238.なんだ、ひでー顔だな
酒場兼宿屋『リンゴの木』にて、俺は三人の若者と向かい合ってテーブルについていた。
「そう、ですか……。テミーネがどうなったかは、ゼンタさんでもわからないんですね」
そう言って俺の前で項垂れるのは、先日Ⅾランクに昇格した冒険者パーティ『ラステルズ』の一員ルーナだ。その横にはリーダーのランドにステインもいて、落ち込む彼女へ気遣わしげにしている。
「すまねえな、来させといてなんも教えてやれねーで。あいつの班とは別行動だったんで俺にも行方はちっともわからねえんだ」
「いえ! 私たちが勝手に押しかけて来ただけですし……どうか謝らないでください」
現在『巨船団』五番船の船長として活躍しているテミーネは、元々『ラステルズ』のメンバーだ。
まだデビューしたての彼女の実力をいち早く見抜いてヘッドハンティングしたのがあのガレルだったそうで、ランドたちは移籍を悩むテミーネの背中を押してやったのだとか。
そんときゃパーティの鞍替えで連想されがちなゴタゴタもなく、所属が変わっても両者の関係は良好そのものらしい。
だから今回は元パーティメンバーの悲報を聞き付けて居ても立っても居られなくなり、このポレロまで馬車を飛ばしてやってきたってわけだ。
しかし直接話を聞こうと意気込んだはいいものの、肝心の俺がなんも知らないっつー体たらく。
あの日同じクエストに挑んでいたってだけで一緒に行動してたわけじゃないんで、そりゃあ俺がテミーネがどうなったかなんてわかるはずもないんだが……こうして友人の安否を憂いて落ち込む様を間近で見せられると、どーにも申し訳なさで居たたまれねえ。
「で、でも! どこに行ったのかはわからなくたって、テミーネの身に何かがあったと決まったわけじゃないんですよね? だったら元気にしてることも十分考えられますよね」
「ランドの言う通りだ、ルーナ。テミーネが行方知れずになったことは事実だが、それ以外のことはまだ何も判明していないんだ。悲しむには早いぞ」
無理矢理明るい方向に持っていくランドにステインも乗っかって、なんとかルーナを励まそうとする。二人のそんな気持ちが伝わったんだろう、ルーナは目尻に涙を浮かべつつも笑顔を作った。
「うん、そうだね……テミーネならきっと生きているよね」
何かがあった、ってのは確定している。そうじゃなきゃダンジョンから忽然と姿を消したりはしない。それは三人とも承知していながら、必死に最悪の可能性から目を逸らしている。
ただ無事を信じて待つしかできない以上、それが一番賢明かもしれんな……。
そのあとは合同クエストの話題を意図的に避け、互いの近況を報告し合い、昇格を祝い合った。デビュー時期は一年も空いてないほぼ同期みてーなもんとはいえ、片やDランクでこっちはAランク、しかもギルドまで構えてる。
魔鉱石を大量に組合へ卸して大儲けもしてるもんで、まあ日々の出費を抑えるべく努力だってしちゃいるが、ここは俺のほうが何か祝いの品を贈るべきだろう。
つっても今いるのは酒場だしな。
贈れるもんといやぁ、それこそ酒くらいのもんか。
「すいません。時間を取らせたうえにこんなものまで貰っちゃって」
「気にすんなランド。奢るってのはやるほうも気持ちがいいもんだぜ」
一応はリンゴの木で最高額になるワインのボトルを抱えて礼を言うランドに、俺はそう返した。
ま、こりゃ本音だ。こういう出費ならちっとも痛くねー。
三人でひとしきり感謝を述べて去っていくラステルズを見送る。遠くのほうからまだ手を振ってる彼らに応えながら、俺はなんとも感慨深くなる。
久しぶりの再会だが、すっかり態度も変わってまあ……なんつーか、ぐっと大人になったって感じだな。
ルーナは別としても、ランドとステインは顔合わせのときからかなり刺々しかったからなぁ。そのせいで敬語で話されるのは未だに違和感あるぜ。
「ふう……、」
「なんだ、ひでー顔だなゼンタ。しばらく休養を取るって話だったろうに、休めてねーのか?」
「パインさん……それと同じようなことをマクシミリオンさんにも言われたぜ」
そんなに今の俺ってしけた面してんのか?
