227.ようやく殺し合えるんだぞ
「オイラがいらないものだって? そう言ってんのかよ、インガ!」
「なんだ、ちゃんと理解できてんじゃないか。――今回あんたが任された仕事が何か。その口で今一度言ってごらんよ……まさか忘れちゃいないだろう?」
試すようなインガの眼差しにスオウは一瞬ぐっと言葉に詰まったようだったが、すぐに口を開いて。
「統一政府の……人間側の方針を探ることさ。前々から作ってた『韋駄天』っていうアンダーカバーが功を奏したから、魔皇軍対策会議の中身も調べられた。オイラの仕事はそれを魔皇様へお伝えすること……なんか間違ってるか?」
「それだけじゃあないよな。今日、ここで。あんたのすべきこととはなんだった?」
「……冒険者たちを、対魔皇軍の面子を始末することだ」
「そうだ! 予め制圧したガロッサへと誘い込んで、魔物をけしかけ疲弊させてからピースゴーレムと協力し、殺せるだけを殺す。逢魔四天スオウにとっちゃ安い任務だ、鼻歌交じりでもこなせちまう。なのにどういうことだろうな? あんたが人間たちを誰一人すら殺してないってのはさ……!」
「……!」
何故それをインガが知っているのか。もしや、と思わず表情を変えるスオウにオニの少女は小憎たらしい嫌味な笑みを向けた。
「なんだいその面は。私が坊やたちを放って、単に大扉からここまでを往復してただけだとでも思ったのか? 違うね。ちゃーんと他にもやってきたさ……あんたのやり残した仕事を私が片付けたんだ。ケツを拭いてやったんだぜ、せいぜい感謝してほしいもんだね」
「か、片付けた……?」
「白々しい、わかってんだろ。お前が生かした人間たちは……もう誰も生きちゃいないってことが。動けなくはなってたがピンピンしてたもんなぁ、あいつら。だから私が丁寧に一発ずつぶち込んできたよ。あれで助かるなら大したもんだが、まあまず生き残りはしないさ」
「…………、」
あえて殺さなかった。それは事実。インガの言っていることは正しい。
だが『殺せなかった』ではなく、自分がわざと見逃したと確信しているその態度は謎だった。
A班やエンタシスたちは殺しこそしなかったがすぐには動けない程度に痛めつけた。
そこをインガに襲われたのだとすれば、確かにまず生きてはいまい。
この少女の拳が命を討ち漏らすことなどそうそうありはしないのだから――それ故にスオウは。
「何人かは見つけられなかったが、どこへ行ったのやら。大扉の近くで構えてる小僧たちは異変に気付いてる様子もなかったし、まずガロッサから出ちゃいないってのは確かなはずなんだが……まあいいさね。鬱陶しいエンタシスを二人葬れただけでも儲けもんだ」
「それだ。ちと酷くねーかよ、インガ」
「ん、なにがだい」
「この任務はあくまで紅蓮魔鉱石が主目的。オイラのやることなんて事のついでの、おまけみてーなもんじゃねーか。そりゃあ手抜かりをしちまったのは悪かったけどよ、それくらいのことでオイラを見捨てようなんて冷たすぎっぞ」
故にスオウは探る。せっかく救った命を台無しにされてしまったことはひどく残念ではあるが、今の彼にはそれ以上に解明すべき急務があった。
――いったい、いつから?
