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230.離反者一名、死亡者六名、行方不明者八名

「――酷い顔付きだぞ、ゼンタ。休めていないのではないか? 本格的に体調が辛いようなら日を改めても構わないが」


「お気遣いどうも、マクシミリオンさん。だけどそっちも、その目の下。隈がすげー濃いっすよ」


 呼び出された『恒久宮殿アーバンパレス』のギルドハウスはそらーもう立派な建物だった。ハウスってよりはまんま宮殿パレス。敷地面積こそ統一政府セントラル本部には及ばねーが豪奢具合なら引けを取らねえぜ。


 そして、そんな大層な宮殿の主こそ目の前にいるこの人物。


 マクシミリオン・カイザス。

 ちゃんと話すのは魔皇軍対策会議の日に顔を合わせて以来だから……これで二度目ってことになるな。


 今はあのときにゃ不在だったサラもいて、『アンダーテイカー』揃い踏みで対面しているところだ。


「てんやわんやなんでしょう、どこもかしこも。だったら俺だけ甘えたことは言ってられねえっすよ」


「そうか。そう言ってもらえるとありがたい。こちらとしても事を急ぎたい気持ちはあった。……では、バーネスク」


「はい」


 俺たちがいる場所はマクシミリオンの私室のようだが、居合わせる人物がもう一人いた。


 部屋の主の隣に執事がごとく控える初老の男性は自らをバーネスクとだけ名乗って、それ以上のことは何も口にしなかった。急ぎたいという言葉通りにマクシミリオンも彼について教えてくれるつもりはないらしい。


 まあそれも当然だ、のんびりと自己紹介をする余裕なんて俺たちにはないんだから。


 時間的にも、精神的にもだ。


「まずはマーニーズについてを」


「は。――実質的に彼女はリタイアと言っていいでしょう。傷が深すぎました。辛うじて一命をとりとめたものの弱り切っておいでのようで、面会もままなりません」


「「「……っ、」」」


 俺たちが気に病んでいることを知ってるもんでマクシミリオンは話題の初っ端にマーニーズの現状を選んだんだろうが、とてもその気遣いに礼を言えるような気分じゃなかった。


 リタイア。つまりはもう、戦えないってことだ。


 サラを通じて教会本部から軽く事情を聞いてもいるんで深刻だってのはわかっちゃいたんだが……こうもはっきりアーバンパレス側から言われちまうとやっぱり辛いもんがあるぜ。


「マーニーズさんが復帰することはないんでしょうか……?」


「戦う力を取り戻すことは可能でしょうな。現在リハビリに励んでいるスレンティティヌスのように、彼女が再び冒険者界隈の第一線へ立とうとするならば」


 そうだ、たとえ魔皇軍との戦いには間に合わなくたって、やろうと思えば復帰はできる。弱っているとはいえそこはやはりエンタシス。常人とは体の造りが違う……魔族なんかのマジで構造が違う奴らとは別の意味でな。


 リタイアと言っても最初からカムバックは視野に入ってるはず。

 そう思いたい俺たちだったが。


「しかし彼女の場合は数年後を見据えた復帰も難しい。……心が決定的に折れてしまっているのです。肉体の傷より遥かに深刻なのはそちらのほうだ」


「え……」


「ジョンですよ。彼の死が彼女には耐えられなかったのでしょう。何せ彼は我が身を犠牲にしてマーニーズを救ったものですから」


 聞けば、マーニーズの心臓は一度完全に止まったのだとか。己の死を如実に感じ取ったマーニーズを、同じく死の淵にいたジョンが雷魔法によって救った。


 窮地においてもなお陰らないジョンの微細な魔力操作によって息を吹き返したマーニーズは、しかしどうしても体が動かず、自身を救った仲間が動かなくなるのを横で見ていることだけしかできなかった、と。


 そんな話を聞かされちゃ……なんも言えやしねえよ、ちくしょう。ましてや復帰してくれなんて軽はずみな言葉を寝たきりのマーニーズに届けられるわけもない。


「痛ましいことだ」


 瞼を下ろし、眉根を寄せて黙っていたマクシミリオンが重々しい声でそう言った。


「あの二人の仲睦まじさは誰もが知っている。ジョンが命を落としたのは決してマーニーズの責任ではない。だが彼女自身はそう思わない。厳しく己を詰り、責め続けることだろう……もしも許せるときが来るとしても、それがいつになるのかは誰にもわからない」


