235.ギルドを挙げての歓迎会
「おーい、いるか? そろそろ時間だぜ、ハナよ」
「…………」
砂川ハナの自室となった部屋の前で呼びかけても返答はなかったが、俺の声に反応した気配はあった。そのまましばらく黙って待ってると扉が静かに開き、ひょこりとハナが顔を見せた。
「よっす」
「柴くん。時間って?」
「さっきも言ったろ? 今日はみんなで夕飯を食うってな。そこで改めて紹介すっからお前も降りて来い」
「うん、わかった」
俺の提案に特にリアクションもなく、ハナは部屋から出ると自室にしっかり鍵をかけた。うちのメンバーはこういうことをしないやつが多いんでちょっと新鮮だ。施錠するほうが普通ではあるんだがな。
「行くか。食堂は一階のリビングからすぐのとこだぜ」
「わざわざありがとう」
「あ? わざわざって?」
「だって柴くんはギルド長でしょ。そんな人が呼びにきて、一緒に食堂まで連れてってくれるなんて、すごく丁重じゃない。だからありがとうって言ったの」
「……ああ、そうか。まあそんなの気にすんなよ」
ちょいと曖昧な返事になっちまった俺に対し、ハナの表情にゃ変わりもなく、これといって感情の変化はなさそうに見えた。
実際部屋から食堂まで案内するだけなら昼間にも話をしたらしいヤチあたりが(役職的にも性別的にも)適任だろうに、そこを押しのけてまで俺が呼び出しにくるってのは、変とまでは言わなくてもちょっとおかしい。人によってはそう感じることもあるだろう。
ただそれをはっきり口に出してくるとは……いやどうなんだ? 単に思ったことを言っただけで他意はねえのか、あるのか。
ここらでちょいと探りを入れてみるか。そのために呼び出し役を申し出たんだからな。
「なあハナ」
「なに、柴くん」
「お前はカルラたちのことをどう思うんだ」
「どう思うって?」
「生きてるかについてさ」
「それはどうとも言えないかな。アーバンパレスの人から聞いた限りでは」
「確かにそうだが、俺は生きてると思ってるぜ。そうと示せる根拠はねえけど、とにかくそう信じてる。お前はどっちだって聞いてんだ」
「だったら私も生きていると思うよ。思うだけならどんなことでも自由だから」
「……、」
うーん、読めねえ。どういうつもりで言葉を吐いてんのかさっぱりわからん。双子とはまた違った意味でな。
あいつらは人と話をしながらもなんか別のことを考えてそうな雰囲気があるんだが、ハナはそうじゃねえ。レスポンスはきちっとしてるが、その色味が極端に薄いっつーか、言うなりゃ本来の意味でのポーカーフェイスをしてる。
しかもそれを徹底しようと意識してるんじゃあなく、自然体のままでそうなってるって感じだ。
こりゃあ手強い。
騙しの気配にゃ割と敏感だという自負のある俺だが、こいつに対しては何もピンとくるもんがねえ。そのくせモヤモヤとよく見えねえ壁みたいなのは感じるんで、なんだか異様に気持ちが悪いぞ。
「わ。すごいね、これ」
結局何も聞けてねえに等しいまま食堂についちまった。そこでの光景を見たハナが開口一番に漏らした感想は俺とほとんど同じものだった。
「なんだこの豪勢な食事は……!?」
食堂を占める大きなテーブルが今ばかりは小さく感じるほどに所せましと並べられた大皿の数々! 貴族のパーティ会場にでも迷い込んだのかと思ったぜ。
ただ十名そこらで食うってだけなのに、どうなってんだこれは。
確実にこの状況の元凶であろうテッカがシャンパンを運ぶために目の前を横切ったんで、その首根っこをむんずと掴まえて問い質してみた。
「ちょいテッカさん、なんだってんだよこの有り様は。これじゃまるで宴会じゃねーか」
「宴会、するだロ? 新メンバーが入ったんだヨ、ギルドを挙げての歓迎会はしてトーゼンね!」
「新メンバーっつってもあいつらは仮メンだぞ。向こうのギルド長が帰ってくりゃその日に出てくんだ」
「仮だろうと借りものだろうと新メンバーは新メンバー、お迎えやるヨ! テッカの所属するギルドがそういうとこケチ臭いなんて思われるのは我慢ならんしナ」
「えー……」
要はポレロでもトップクラスの知名度を誇る料理人としてのプライドが、しょぼい食事会を許しちゃくれねーってことか。
まあ確かに、客人を迎え入れての最初のメシが普段通りってのはケチに見られてもしゃーねえか?
