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241.あなたにも私と戦ってほしい

「ほ、本気で言ってんのかよ……!?」


 というより正気なのかと聞きたかった。

 今マリアさんの口から飛び出たのはそれくらいの爆弾発言だ。


 そりゃあ魔皇の元へひとっ飛びできる状況ってのは革新的なものかもしれねえば、だからって即それを実行する気になるか? 


 いや、まずそれ以前にだぜ。


「どう考えたって罠じゃねーかよ!」

「おや、そう思われますか」

「当然だろ、それ以外にねーって!」


 他の石からの干渉拒否。石同士の干渉を利用してガロッサへ配下を寄越した魔皇がその設定をしないなんて、そんなの偶然やうっかりが原因だとは到底考えられねえ。


 本当にノーガードでいるってんなら、そりゃあ確実にわざとだろう。


 そしてわざとそんな真似をする理由があるとすれば、それはひとつしかねえ。


「誘い込まれてる……! 紅蓮魔鉱石の所持者しか罠にかからねえようにな。それも俺じゃあないぜ、マリアさん。こいつはあんたが名指しされてるようなもんだ!」


「おそらくはそうなのでしょう。決着をつけたがっているのは魔皇も同じということ……こうもあからさまに痕跡を残させていったのですから。このことが翻って、魔皇軍が近く大掛かりに動き出すであろう前兆でもあります」


「……! 魔皇にとって目の上のたんこぶは、やっぱり百年以上前。自分が従っていたリーダーのマリアさんだもんな。幹部を犠牲にしたとはいえ欲しがってたガロッサの石を手に入れていよいよ大々的に攻め入る、その前にまず一番の邪魔者を消しとこうって腹なのか」


「ふたつの紅蓮魔鉱石をどう使うのか。残る幹部たちがどれほどの者たちか。それら一切が不明な以上、魔皇の目指す最終局面がどういったものかも予測は難しい。しかし先にも言った通り、彼個人に関する事柄のみであれば世界で私ほど詳しい者もいない。――魔皇だけは止められる。これは願望ではありません。確かな自信と根拠を以ってそう断言することができます……私ならばそれが可能であると」


 ……当時の他の仲間たちはもう誰もいないらしいからな。


 確かに今となっては、魔皇がただの来訪者として過ごしていた時期を知るのはマリアだけだろう。

 だから彼女には魔皇が石と石の経路の先で、己を悠然と待ち構えてるという確信がある。


 だがそいつは魔皇側からも同じことが言えるよな。聖女じゃない、ただのマリア。世を救う勇者として苦難の闘争に身を投じていた時代の一ノ瀬マリア個人を知っているのだって、今はもう魔皇だけなんだ。


 きっと魔皇のほうにだって確信があるに違いねえ。間違いなくマリアはこの誘いに気付き、その意味を悟り、それでもなお乗ってくるに違いないってな。


「魔皇がこの先どうするつもりかはわからねーが、とにかく思い通りにだけはさせねえように……マリアさんがたった一人で突撃するってことっすか」


「うふふ。平たく言えばそうなりますね」


「いやあの、ちっとも笑いごとじゃねーんすけど。つーかそんなことしたら教会はともかくとして、ユーキはどうするんすか」


 教会はまあ、大人の集いだからな。元から全てを聖女のみが取り仕切っているわけでもない。急に頭がいなくなったとしても教会としての機能に不備は起こらないだろうが……ユーキは子供だ。二重の意味でのな。


 魔皇へ先んじて仕掛けるというマリアの言は、聖痕の間での『ユーキの出番は自分が失敗した後』という旨の発言と一致しているもんではあるが、それまでになるべくユーキを仕上げるとも彼女は言っていたはずだ。


 それを中途のまま放り出してしまうのか、と。


 俺なりの引き留めも兼ねての問いだったが、マリアにはこれもお見通しだったようだ。


「だからここへ来たのですよ、柴様。私が不在の間、あなたにユーキを預かっていただきたいのです。私の所持する紅蓮魔鉱石と共に」


「……!?」


 話の流れ的にまさかとは思ったが、本当にそのまさかとは。しかもユーキだけでなく石までここに置いていくつもりたぁな。


「つか、持ってきてたんすね?」


 今にも懐から紅蓮魔鉱石を取り出して見せてくんじゃねえかと思えば、マリアは首を振った。


「私は持っていませんよ。ユーキです」


「あいつに持たせてんすか!?」


「はい。石は今、あの子の体の中にあります」


「……は? ユーキの、体の中に、紅蓮魔鉱石が埋まってんのか? なんだってそんなことになるんだよ」


「物理的に埋め込まれているわけではありません。同化しているのです。同じ『勇者ブレイバー』であっても私にはないスキル……あの子の力の賜物です。今はまだ私の持ち物ですが魔皇からの招待へ応じるのであればこれを機に、石の所有権をユーキへ譲るつもりでもいます」


「……、」


 入口である大扉に嵌め込まれた紅蓮魔鉱石は、ちっこい洞穴を変幻自在の大迷宮へと変えた。


 俺らの見つけた紅蓮魔鉱石は古い家屋に無限の拡張性を与え、最近ではロボットにまでした。


 ――だったら人に埋め込まれた紅蓮魔鉱石は、そいつにどんな力を与えるってんだ?


