穴に突っ込んで俺たちに届かせようと躍起になっている複数の二足歩行蠍。ここからじゃ見えないが、その奥にはさらに何十匹という数で穴の入り口を囲って犇めいているはずだ。


「これが……おじ様の言っていた、谷底に巣食う何かの正体なんですね。さっきまで私たちの周りに現れなかったのは、ドラゴンさんの死体に近寄らないようにしていたんだと思います」


「それを俺が採集しちまったから……」


 こくり、とサラが頷く。


「谷に落ちたり迷い込んだ生き物を、彼らは捕食しているんでしょう。ドラゴンさんの上に落ちてきた私たちにも彼らはしっかりと気付いていたんですよ」


「だけど、動物の死体や骨はどこにも見当たらなかったぜ?」


「それはたぶん……彼らが獲物を丸ごと、骨も残さずに食べてしまったのではないかと」


「…………」


 ガチッガチッガチッ!


 ハサミだけでなく、歯を打ち鳴らしながら未だに俺たちを諦めていない蠍たち。その食欲しか感じさせない執念に改めて背筋が震えてきた。俺と同じくサラも青い顔をしている。


「と、とにかく奥へ行こう。ここにいたんじゃ生きた心地がしねえ」

「そ、そうですね――あっ!?」


 急にサラが驚いた声を出した。その原因は俺にもすぐにわかった。

 入り口につっかえてる蠍たちよりも一回り以上小さいサイズの一匹の蠍が、のそりと穴へ入ってきていたんだ!


「こいつは幼体か何かか……!? くそ!」


 例の短距離走者ばりの勢いで駆けてくる蠍の後ろでは、もう少し大きめの別の蠍も入ってこようとしている。

 ちくしょう、ガキの蠍がいるってことくらい想定すべきだったぜ!


「【武装】、『骨身の盾』!」


 蠍が振るってきたハサミを盾で受け止める。ぐ、重いな……! だが反応も防御も追い付く――うぉっ!?


 あ、危ねえ。盾を回り込むように突き刺そうとしてきた尻尾の先端を、どうにか躱すことができた。

 先端の棘が掠りはしたがクリーンヒットは避けられた……それでもHPバーは目に見えて減ったけどな。


「だがこれで……! 【武装】!」


 盾を投げつけて捨てて、両手で『恨み骨髄』を握りしめる。

 それと同時に【活性】も発動。


「っらあ!」


 恨みパワーの籠った剣を蠍へ叩き付ける。蠍の体の硬さが手元から伝わってきたが、そんなの知ったことかと俺はそのまま剣を振り抜いた。硬い殻を叩き割る感触があった。


 どごっ! と蠍が頭から壁にめり込んだ。

 痙攣した手足がびくびくしている……まだかすかに息の根はあるようだが、これはもう死ぬのも時間の問題だな。


「戦れねえこたぁないが……ちっ、捨て身戦法じゃねえと勝てねえ相手かよ」


 攻撃をあえて食らい、恨み骨髄と【活性】で何倍にもして返す。

 俺の戦闘における常套手段だが、これの強味は一対一でこそ活かされるもんだ。

 というか、連戦に向いていないと言ったほうが正しい。

 どれだけ戦闘が長引くかわからん状態じゃあ、HPを差し出すのにも限界があるってこったな。


「だがもう次が入ってきちまったか……!」


 最初の一匹より大きめなもんで苦労していたようだが、次の一匹が既に穴をくぐり終えていた。そして入り口にはまた別の一匹が張り付いている。こりゃ四の五の言ってられんな。


 さっさとこいつも眠らせて、奥へ撤退しねえと――。


「う、……?」


 恨み骨髄を握り直し、先手を取ろうとした瞬間、ぐらりと視界が揺らめいた。

 いや視界だけじゃない、足元までふらついて……あ、歩けねえぞ。なんなんだこれは!? 


 俺の身に確実に良からぬ何かが起きている。

 その何かの正体はわからんが、かなりマズいぞ。ここで動けねえってのは……!


「『プロテクション』!」

「しょ、【召喚】……『ゾンビドッグ』」


 チャンス、と見たのかどうかは知らんが猛然と走り寄ってきた蠍の攻撃を、サラが防いでくれた。その隙に俺はボチを呼び出す。


「すまんボチ、奴の気を……しばらく引いて、くれねえか」

「わう!」


 任せろ! とばかりに力強い返答をしたボチは、迷わずに駆け出した。蠍の股を潜って「わうわう!」と挑発の声を上げる。それに蠍は見事に釣られ、ボチを攻撃対象に線択したようだった。


 さすがはボチ。

 ああやって森でも何度も俺を救ってくれただけあって、敵のヘイトを買うのが抜群に上手い。

 ボチはよくやってくれている……問題は俺のほうだな。


「くそ、こいつは……」


 とうとう立っていられなくなって膝をつく。ボチが時間稼ぎしてくれている間にこの不調をどうにかしなきゃならねえってのに、ますます酷くなってくじゃねえか!


