242.母上はつよいですから
「ってなわけで俺自身は基本的にゃ武器持って戦うかな。つっても使い方なんて習っちゃいねーから、俺的には素手のが動きやすいんだけどよ。それなら喧嘩の延長だし」
ギルドハウスの裏庭。前にビート、ファンクの弟子コンビと模擬戦をした場所で、俺はユーキと一緒にいた。
なんのために庭へ出たのかは、まあ、話してる内容からしてお察しだろ?
マリアからの修行の誘いに、俺は最後にゃイエスと答えたぜ。
ちゃんとした戦いになってくれるかうっすら不安はあったが、こいつは俺にとってまたとない機会だってのは確かだ。不意にするわけにゃいかんだろう。
ということで、まだサラたちとはしゃいでいたユーキを回収してからここにきたってわけだ。
静かに佇んで待っているマリアに背を向けて、俺とユーキは互いに何ができるかとか、戦闘スタイルがどんなもんかを確認し合っているところだ。
ふんふんと幼いながらに冷静かつ熱心に話を聞いていたユーキは、「だったら」と俺の説明を踏まえて自分なりの意見を述べてきた。
「オレゼンタさんは武器を持つより素手のままがいいかもです。母上はつよいですから。一度のこーげきの重さよりも、自分がやられない立ち回りを意識したほうが長くたたかえると思います」
「お、おお……。一理あるが、だけど武器にはリーチっていう長所もあるぜ? それを捨てちまっていいのか」
「うーん。母上とたたかうならリーチよりも手数が欲しいかも、です。リーチの短さはユーキがどうにかします」
「どうにかって……ああ、連携で埋めてくってことな」
ま、確かにな。どちゃくそ格上を前にデカい武器ぶんぶんしたって隙を晒すだけになりそうだ。
対スオウ戦で当たらねー相手にもどうにか当てるための工夫ってのを多少覚えはしたが、今は一対一じゃなくユーキが味方にいるんだ。
だったら足を止めて戦斧や大鎌を一回振り回すよりもそれと同じ時間で、動きながらでも三、四発は叩き込める拳のほうが与ダメージ総量の期待値は高いかもしれん。
聖女様が一体どんな風に戦うのかでも事情は変わってくるが、それをだいたいは知ってるはずのユーキがそう勧めてくるってことは間違いねーだろう。
マリアが言ってた通り親子での直接対決の経験こそないようだが、身近で彼女の戦いぶりを何度も見てきたのは確かなようだからな。
ユーキへ戦い方を指南するためにマリアは、日頃からまず自分がその手本を見せてたってこったな。
「俺はそれでいいとして、そっちはどういうスタイルなんだ」
「ユーキも武器でたたかいます。これ!」
そう言って大好きなおもちゃでも自慢するみてーに出してきたのは、なんと刀だった。
脇差……ってより小刀と言うべきか。とにかく刀身が短めの日本刀である。
短いと言ってもユーキの背丈からすると十分に大きい代物なんだが、けっこうな重さだろうそれを五歳児は軽々と振るってみせた。
ピュン、と空気の切れる音が耳に届く。
素人目にも綺麗な太刀筋だった。
「おー、大したもんだ。それってスキルで出したもんなのか?」
「ううん、とくちゅーひんです。いつもは【収納】でしまってます」
「【収納】! カスカのやつも持ってるあの便利スキルか」
「他にもいるんですか? 母上も同じスキルを持ってますよ!」
ほへー、無制限に物を出し入れし放題っつー羨まなスキルを親子揃って習得してんのかよ。さすがは勇者親子ってところか。
カスカの職業が『天使』ってことを考えると、【収納】ってのはあれか、いかにも善性っぽい職のやつにしか顔を出さねースキルなんかね。
だったらネクロマンサーには一生無縁だな。
「にしてもかっけーなー、刀。俺も斧とか鎌よりそういうのがよかったぜ。扱いやすそうだし」
「あれ? でもオレゼンタさん、武器の中には剣もあるって」
「分類は何故か剣だけどな。あれじゃベコベコんなったバットみてーなもんだ。俺もそのつもりで振ってるし」
「ばっとってなんですか?」
おっと知らねーのか。
そうか、来訪者同士っつってもユーキは生まれたてでこっちに来てんだもんな。
だったら出身は元の世界だとしても、ユーキ的にはこの異世界こそが生まれ故郷も同然。来訪者が知る常識の多くを知らんままだろう。
