23.死へのダイブ
「ああっ! き、来ちゃいました!」
「ぐっ……! マジかこれ……!」
俺たちの前に現れたのは、ピークビックの群れ。
それも空を覆いつくさんばかりの大群だった!
「仲間を呼ぶって、これはやり過ぎだろ!」
「キィイエェ!」
俺をしこたま突いた最初の一匹が鋭く鳴いた。それはたぶん号令だったんだろう。その声が響いた途端、数え切れないだけのピークビックたちが一斉に俺へと向かってきた!
「狙いはやっぱ俺か……! だったら!」
「ゼンタさん!? 無茶ですよ!」
単身迎え撃とうとする俺にサラが叫ぶ。
同感だが、だからって何もしないわけにはいかんだろうが!
「【武装】、『恨み骨髄』!」
つつかれたぶんの微量の恨みパワーが籠った背骨の剣。そいつを襲いかかってくる先頭のピークビック目掛けて振るった。
「ギィっ!」
「ギィイ!」
「ギエッ!」
俺の痛みと減ったHPの量だけ怨念で強化された剣が、何匹ものピークビックをまとめて打ち払った。
が、これだけ圧倒的な数を前には数匹やっつけたくらいじゃ焼け石に水だった。
「この――ぐぅああっ!」
「ゼンタさん!」
奮闘も虚しく一瞬で飲み込まれ、視界が鳥の羽ばたきだけで埋め尽くされる。そして体中を突き刺してくる嘴の乱打。
傷こそ負わないが、HPはみるみると減っていく。
しかもそれだけじゃない、一匹一匹は小さくてもこれだけの群れの圧力は凄まじく、俺は思い切り押し流されてしまった。
あっという間に崖際へ追い込まれた俺へ、サラが駆け寄ってくる。
「『プロテクション』!」
透明な防御用の壁を張るサラの技。半球状のそれが俺たちを守ってくれた。
だがこの壁が機能するのはほんの一瞬らしく、その瞬間だけは嵐が止んだような静かさだったが、壁が消えたらまた鳥の群れという暴風が襲ってきた。
しかも今度は、俺の傍にきたサラにまで被害が及んじまう。
「ばか、離れてりゃお前は無事だったのに……っ!」
「そんなことできません! 『プロテクション』!」
嘴に突き刺され、サラの手や頬の何箇所からも血が出ているのがわかる。
そうだ、こいつは俺と違って怪我をしちまう……ただHPが減るだけじゃ済まされない!
「くっ……俺の後ろにいろ!」
また一瞬で壁が消える。だが決して無駄じゃない。『プロテクション』で得られる一呼吸は攻撃の準備に使える。
「おらぁ!」
力の限り恨み骨髄をぶん回す。さっきよりもたくさんのピークビックをやっつけられた。だが全体からするとほんの数パーセントってところだろう。まだまだ群れの勢いは収まらない。
「また頼む!」
「『プロテクション』!」
サラの技は一回発動すると次の発動までにちょっと間を置く必要があるらしい。ならその間に俺が壁役で正面に立って攻撃をし、キツくなったら『プロテクション』で守ってもらって呼吸を整え、また攻撃を始める。この戦法であれば俺はSPを使わなくて済む。それはつまり、SPをHPに替える【補填】が活きるということだ。
これなら十分にHPは持ってくれるだろう――あとは俺の体力勝負だ!
と、作戦を練ったはいいものの……俺はピークビックのほうも同じく作戦を練るってのを考慮してなかった。
頼みの綱の『プロテクション』。半球状の形の都合上、それが正面からの攻撃しか満足に防げないことを奴らは見抜いたようで、一斉に攻めてくるのではなく小癪にも半分ずつに別れやがった。
その上で、タイミングをずらして突っ込んできた!
「『プロテクション』!」
サラが俺の向くほうと反対側、つまり崖側から飛んでくる群れの大半を壁で防いだ。が、回り込んでくる奴に対してはそれだけじゃ対処できない。俺も前から来るのを追い払うので精一杯だ。
「きゃあっ!」
サラの悲鳴。数匹が一塊となってサラを突いたのだ。服の上からで怪我は浅く済んだようだが、衝撃のほうが問題だった。押されたサラは、ふらりと。
崖から足を踏み外しちまった!
