234.隠し事はお互い様でも
カルラが生きているか。あるいは、存命なだけでなく無事でもあるか。
無事と存命の違いってのはもちろん、生きてはいてもその身柄が自由か、もしくは敵の手にあるかというところにある。
そこで言うと、マクシミリオンはじめアーバンパレスの見解は魔皇軍に連れ去られたと見るのが正着だという意見だった。俺は当初こそそれを信じたくない気持ちで否定寄りでいたんだが、ポレロに戻ってからはだいぶその考えも変わってきている。
というのもそれはヤチの【従順】が根拠だ。
ユニフェア教団で追い詰められたときにゃあ俺のピンチを感じ取って転移で救援に駆け付けてくれた実績があるんだが、試しに聞いてみると今回の合同クエストでその勘は働かず、それでは【従順】による転移もできなかっただろうと教えてくれた。
俺を主人として設定しているヤチは大まかに俺の居場所がわかるようになってる。
そのリンクを辿って【従順】の転移は行われるんだが、時間的にちょうどガロッサへ潜った時刻を境にヤチはしばらく俺の所在が掴めなくなったらしい。
ガロッサが特殊な場所だってのは紅蓮魔鉱石繋がりでヤチもよく勉強したんで知っていたそうだ。おかげで焦りこそしなかったようだが、常に位置がわかっていないことにはやはり不安になっていまいち仕事に身が入らなかったとかなんとか言われた――ま、それはともかくだ。
『家政婦』っつー変わり種なスキルを多数持つ職業のヤチでもそうだったんだ。やっぱガロッサじゃいくらスキルであっても転移なんてできず、大扉を介さない脱出は叶わなかっただろう……と昨日まではそういう方向に考えが固まりつつあった。
だが確実にそうと決まったわけじゃねえ、と思える要素もあるにはある。
あの憎たらしいスオウも言っていた通りスキルってのは多種多様、それぞれがまったく違う力を発揮する。
ヤチの【従順】が駄目だったからっつってカルラの持つスキルまでひとからげにゃあできねえ、ってのがひとつ。
そんでもうひとつは今この双子から聞いた話。
――カルラの目には何かしら奇妙なもんが映っていた。そのうえで合同クエストに臨んだんだ。
とくりゃあ、単にダンジョン攻略を行なう以上の用心だってあいつにはあったはずだよな。
ダンジョン内では転移ができない、なんてことは中央住みかつAランク冒険者ともなれば前々からよく知っていただろう。だったらそれに対する対策、ひいてはクエスト中に起こるなんらかの人為的アクシデントに備えた秘策もまた用意していたんじゃなかろうか……?
普通の人間ならそこまでできやしねえよと鼻を鳴らして終わりだが、けれど相手はあの三毒院家の御令嬢様。
自身が王道を行くことを信じて疑わずとも、万が一にも王道から外れねえための努力なら少しも惜しまねえのがあの女だ。
そんなやつが危険を承知で飛び込んだクエストで案の定トラブルに見舞われたからって、何もできずに仲間共々魔皇軍の手に落ちたなんてこたぁ考えにくい。
少なくともあいつをある程度知ってる俺にとっては、な。
……まあこんなのはどっちとも言えるし、どっちだろうと十分あり得る話だ。
仮にカルラの用心がそこまで及んでいたとしてもそれが功を奏したかどうかは、あのとき現場にいなかった俺にはわかりっこねえ。
結局のところ全てはカルラや他四人の女子たちの機転やスキル次第であり、助かってるのなら何故姿を見せないのかっていうもう一個の大きな疑問が解けない以上は無事だともそうでないとも言い切れねえわけだ。
だからヨウカとシズクの疑問には、今んとここう返すしかなかった。
「安心しろ。どこにいんのかは知らねーが、あいつらのことなら俺が必ず見つけてやっから」
「「…………、」」
……これじゃ答えになってないってのはわかってんだがな。期待した返事じゃなかったからかヨウカとシズクはまた無言で顔を見合わせている。
その表情はどちらも何を考えてんのかいまいちわからんのっぺりとしたもんだったが、おそらく双子同士はこれでちゃんと通じ合ってるんだろう。
ひょっとしたらスキルを使ってマジでテレパシーとかしてるのかもな。こいつらにゃそういうのがよく似合うぜ。
「まぁ、カルラたちが帰ってくるまではうちでのんびりしてくれや。騒がしくなるとは思うがお前たちの安全だけは保証するからよ」
ガロッサの紅蓮魔鉱石っていう強大な戦力を奪われた以上、こっから魔皇軍との対決は激化が必至だ。俺にとっては余計にな。
そいつはマクシミリオンから言われずとも自覚していたことだが、逢魔四天……いや抹殺指令を出した魔皇その人から目を付けられているのは俺という個人だってことは連中の話しぶりでわかっている。