 ジョンだけならば。おそらく彼はマーニーズにやったことを自身に施して、助かっていたはず。それは歴然とした事実として誰もが気付いていることだ。


 そのせいで余計にマーニーズは自分を責めてるに違いねえのが、なんとも世知辛い。ジョンは惚れた女のために命を捨てたが、その行為が何よりマーニーズを苦しめてるんだ。


「ちっ……悪いのはインガだぜ。奴がもう戦えねえジョンさんたちを襲いやがったから……あの野郎がトドメを刺して回ったに違いねえんだ」


「そうだな。君たちとマーニーズの証言によればそう考えるのが妥当だろう。魔皇に対し反目を見せたという逢魔四天、スオウの思惑や動向も気になるが。次はマーニーズ以外のクエスト参加者たちについてだ」


「判明している事実のみを申し上げさせていただきます。『獣鳴夜ビーストナイト』のブルッケン、フェン、ミョルニ。それから『ブギー・ボギー』のアルフレッド、シンドラー。そこにジョン・シャッフルズを加えた六名がいずれも死亡。『韋駄天』のビットーは同盟より離反し魔皇軍へ。同パーティのスィンクに関しては言及がなく行方不明扱い。同じく『巨船団ガレオンズ』のガレル、テミーネ。『天道姫騎士団プリンセスナイツ』のカルラ、マチコ、ルナ、アケミ、マリヨが揃って行方不明。……この場合の不明とは生死の判別がつかないという意味でもありますのであしからず」


 まとめると。

 離反者一名、死亡者六名、行方不明者八名。

 生存は俺たちとマーニーズのたった四名。

 そういうことになる。


 そのうえでクエストにゃ失敗ってんだから、惨憺たる結果としか言いようがねえ。


「スィンクについてはたぶんスオウと同じだとは思うけどよ。いったいB班は……カルラやガレルさんたちはどこに行っちまったんだ?」


「うむ……これまでもガロッサの大迷宮内での死亡者は、時間をかけてダンジョンへと飲み込まれていった。構造の変化ではなくガロッサそのものの消失は勿論今回が初めての事例ではあるが、そのルールに変更はなかったようだ。生きた君たちは外へ排出され、君たちが死亡を確認した者たちは全員がダンジョンと共に消えてしまった……」


 クエスト開始後に大扉から出てきた者はない。そして消失に合わせて弾き出されたのは俺たち四名と、セーフティーエリアの手前に詰めていたキッドマンら三名のみ。


 そこから判明するのは――行方不明者たちは生きて大扉以外からガロッサを後にしたか、あるいは内部で死んじまったかのどちらかしかないってことだ。


 そしてガロッサを出たと仮定するならば。


「どのような手段で。それが問題ですな」


「そうだな、バーネスク。ゼンタが敵から聞き出した情報によって転移でのガロッサへの出入りは必ずしも不可能ではなかったと判明したが、とはいえそれは別の紅蓮魔鉱石を用いた限りなく特殊な手法を用いてのこと。それと同様の真似を『巨船団ガレオンズ』や『天道姫騎士団プリンセスナイツ』が可能にしたとは考えにくいことではある」


 絶対にない、とは言えねえ。

 ガレルたちだけならまだしも、カルラ率いる五人組は全員が来訪者。

 スキルっていう不確定極まりねえ能力を持ってるんだからな。


 ひょっとすりゃあ紅蓮魔鉱石なしでもガロッサから脱出ができた、ってのも十分に可能性のひとつとして残せておけるだろう。だがそうだとすると、あれから四日経った今でも誰も顔を見せないってのがおかしい。


 カルラたちが活動しているこの中央都市セントラルシティにも、『巨船団ガレオンズ』の本拠地ホームであるプーカにも。彼女らの誰一人として戻ってきちゃいないんだ。


「ならば生存における第二の可能性……連れ去りが起きたか。状況からして最もあり得る線がこれだ」


「っ……、」


 淡々と推理を連ねるマクシミリオンだが、俺はそれを冷静に受け止めることはできなかった。


 連れ去り……要するに敵による誘拐ってことだ。


 俺がやられて寝ぼけてる間に、インガとスオウの手によってB班は丸ごと誘拐されたかもしれねえ。

 まだそうと決まったわけじゃあねえがマクシミリオンの言うように、現状確かにそれが一番自然な捉え方だろうよ。


 なんのために連れ去ったのか。

 そこが疑問ではあるが、正直あまり考えたくねえことだ。

 何故なら性別不詳のスィンクを除き行方不明者たちは全員……女だからだ。


 どうしても最悪の展開が浮かんじまう。


「なんのために。そうだな、そこも話しておこう。魔皇軍の動き、狙い。それは君たちのおかげでよくわかった――そして。それによって非常に不可解な点も浮き彫りとなった」


 一段と重い口調で、マクシミリオンは俺たちを射貫くように見た。


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