 ふとさっき掠った攻撃を思い出す。

 尻尾の棘。そして敵は蠍型……。

 まさか、と俺はステータス画面を確認する。



『毒状態』



 シンプルだが実に絶望的な文言がそこにはあった。


 どうやら俺は蠍の毒にやられちまっているらしいな……。


「ゼンタさん、大丈夫ですか!?」

「あんまし大丈夫じゃ、ねえな……毒を食らっちまってよ」

「! 毒ですか――なら私の手を握ってください」


 しゃがみ込んだサラが、蹲っている俺の手を取った。しっかりと包み込むように手と手を合わせて、サラは声に力を込めて唱える。


「『クリーン』」


 確か、体を清潔にするためのものだという『クリーン』。

 そんなのを使ってどうするのかと俺はサラを見つめて訝しんだが、その視界がみるみると定まり出した。

 それと一緒に足にも力が戻ってくるじゃねえか!


 楽になって驚く俺に、にこりとサラが微笑んだ。


「『クリーン』は浄化の魔法ですからね。取り除かれる不浄の中には、肉体を侵す毒物も含まれます。これでゼンタさんの体から毒は消え去ったはずです」


「おう、サンキューだサラ……これならどうにか戦えそうだぜ」


 そう言って立ち上がろうとした俺だが、サラは手を放してくれなかった。


「いえ、待ってください。毒を消したからと言ってすぐに体調が元通りになることはありませんよ。症状の後遺症はまだ出ていますよね? そんな調子で戦えばまた毒攻撃にやられるのがオチです」


「確かにまだ足元は覚束ねえな……だがボチだけに任せっきりにはできんだろ」


 フォルムの割には素早いその走力を最大限に活用して蠍を翻弄しているボチだが、当然ながら有効な攻撃手段はない。ボチの牙じゃ蠍の甲殻は突破できない……つまり、ボチにやれることはただ逃げ続けるだけ。


 見れば、二匹目よりさらにデカい三匹目が身を折り曲げるようにしながら穴へ侵入しようとしてきている。あれも直に俺たちへ襲いかかってくるだろう。時間をかけるとマズいのは実はこっちのほうなんだ。


「やるっきゃねえぜ。サラ、いいところで壁を頼むぞ」

「それは勿論いいですけど――」

「あ」


 俺の身を案じるサラの言葉を遮ってまで出した「あ」にはそれなりの意味がある。


 なんせ、目の前にいつものアレが出たんだ。



『レベルアップしました』



 いいタイミングじゃねえか! 蠍からの経験値が俺を次のレベルにまで上げてくれたってわけだ。


 ぐぐっ、と身体中に力が満ちる。

 それはステータスの変動と、おそらく毒の影響が完全に消えたことの証だ。


 そしてレベルアップによる変化が起こったのは、なんと俺だけじゃあなかった。


「わう、わう、わうわう……バウルッ!」


「きゃっ? なんですか、ボチちゃんが……!?」


 ボチの体が一瞬、ピカッと光りを放った。そして次の瞬間にはとんでもねえ変貌を遂げていた。


 胴長短足という可愛らしさばかりが目立つ形状だったのが、とても犬らしい――いや、いっそ狼を連想させるような野性味溢れる姿になった。


 逞しく、なのにスラっとしなやかに。

 小型犬から一気に大型犬のサイズになったボチが軽やかに地面に降り立って、蠍を睨む。


 無機質な瞳でボチを観察していた蠍だが、攻撃の手を止める必要はないと判断したんだろう。ハサミと尻尾を同時にボチへと繰り出した。


 しかし、成長したボチはその連続攻撃をするりと掻い潜って跳ぶ。


「バウッ!」


 すれ違いざまに牙を一閃。

 それだけで硬いはずの蠍の甲殻を剥がし、その奥の中身にまでダメージを与えた。


 ドサッと倒れ伏す蠍を後ろに、体を振るって毛を震わせたボチの佇まいは……なんというか、めちゃくちゃクールだった。


「つ、強え……」

「ですね……」


 呆気に取られている俺とサラに、ボチは甘えるように「バウ」と一鳴きした。

 格好にも鳴き声にも以前とは段違いの迫力が出たが、その態度だけはいつものボチと変わらなかった。


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