「安全を保証~?」
「どういうこと~?」
「だから、魔皇軍との戦いに巻き込まねえようにするってことだよ。ダンジョンに潜るメンバーに入らず待機してたってこたぁ、お前たち戦えねえんだろ?」
そうじゃなくても余所のギルドから預かってる連中を戦線に立たせるわけにゃいかねえが、戦う力がないってんならなおさらだ。
スキルが多種多様ってんなら職業もそうで、ヤチやユマみてーに補助職や生産職だと明らかに戦闘職とは強さの質が変わってくるからな……。
「戦わなくていいならありがいんだけど~」
「私たちにとってはそうなんだけど~」
「だけど、なんだよ? まさかタダ飯食らいになるってのを心配してんのか? そりゃ杞憂だぜ、戦闘以外にもギルド運営のためにやることはいくらでもあるからな。そういう仕事はしてもらうぞ」
それはもちろんするよ~、と頷く双子たちが言いたいのはもっと別のことのようだった。
「言っといたほうがいいのかな~、シズク」
「言っといたほうがいいかもね~、ヨウカ」
「クエストに置いてかれた待機組でも~」
「私たちとハナちゃんは違うってこと~」
「……? 何がどう違うんだ」
「私たちは戦えないから参加できなかったけど~」
「ハナちゃんは戦えるのに置いてかれたんだ~」
「!」
……合同クエストは人数が多過ぎても動きづらいってんでみんないたずらに頭数を増やそうとはしなかったが、別に決まった数の制限があったわけじゃあない。ガロッサへの最大挑戦人数の限度にもまだまだ余裕があった。
団長、副団長またはそれに類する立場で固めてた他のギルドはともかく、カルラは副団長以外にも三人もメンバーを連れてきていた。
だったらもう一人くらい参加させたってなんもおかしくはねえ、っつか、させねえのは変に思えるが……。
「砂川ハナがどんくらい強いかわかるか?」
「うまく比べられないけど~」
「マチコちゃんたちに引けは取らないと思う~」
「じゃあますます連れてかねえ理由がねえ。……なあ、置いてかれたってのはカルラにだよな」
「そう~、姫様がそう判断したからだよ~」
「ハナちゃんには初めから声もかけなかったみたい~」
「……おいおいおいおい」
それが意味するところは、なんだ。
招集を受ける前から確実に何かを察していたらしいカルラが、ハナの合同クエストへの参加を許さなかった。
そんじゃあハナには……そうせざるを得ないような秘密でもあるってことかよ?
「……お前たちはなんか聞いてないのか?」
「何も~」
「姫様もハナちゃんも~」
「何も答えてくれないから~」
「だから姫様のこともハナちゃんのことも~」
「同じくらい何も知らないんだ~」
「だって教えてくれないから~」
「「だけどね」」
急に声を揃えた双子は間延びした喋りをやめて、表情にも真剣みを浮かべた。
「「あの二人が互いに隠し事をしていたのは間違いないよ。そして相手の動向を探っていたのは、姫様のほう。そう、用心していたのはやっぱり姫様のほう。ハナちゃんにはいつでも余裕があった。それは今だって同じ。姫様たちがダンジョンへ出かけても、誰も帰ってこなくても、ずーっと余裕を保っている。隠し事はお互い様でも、姫様の抱える秘密をハナちゃんは見抜いていたのかも。そして……その逆はきっとない。というより、それを知りたいがために姫様はハナちゃんをギルドに引き入れたんじゃないかな」」
そこまで言ってヨウカとシズクはまた元の雰囲気に戻った。ぽけっとしたあの感じだ。……普通に話せるならずっとそうしてほしいもんだが、こいつらに言ったって聞きやしないだろうな。
「カルラはクラスメートの女子なら手当たり次第に勧誘してたってわけじゃあねえのか」
「それも間違ってはいないけど~」
「ハナちゃんだけはちょっと特殊~」
「最初に姫様と再会したのはハナちゃんなのに~」
「でもギルドへの加入は私たちの中で一番遅かった~」
「だったらそれまではどういう立ち位置だったんだ」
「たまに助言をくれるんだ~」
「すごく的確なアドバイス~」
「それに従って姫様は~」
「私たちのパーティは~」
「「他の人たちが驚くような速度でAランクになったんだ~」」
「……んだよ、おい」
折に触れて的確な助言をする。
それに従っていると冒険者として成功していく。
これってよぉ……なんだかちっとも他人事にゃ思えねえエピソードなんだが?
名も知れぬネズミ少女がふと脳裏に浮かび、なんとも言い難い温度の汗が俺の頬を撫でていった。