人間たちを仕留め損なったというだけでインガがこんな行動に出たとは考えにくい。とすれば、自分をいらないものだと断じるだけの材料が他にもあるということになる。
それはどういった理由で、そしていつのどこから自分は疑われていたのか。
「すっとぼけやがる。薄々勘付いて……いないのか、その顔は。まったく呆れた男だな。もうちょっとくらい考えろっての……どうして魔皇様は、最初に完成に至ったピース・ファイブをお前の傍に置いたと思う?」
「……!」
「どうして人間側に潜らせるような任務ばかりさせた。その果てに統一政府の懐にまで入り込めるようになったお前の立場を、惜しむことなく捨てるのは何故だ。いくら紅蓮魔鉱石さえ手に入ればいいと言ったって、Aランクパーティ『韋駄天』っていう蓑は捨て去るに惜しいもんだろうが。もっともっと上手な使い方ってもんがこの先にもあったろうに、魔皇様がそうしようとしない訳はどこにある……?」
「…………っ、」
臍を噛む。スオウの表情と感情は限りなく一致していた。もうわかった――わかってしまった。とっくの前から既に取り返しなんてつかなくなっていたのだということを。
いや、あるいは。
「答えは簡単だ。魔皇様は端っからお前を。スオウという魔族を信じちゃいなかったからさ。それでも手元に置いたのは、逢魔四天という最も自分に近い位置へお前を据えたのは、そのほうが魔皇様にとっても都合がよかったからだ。あちら側のスパイであるお前を監視下でわざと泳がせてたってことさ」
――最初から騙されていたのは自分のほうだったのだ、と。
スオウはそう気付いてしまった。
「……インガが何を言ってんのか、オイラにゃさっぱりわかんねえさ」
「ハ、また白々しくなったな。その図太さは好きだぜ? だが駄目だよスオウ。あんたの賭けられる望みなんざ一縷だって残っちゃいないんだ」
「……、」
「堂々と魔皇様の命令に背きさえしなければ、まだ一緒にいられたかもね。だが今回のことでいよいよ離反も明確になった。おっと、離れても反してもいないのか。あんた元からこっち側じゃあないんだもんな」
「インガ、待ってくれよ。オイラは――」
「いや、いい。言い訳も弁明もいらん。何も私は責めてるわけじゃない……むしろ礼を言いたいくらいなんだ。お前のおかげであちらさんの動向も読めた。その時がくるまで魔皇様の障害はあってなきが如しだ。……ふん、まず元勇者との激突は必至だろうけど、まあ、そんくらいのもんだ。あとの露払いは私と魔下三将。そして『マスターピース』で釣りがくる」
だからもうお前はいらない、と。
インガはそんなセリフを吐きはしなかったが、スオウの耳には確かにそう聞こえた。
「鬼拳――」
「!」
「『百花打ち』!」
会話を打ち切る。次は言葉ではなく拳を交わす番。
正拳、鉄槌、背手、水平手刀、唐竹手刀、掌底、ロングフックにボディーブロー。ありとあらゆる種類の打撃が一度に放たれるオニの力技にして妙技が繰り出されるが、それを受けるはテンマのスオウ。常人ならば一秒とかからずにミンチへ調理されるその暴撃の嵐の全てを避け切ってみせた。
最後の一打まで躱し、スオウは跳躍。両者の距離は離れた。
「かかっ、こいつを全部避けるなんてお前さんくらいだよ!」
「くっ、インガ……!」
凌がれたほうが笑い、凌いだほうが苦しみを見せる。インガにはそれが心の底から不満に思えてならなかった。
「なんて顔をしてんだい、スオウ。私らは共に立場に則してるだけじゃあないか。あんただって覚悟は決めてたはずだろ――ようやくだ! ようやく殺し合えるんだぞ! 正々堂々たる死合いだぜ、それを楽しまないでどうするってんだ!?」
「っ、そっちがその気なら……!」
トトン、と宙を蹴る。一瞬でテンマ元来の姿へと変身したスオウが虚空を蹴って自らインガへと迫る。
「釈迦力・『魚鼓』!」
「ハ――鬼拳『大蕾』」
空間を伝うスオウの衝撃波に対し、インガは慌てず騒がず柏手をひとつ。蕾を思わせる形で打たれたそれはその両手からパンと力を弾けさせた。
軽い音だが破裂した力は強大そのもの。
近距離から放たれた『魚鼓』を完全に消し去るほどだから凄まじい――しかし技を潰されたことにスオウはちらりとも動揺を見せなかった。
彼はインガならそれくらいのことはやって当然と承知しているからだ。
「今のは目眩ましだぞ!」
「んなことは知ってるさ!」
衝撃同士がぶつかり合う最中、目にも留まらぬ素早さでインガの背後に回ったスオウの一撃。それを目で見て確かめることもせず、背後への即座の背足蹴りでインガは迎え撃った。
ゴッギン! テンマの打突とオニの蹴撃が重々しく激突する。
「ちぃっ!」
「!」
威力は互角。そう悟った瞬間にスオウはまた宙を蹴った。
そしてそれを連続させる。ピンボール。得意の空間乱反射によってスオウは少女を惑わしにかかる。一蹴りごとに速度を増していくその技の厄介さはインガにとっても困りもの。さしもの剛力無双を誇るオニであっても速度の領域ではテンマにはとても及ばない。
追いつこうとして追いつけるものではない――なので少女が取る行動は、先の戦いでゼンタが導き出した答えと同じもの。
即ち待ちの姿勢である。
「っだぁ!!」
「――!」
スキルによる防御の上からでもゼンタの意識を刈り取らんとした一撃。それが今度は一切の加減なく、足を止めているインガへと迫り――。