だが不思議には思わねえ、ここ最近はらしくもなく色んなことに頭を悩ませ続けているからな。
実はラステルズが来る前にも来訪があった。『巨船団』の荒くれ船員たちもまた、頼れる女総督の行方を知るために俺に話を聞きにきていたんだ。
もちろん俺の返答はルーナにしたのと同じ「なんもわからねえ」だったがな。
ただでさえ苦手な思考作業に没頭してるってときに、自分の不甲斐なさを連続で突き付けられちまうとな……そらー俺だって多少は参りもすらぁな。
「そうか、マクシミリオンのやつが……」
「ん、パインさん。あの人と知り合いなのか?」
「大昔は俺も冒険者だったからな。俺自身というより、あいつの関係なんだが」
「あいつ?」
「お前も会ったんだろ? 仮面なんか被って顔を隠してたそうじゃねえか」
「仮面女のことか!?」
――聞けば仮面女の属する半ドロップアウトギルド『最強団』の前身とも言えるパーティのメンバーたちに、冒険者になりたての頃のマクシミリオンは世話になっていたんだとか。
「あんときはマクシミリオンも今のお前よりガキだったからな、体よくこき使われてたようなもんだ。世話になったのはむしろ俺たちのほうかもな……だがそれでもあいつはめきめき才覚を伸ばしていって、それから三年後には自分で組んだパーティでAランクになってたよ」
「へえ、三年でAランクっすか」
「お前たちや中央で話題になった『韋駄天』に比べてえらく遅く思えるか? だがあの頃の昇格試験は今よりずっと審査が厳しかったんだぜ。まだSなんてランクもなかったからAが最高だったしな」
「そうだったのか。じゃあ、Sランクが制定されたのは……」
「マクシミリオンのギルドがあまりにデカくなって、政府のお召し抱えにまでなったからだな。前後しちゃいるがランク改定と専属化は同じ事柄と言っていい。そのついでに、こっちはこっちで既存の冒険者たちやギルドとは一線を画していた『最強団』もSランクへと押し上げられた」
「そんときにはもう『最強団』も結成されてたんすね」
「マクシミリオンがAに上がる少し前にな……俺やトードはそれを機に脱退したがよ。一緒に馬鹿やってたのは十年と少しってところか? 俺はこの宿を始めたし、トードは面倒見の良さを買われてギルド職員に誘われた。あいつは……お前にとっての先輩は、腐りながらも冒険者を続けた」
「…………、」
「ま、とにかくだ。昔は今みてーにポンポン試験を受けられる制度なんざなかったし、ギルドの総数だって断然少なかった。同じSランクでも今の主流を作ったのがマクシミリオンの野郎で、時代と逆行してんのが素行不良のあいつのギルドってことだ。最近じゃもう噂にすら聞かねーぐらい誰も活動してねえようだがな」
「ははぁ、なるほどな」
パーティを巨大化させてギルドにする流れと、そのギルドをきちんと組織立ったものにするってのは、『恒久宮殿』が作り上げたものだったのか。
闇ギルドの『廃れ屋敷』すらこれを守ってる印象なのが浸透っぷりを物語ってるな。
で、その反対にちっとも組織立ってねえままに、しかし強さの一点のみでSランクに居座ってる対のギルドが仮面女のとこだと。なのに、マクシミリオンが冒険者として最初に触れたのがその前身のパーティだったってのは面白いな。
ただ唯一の同格同士ってだけじゃなく、アーバンパレスとストレングスにこんな縁があったとは意外だ。
だったらその伝手で対魔皇軍の同盟にも呼べばよかったのに……と考えてから仮面女やグリモアの人となりを思い出して、そりゃ無理だと悟ったね。
あいつらはとてもじゃねえが他所の人間とチームを組めるような我をしちゃいねえ。
「――もし、柴様。私にも少々、あなたのお時間をいただけますでしょうか」
「……!?」
自分の案を即時却下して首を振ってたところにかけられたその声。なんも思わずに振り向いた俺は、そこに立っているのがどこの誰であるかを認識し……大きく目を見開くことになった。