しかしだからってここまでやるかね。ほどほどってもんを知らねーのかよテッカは……知るわけねーわな、この人が。
「食事は命の営み、どんなときでも至福であるべきネ。特別な日をもっと特別にすることもまた料理人の使命。というわけで、色々と趣向を凝らして料理したヨ。ハナは何か苦手な食べ物あるカ?」
「きのこ類全般と貝類全般が食べられません。あとお肉とお魚も種類によっては……それからこれは使われる食材に限らないんですけど、臭いのキツい料理はどんなものでもちょっと厳しいです」
「ムム、思いのほか制限が多かたネ……」
「臭いについては苦手というだけなので、無理をすれば食べられないこともないですけど」
「その必要はないネ! 我慢して食べられるのは料理もかわいそーネ。そこのプディングパイやスープバゲットなら優しい味だしハナもいけるはずヨ!」
「汚れやすいから私が取り分けるね。そこに座って?」
「あ、中沢さんいたんだ……じゃあお言葉に甘えようかな。火達磨さんもどうも」
「火達磨は街のみんなからの敬称であって名前じゃないネ。テッカと呼ぶがよろし」
「はい、テッカさん」
意外と馴染むのが早いなハナのやつ。うちのギルドでもだいぶ色物感の強いテッカにも物怖じ一切なしとは大したもんだ。あと、火達磨は別に敬称じゃねえ。どっちかってーと揶揄込みの俗称だ。
引き続きコックによる料理の説明が続くそちらからテーブルの中央へ視線を移せば、そこでは双子を中心にわちゃわちゃとしていた。
「あ~ん、……どうシズク~?」
「おいし~。ヨウカもあ~ん」
「あ~ん……、」
「どう~?」
「これもおいし~!」
「どれもおいし~ね~」
「あっ、なんでもう食ってんですか! 兄貴たちが席についてねえでしょうが!」
「そうですよイリノさんがた! いくら兄貴と同郷だからって先に食事へ手をつけるなんて……!」
「まぁまぁ、これくらいよかろう。そうカッカするもんじゃないぞい」
「「おじいちゃんやさし~」」
「むほほ、まあの! 何かあったらワシを頼れぃ、嬢ちゃんたち」
「鼻の下がだらしなく伸びてんぞガンズの爺さん……」
「こういうのを年寄りの冷や水って言うんですかね」
「ほっときなって二人ともー。それよりこっち手伝ってよ、デザート用の特大ケーキが冷蔵庫に入り切らなくって大変だよ!」
「「あいあいユマの姉さん!」」
あっちはあっちで馴染んでる、というかやけに堂々としてるな。
ヤチ・ユマコンビに並んで名物コンビだったヨウカとシズクは、異世界だろうと構わず二人だけの世界を作り上げてるようだ。
……あの二人、こっちに単独で飛ばされたばかりのときはどうしてたんだろうな。こいつらが片方だけで行動してるとこなんて想像もできねえが。
「これはまた、アンダーテイカーもますます賑やかなギルドになりそうだね」
「お、来たかアップル」
いつの間にか隣には若干呆れ顔をしたアップルがいた。サラとメモリが隣まで呼びに行ってたはずだが、どうやら無事パインからの許可を貰えたらしいな。
「二人はどうしたんだ?」
「今日はうち、早めに酒場を戸締りしたんでね。少しだけでもパインも一緒にどうかって誘おうと粘ってるよ。でも、来ないだろうな。パインは決まった日にはいつも一人になりたがる」
「へえ? なんでだろうな」
「母さんの月命日だからね。こっそり写真と一緒に酒を飲んでるんだ。健康を考えてここしばらく禁酒させてるけど、そのときばかりは私も見逃してるよ」
「そうか……そりゃ来ねえわな」
そうと知らずに二人はパインを呼び込もうとしてるのか。誘いを断るために命日を持ち出すことをパインはしねえだろうし、サラたちからすればわけもなく渋ってるように見えてるのかもしれんな。
まあでも、サラがあんまししつこく誘うようならメモリが引き下がらせるだろうし、たぶん大丈夫だな。
その反対は起こり得ねえとそこにいなくても確信できるあたり、俺のサラへの信頼はかなりのもんだよな。別の意味で。
「うちのことはともかく、いいの? 私の予想が確かならこの食事会……話題は決して明るいものばかりにはならなそうだけど」
「それなぁ。けっこう重いっつーか真面目な話をするつもりなんだが、これで言い出せっかな」
「ま、そこはどうか頑張っておくれよリーダー。その流れで私も言わなきゃいけないことを発表したいからさ」
「発表だって? 俺のあとにってこたぁ、それもまた……」
「ご明察。明るくなれるような話題じゃないってことだけは予め言っとくよ」
「あーそうかいそうかい。覚悟の時間をありがとよ」
おかげで聞く前から俺の気分は暗くなっちまったよ。