ある程度はマリアを通じて教えられているかもしれねえが、野球とかはまあ、そこから抜けるわな。優先して教えることじゃあねえ。
「そろそろよろしいでしょうか?」
話に一段落ついた気配を感じたのか、後ろからマリアがそう言ってきた。その言葉に俺たちは互いの顔を見合って、よしと頷いてから振り向いた。
「待たせてすまねえな、マリアさん。作戦会議は終わったよ」
「はじめましょう、母上!」
「…………」
並び立つ俺たちを見て、マリアはその聖母めいた笑みを深くする。……や、マジで美人だなこの人。
エニシも引くほどに美女だったが、目付きに底意地の悪さが滲み出てたり、いくらなんでも肌が白すぎたこともあって、どっか気味悪くもあったからな。
それに比べてマリアのこの健康的な美しさはすげえよ。身近なところで例えるなら、サラをお淑やかにして全体的にグレードアップさせた感じっつーか……つまりは限りなく完璧ってことだ。
これで軽く百歳越えとか信じらんねえぜ。
「すんません、始める前にちょっといいすか」
「なんでしょう?」
「地下を使うよりはマシと思って裏庭にしたけどよ、ここも危ないことには変わりねーっすよね。稽古とはいえこんなとこで100レベルが戦って、うちのギルドは無事なのかって気になったもんで」
まー被害がギルドだけで済むならまだいいんだけどな。
紅蓮魔鉱石で修復もすぐできるだろうし。
だから心配なのは、よそ様んところまで飛び火しねーかって点なんだよ。特にうちとほぼ隣接してる『リンゴの木』なんかは何かあったらモロだぜ、モロ。
「まずは半分ほどの力しか出さないつもりでしたが……そうですね。事故が起こってからでは遅いですし、予め張っておきましょう」
半分。つまりは50レベル程度から戦闘を始めるってことか。
そんな器用に調整できるのかってのはともかく、まあそんぐらいなら相手にするのも余裕だし余波での被害も出ねーか……と思ったんだが、マリアは俺の懸念を聞いて事前に手を打っとくことにしたらしい。
「心象偽界――未完『光来園』」
パッと。
一瞬にして景色が切り替わった。
怖いくらいに真っ白な空間だ。上も下も右も左も前も後ろも、閉じ切った白の中に俺たちはいる。
今、『光来園』と言ったか。
それはユーキが聖痕の間で開いた偽界と同じものだ。
確かに景色はあれとまったく一緒に思える――だがあのとき感じた暴力的なまでの白の圧力が、こちらからは少しも感じられない。
「あえて不十分なまま偽界の構築を止めました。そもそも完成に到達していないユーキでは望むべくもありませんが、偽界にはこういった使い方もあるのです」
ほーん……つまり絶対に壊れねえし周辺被害も出ねえ修行場の完成ってことか。
ここなら100レベルだろうといくらでも暴れ放題なわけだ。
「場の提供どーもっす。だけどそのために使ったってこたぁ、攻撃目的で偽界を利用することはねえと思っていいんすかね」
「そう理解してくださって結構ですよ。柴様とユーキに偽界を『使わされる』ことはないでしょうから」
「ほぉ……」
ちょっとでも戦いを有利にしたくて偽界不使用の言質を取ろうと思ったんだが、煽られちまったな。これでマリアにゃ煽ったつもりもねえってのがかえって腹立つぜ。
言ってることは正しいし、俺たちとマリアの間に隔絶した実力差があるってのもまた揺るがしようのない事実。
それは俺だってよくわかってる、が。
いくらなんでも半分の力しか出さねーつもりでいるマリアにここまで舐められてるとあっちゃあ、男として黙ってはいられねえな。
「うーし、やったろうぜユーキ。まずはマリアさんに一発入れっぞ。そんで偽界なしってのを後悔するくれー追い詰めんだ」
「はい! 母上からはこのしょうぶにすべてを出し切れと言われています。よろしくおねがいします、オレゼンタさん!」
鞘をどこへともなく消したユーキが下段で刀を構えた。その横で俺もファイティングポーズを取る。
だがマリアは棒立ちのまま、優雅な微笑みも消さずに。
「先手は譲りましょう。どこからでもどうぞ」
「へっ、だったら遠慮なく――【召喚】発動!」
手始めに切った俺の十八番スキル。それが勝負の始まりを告げた。




