231.裏切り者は他にもいる
誤字報告御礼申し上げます
「Aランク以上、かつ特段戦闘能力に秀でていること。対魔皇軍のメンバーとして選ばれるパーティないしはギルドの第一の条件がそれだ。そして言うまでもなく、アーバンパレスを含めた七ギルド。此度の合同クエストに集った彼ら全員がその条件を満たした一流の冒険者だ。魔族との全面激突を見据えた我々の砦とも呼ぶべき精鋭たちだったが……それが壊滅状態。そしてこの被害は修復がきかない」
そりゃあ、無理だな。だって主要人物たちの多くがいなくなっちまってんだから。
特に団長と副団長双方の死亡が確定してしまった『獣鳴夜』と『ブギー・ボギー』は混乱の坩堝にいるはずだ。取りまとめる人物をなくした集団なんてのは、もう組織とは言えねえ。もうギルドとは呼べねえんだ。
この二箇所はかつてない事態に直面しながらもギルドとしての体裁を整えるために、暫定でもいいから新しい団長を据えようとしているとも聞いた。混乱しててもさすがはAランク冒険者たちだ。四日も経てばこんな状況でもある程度は冷静になれるらしい。
だがその話し合いもスムーズにはいってない。
「何しろ新リーダーの決定だ。どれだけ冷静に努めようとすぐにとはいかないだろう。仮に決まったとて具体的な方針を定められるようになるのは更に先だ。対魔皇軍の戦線に加わり続けるかどうか……その点をまた話し合う時間も必要になる」
トップを失ってなお魔皇案件に関わるか。団長たちをやられた怒りで残された者は前のめりになりそうでもあれば、被害甚大と見て退くことも考えられそうだ。
ここらはそのギルドの性質によって決まるかもな。
「『ブギー・ボギー』はアルフレッド・イオルの思想を団員たちが色濃く継いでいる。手に余ると見て脱退するかもしれない。『獣鳴夜』もリーダーの影響力については同じだが、その対象がブルッケン・シャウトだからな。同じ境遇でも結論はまるで違うものになるだろう」
つまりは高確率で戦列に残ってくれそうだってことだ。
それ自体はありがたいことのはずだが、いまいちマクシミリオンの表情は硬い。
つって、何を危惧してるかはわかるぜ。
言動は粗野そのものだったブルッケンだが、あれでもギルドの長、一個の群れの頭としては不足のねえ実力と求心力を持った男だったわけだからな。
しかしそんな絶対のリーダーを失って、しかも復讐心に燃えているであろう新体制の『獣鳴夜』は単純な戦力としてはともかく、それ以外の要素においてマクシミリオンが対等と認める域に達していない。――少なくともアーバンパレスという世界一のギルドと肩を並べられはしない、と考えているんだろう。
同盟ってのは足並みを揃えてこそ意味があるからな。
勝手に突っ走っちまいそうなのが横にいたら戦列もクソもねえわな。
ちなみに言っておくと、逆にみんなから遅れちまうことで足並みを乱しそうだと心配されてたのが先日の俺たち『アンダーテイカー』だ。
「この点に関しては生死不明の『巨船団』や『天道姫騎士団』のほうが迅速だったな。次なるリーダーの選定に割かれる時間がなかったからだろうが、それにしても判断が早い」
なまじ死亡がはっきりしてることで話の進み具合が遅れる。それもまあ、わからんでもない。リーダーが行方知れずなのも団員たちにとっちゃかなりの負担のだろうが、だが彼らの場合は『生きている』とひとまず仮定して行動することができる。
ガレルのとこも、カルラのとこも。
答えはさっぱりしていた――団長が帰ってくるまで作戦には参加しない、だ。
「同盟破棄。完全ではなく一時なのが幸いと言えるが大した慰めにもならんな。七ギルド中のふたつを失った。団長・副団長が発見されるかあるいは自力帰還しない限りは戦力に数えられない。『ブギー・ボギー』も脱退が予想されるので三つ。敵側のスパイだった『韋駄天』を含め四つ。これで同盟に賛同したギルドの半数以上が魔皇軍との戦いから既に退いていることになる」
……改めて考えると現状は恐ろしいな。魔皇軍対策会議で顔を合わせ、頼りになりそうだと思えた連中が十日と経たずにこんなことになっちまうなんてよ。