「あ……、」
「サラッ!!」
落ちていく。その最中、目を見開いたサラが、俺のほうに手を伸ばした。
そこで俺は迷わず跳んだ。そしてその手を掴むことができた――空中で、だけどな。
「ゼンタさ、」
「掴まってろ!」
サラを抱き寄せる。恨み骨髄を手放し、【武装】を再発動。
「『肉切骨』!」
呼び出した骨のナイフ。逆手に握ったそれを、俺は全力で崖の壁面に突き刺した。
切れ味はいまいちなナイフだが、突き刺すぶんにはそれなりだぜ!
「ぐぅううおおおおおおっ!」
ガリガリガリガリガリガリガリガリッ!!
壁面が削れていく。二人分の体重が俺の右手一本にかかり、負荷が途轍もないことになっている。だが俺のレベルは11だ。1の頃と比べたらどのステータスも見違えるほど上がっている。一部を除いてな。だが少なくともパワーが上がってんのは実感してんだ!
このくらいはやってやる! と歯を食いしばっていたら、少し落下速度が緩やかになってきているように感じた。
これはいけるか……!?
「あ!?」
言っとくが、俺は気を抜いちゃいねえ。力は一切緩めてなかった。まだ決して限界なんかじゃあなかった――なのに、壁面のほうがボロっと大きく崩れやがったもんで、ナイフが崖から離れちまったんだ。
「しまった……!」
体勢が崩れた。それに、壁から距離ができちまった! もうナイフを突き刺そうにもこれじゃ届かない。せっかくもう少しで落下を食い止められそうだったっていうのに……!
「いえ! 暗くてわかりづらいですが、もうすぐ地面みたいですよ!」
「それじゃやっぱ死ぬじゃねえか!?」
いくらスピードが緩んだといってもまだまだ相当なもんだ、この勢いで地面に叩き付けられて無事で済むはずがない。
つーか絶対に死ぬ!
万事休すかと俺は顔を顰めたが、サラは傷だらけの顔で、だが希望を見失っていない眼をしていた。
「これくらいの速度なら、あるいは……ゼンタさん、私に掴まって! 絶対に手を放さないでくださいね!」
「お、おう!」
何が何やらわからないままに、俺はサラの言葉に従った。
左手だけでなく右手もサラに回して、背中から抱きしめるように密着する。
「そのままの姿勢で――『プロテクション』!」
死へのダイブ。言葉にすりゃそんな状況だってのに、サラはめちゃ冷静だった。冷静にタイミングを見計らい、地面に激突するという瞬間に下へ壁を張った。
ドガゴッッ!!
鈍重な衝撃音が響く。
壁越しにもビリビリした感触がやってきた。
振動の波と一緒に俺たちも揺れた……が、それだけだった。
壁が消えて、二人まとめてどさっと落とされる。
「い、生きてる、のか」
「はい、どうにか……。ギリギリでしたね」
「お前、すげえ度胸してんな」
「あは、それほどでもないです」
あの、ちょっとよけてもらえます? と控えめに言われてサラに覆いかぶさったままだと気付き、俺は慌ててそこからどいた。
よっこいしょと体を起こしたサラは、座ったままで頭上を見上げた。
「わ、見てください。下から見ると余計に高く感じますよ」
「こんな高さを落ちてきたのか……」
どうにか陽の光は見えるが、自分たちがどこから落下してきたのかもわからないくらいに崖は高くそそり立っていた。ピックビークの影もここからじゃまったく見えない。
「すまねえ、サラ。俺がいらんことしたせいで危うく死ぬとこだった」
「本当ですよ! 迂闊に手を出してはマズい生き物だってたくさんいるんですから、気を付けてくれないと」
まさしくその通りだ。森の経験が俺を自惚れさせていたのかもしれん。
それで自分だけがピンチになるのはともかく、今回はサラまで巻き込んでいるわけだからな。言い訳のしようもねえよ。
「まーでも、今はいいじゃないですか。こうして二人とも助かったんですから。私たちの運も捨てたもんじゃありませんね! 実は『プロテクション』でも防ぎ切れるかどうか、賭けだったんですよ。思ったよりも地面が柔らかかったからどうにかなりましたけど」
「ん? 言われてみりゃ確かにここ、地面にしちゃ妙な感触だな?」
――足元の不可解さに一緒になって首を捻ったが、その原因はすぐにわかった。
俺たちが地面だと思っていたそれは、とある生き物の身体の上だったのだ。
そこから降りて全容を確かめた俺とサラは、どっちも口をあんぐりと開けた。
「「ど、ど、――ドラゴン!」」
そう。
噂のウラナール山のドラゴンと思しき存在が、死体という永遠に目覚めることのない姿でそこに鎮座していたんだ。