 ……良いようにも悪いようにも考えられる。結局は石の所持者がどういう形でそれを利用するか次第なんだろうが、まだ五歳であるユーキの分別ってもんにそこまでの期待は持てるのか――。


「ユーキなら不安はありません。あの子はとても優しく、賢く、そして輝くような勇気を持っています。私よりも余程に……ですので不安というならただひとつ。あの子を一人にしてしまうことでした。教会はあの子にとっての受け皿であって『仲間』ではない。それをユーキ自身も感じていたようですから」


「俺たちがあいつにとって本当の意味での仲間になると?」


「そうなってくれたら、と願っています。そうなるはずだと信じてもいる。百年前の私たちのように、あなたたちもきっと」


「……預かることについては、断ったりはしねえっすよ。だがやっぱ、あんたが魔皇に挑みに行くってのをハンカチ振って送り出すわけにゃいかねえな。なんのかんのと言ったってユーキを置いてっちまうのに変わりはねえ。負けても次善と言ったが、魔皇に敗れて生きて戻れるとはマリアさんも思ってねーんでしょう」


「…………」


「負けて殺されても俺たちがいる。そういう意味での次善だ。だけどそれをユーキにも言えるんすか? どう考えたってあいつにはまだまだマリアさんが必要でしょうよ」


「ユーキは……わかってくれています」


「っ、マリアさん――」


「柴様のご指摘、その全てを否定はしません。せめてあの子がもう少し大きくなるまでの時間が欲しかった……ですが現実として、先に契機を迎えたのは魔皇なのです。ガロッサの攻略クエストの決定。そしてその顛末を知って私は自らの過ちを悟りました。魔皇は私が思うよりもずっと賢しらに策を練っていたのだと。先を行かれていたのです。その時点で私に残された選択肢は、魔皇だけでも早々に討つこと。そして、もしもそれに失敗したときのために……次代の勇者へと託せるだけを託すこと。そのための最後の仕上げを行いたいと考えています」


「さ――最後の仕上げ?」


 こくりとマリアが頷く。

 その表情は柔らかくも断固たる決意を感じさせるものだった。


 止めても無駄だ、と俺に強く思わせるほどに。


「私があの子と戦ったことはまだありません。行ってきたのは指導の域を出ない戦闘訓練ばかり。手合わせするのは専ら一部のシスターや大シスターでした。ですがこれより、それを解禁いたします。最初で最後の修行、ユーキとの真剣勝負をしたく思います……ですのでどうか柴様にも立ち会っていただきたく」


「え、っと……そりゃなんすか、審判をやれってことでいいんすか?」


「いいえ。ユーキと協力して、あなたにも私と戦ってほしいという申し出です」


「……マリアさんって100レベルなんすよね。俺ぁまだ60台なんすけど」


「魔皇も確実に100レベルですよ。実力的にはそれ以上でしょう。そんな相手が率いる軍と戦おうとしているのなら、今更のことではありませんか」


「そりゃたしかに」


 単身で乗り込むなんて暴挙的発言にゃ思わず眉をひそめたが、考えてみりゃあ聖女VS魔皇の戦いについていけるのがどれだけいるかって話でもあるな。


 あんだけ強かった仮面女だってレベルは80止まりだ。『最強団ストレングス』の他の面子や、あるいはアーバンパレス団長のマクシミリオンといった、異世界におけるトップクラスの連中だってそれは厳しいんじゃねーか?


 ……文字通りの頂点、トップオブトップの片割れが修行をつけてくれるってんだから素直に喜べばいいのかもしれねーが、だけどよ。


 それでトップクラスに追いつけるようになるかってのはまた別なんだよな。


「ぶっちゃけレベル差を考えっとなんもできずに死にそうなんだが」


「一方的な戦いにはしません。それでは修行の意味がありませんから。この決闘があたなにとっても実りあるものになることをお約束します……どうでしょう、柴様。引き受けてはいただけませんか?」


 戦るか否か。マリアとユーキをどうしたいのか、どうしてもらいてえのか。考えあぐねて、その末に。


「マリアさん、俺は――」


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