Aランクギルドは他にもある。別のギルドに声をかけりゃあ同盟だって新体制を整えることができるだろう――だがカルラも言っていた通り、他のギルドはいくらAランクといえども初めの選出から漏れている。選ばれたギルドと比べるとどこかの部分で劣ってるってこたぁ確実なんだ。
や、何も選び直しの面子が駄目だと端から決めつけてるわけじゃねえ。
ただ問題なのは、最初に選ばれた面子ですらなんの成果も上げられず壊滅したってことだぜ。
「そうだ、今回の件は痛恨と言っていい。戦力としての人手を多く失いすぎた――しかも遺憾なことに、俺たちが失ったのはそれだけではない」
「……紅蓮魔鉱石」
ぽそりと呟いたメモリに、しかつめらしい顔付きでマクシミリオンは大きく頷いた。
「『ガロッサの大迷宮』が消え、お前たちがキッドマンら共々外部へ排出されると同時に、大扉ごと紅蓮魔鉱石も消え失せた。逢魔四天スオウの述べたことが確かであるのならまず間違いなく魔皇軍の手に落ちたと見ていい。何かしらの兵器としての力が眠っていると目されるガロッサの紅蓮魔鉱石……対魔皇軍の切り札になるはずだったそれが魔皇の手に渡ったという事実は非常に認め難いものではあるが、その覚悟をしておかねばなるまい」
そして、とあえてそこで言葉を区切ったことがわかる口調で彼は続けた。
「不可解と言ったのはまさにそこだ。――周到が過ぎる。そうは思わないか?」
「それは、魔皇軍の動きがってことっすか」
「その通りだ。魔皇の知識は政府側を含めた我らの遥か先……否、遥か昔を行く。紅蓮魔鉱石の扱いに精通しているからにはガロッサの石の真実を知り、前々から奪取を目論んでいたと推定することはできる。……だが、だとしてもだ」
「……、」
言われてみりゃ確かに、変かもな。
ビットーがまさかのスパイだっつー暴露に仰天して、そりゃ作戦が漏れるのも逆手に取られるのも当然だと思ってそれ以上深くは考えなかったが……会議でガロッサ完全攻略が発表されてからクエスト実施までは僅かに三日しか空いてないんだぞ。
紅蓮石と紅蓮石を繋げて転移ができるってことでインガやシガラがダンジョンの奥から姿を現したのはなんもおかしくねえ、と納得していたが、それにしたってちと行動が早いよな。
奴らにあった準備期間は実質二日間程度。
それで全てを終わらせたんなら報告・立案・決行がいくらなんでもシームレスすぎる。
それでいて連中は冒険者の皆殺しまで狙って。
しかも他の面子よりも俺の始末に注力していやがった。
紅蓮魔鉱石の強奪ただ一点に全力を傾けるならまだしも、奴らにはサブの任務を遂行するだけの余裕まであったことになる。
これじゃまるで――会議で合同クエストの内容が周知されるよりも前から、魔皇軍はガロッサを戦場にする気満々でいたみてーじゃねえか。
「俺の懸念はまさにそこなのだ、ゼンタ。紅蓮魔鉱石の神秘に可能性を見出したことに端を発するガロッサの完全攻略クエストは、正確に言えば対魔皇軍会議で決定されたものではない」
「あ、そうか。あれは単にジョンさんが発表しただけで俺たちゃ何か発案したわけでもなけりゃ、決定権だって持っちゃいなかった……ってこたぁ」
「それ以前より漏れていたのだとしか考えられない。――要するに『韋駄天』のみではなく、裏切り者は他にもいるのではないか、と。俺はそれを疑っているのだ」
「「「……!」」」
驚いた、ってよりゾッとした。そんなことちらりとも頭に浮かばなかったが、そうだ。他に裏切り者がいないなんて保証はどこにもねえんだ。
今この時も仲間面をして協力してる中の誰かが、魔皇に献上すべく色々と人間側の情報を集めている最中かもしれない。そう思えばうすら寒いもんがあるぜ。
と、そこまで考えて。
俺には最悪の想像ができちまった。
「おいおい、まさか。まさかだぜマクシミリオンさん。その他の裏切り者ってぇのは……」
「…………、」
「まさか俺たちのことを疑ってんじゃあねえでしょうね……!?」




