222.約束は守らねーとな
「なっ――んなんさっ、これは!?」
スオウの顔色が変わった。
抉られた胸の痛みで歪んでいた顔が、それとは別の苦痛でさらに歪んでいる。
「ち、力が奪われる……命が、吸われている!?」
「へえ、そこまで気付くかよ。スキルに詳しいことといいてめえのほうこそ油断ならねえな……だが、わかったところでこいつはどうしようもねえぜ」
【血の簒奪】は減ったHPを敵から吸収して回復するというスキルだ。攻撃と回復が同時かつ自動で行われる、強ぇなんてもんじゃねえトンデモだ。
条件として設定されている『対象を自分の手で傷つけて流血させる』ってのが相手によっては達成できねえんでピーキーではあるが、ひとたび発動してしまえばこれほど凶悪なスキルもない。
複数には使えないとか、戦闘が継続していても対象と離れすぎると強制解除されるとか、まあ欠点と言えなくない部分もちらほらとはあるが、少なくともそんくれーのこたぁ今のような一対一の状況なら大したデメリットにもならんわな。
「勝負ありだぜ、スオウ」
「なにおう……!」
俺のHPはしっかりと回復している。逆に奴のHP……生命力、か? それはゴリゴリと減ってるはずだ。
こうなっちまったらもう詰みだろ。こっから先、スオウがいくら俺を倒そうとしたって、殴れば殴るほど自分の命を削ることになるんだ。
対処法としちゃ、ふたつ。
委員長の『サンドリヨンの聖剣』が持つ、スキルそのものを無効にする力で【血の簒奪】を解除するか。
もしくは一撃で俺のHPをゼロにすることだ。
だが、不浄のオーラは払えても大鎌自体は消せなかったスオウにスキル解除の手段はないだろう。そんで後者に関しちゃ、俺がそうはさせん。
スピードは遅々たるもんとはいえ、回復アドバンテージがある限りそうそう負けはねえしな。
やっぱスオウは考えるほどに詰んでるぜ。
だから勝負ありだと言ったんだが、野郎はそんな言葉を聞き入れるつもりなんぞ毛頭ねえようだった。
「これしきでオイラが! 参ったなんて言うと思うなよ!」
「!」
消えた――いや、見えてる。さっきよりスオウの動きが追える。【明鏡止水】の効果でようやく目が慣れてきたか? これならうまくいきゃ【察知】と合わせて完璧に対応できるようになるか、と思ったんだが。
「っさぁ!」
「がはっ……!」
カウンターを叩き込もうとして、失敗した。
俺は腹を殴られ、カウンターどころかガードもできずに吹っ飛ばされた。
こ、こいつ。殴る直前、また速度が上がった!? 動きのキレが一段上になっただと……! スオウめ、全速力とか言っときながらまだトップスピードにゃ入ってなかったのかよ!
「まだまだぁ!」
閃光のような速さでスオウが走る。仰向けに倒れている俺に肉食獣を思わせる襲い方で飛びかかってきた――っし、ギリ見えはする! いずれは奴の速度も捕えられるようになる、気がしてきたぞ。
だが今のところは予測でなんとかするしかねえな!
「ぐっ……んなろ!」
【察知】の気配はひどく大雑把だった。奴が降ってくるってことしかわからねえのは、ギリギリまで奴自身もどこを攻撃するか決めてねえからだろう。
さては急所狙いが読まれたんで方針を変えやがったな。何かにつけ如才ない奴だ――が、それでも俺からすっとどこを攻められるか予測を立てるのは難しくない。
「――!」
「へっ、的中……!」
ギリギリまで決めないってこたぁ、こいつも迷ってるってことだ。決断は最後の最後、拳を打ち出す寸前。そこに論理的な思考なんざ存在せず、無意識こそが判断材料になる。
――胸をやられたからにゃあ、こいつのことだ。必ずやり返してくると思ったぜ!
「っらぁ!」
「っぐ! ……へへ、オイラも的中だ」
「!」
交差させた両腕で胸部狙いの殴打を防ぎ、腹を蹴り上げてやった。
【黒雷】を打ち込みたいとこではあったがスキル発動の刹那でこいつは目の前から消えかねない。とにかくまずは野郎の体力を減らして動きを鈍らせることだ――そう考えて素の蹴りを放ったんだが、多少無理してでも【黒雷】は必要だったかもしれねえ。
蹴りは命中こそしたが、その代わり足を掴まれちまった……!
「――ふんっ!」
「なぁっ……にぃ!?」
ぶん! と片腕だけで思い切りぶん投げられた。顔から壁に突っ込んじまいそうになって、俺は慌てて背を丸めて肩からぶつかりにいった。
「が……っ、」
だが衝突の勢いは相当なもんで、多少打ちどころを良くしたところで殺し切れるもんじゃあなかった。
くそったれ、あんにゃろう! 手負いのくせに無茶苦茶やりやがる。むしろ傷ついたことでパワーまで上がってやしねえか?
まったく魔族ってのは本当にとんでもねえ奴らだ――だが、しかし。
今はそうやって暴れれば暴れるほど。俺のHPを減らせば減らすほど、自分の首を絞めることになるんだってのをわかってねーな?
「――うっ、」
スオウががくりと膝をつく。壁にもたれて動けねえ俺は絶好の的だ、追撃しねえ選択はあり得ねえ……けれど奴にはそれができない。足に力が入らなかったからだ。
「よお。俺もボロだが、そろそろてめえだってマズいんじゃねえか……?」
「……!」
【血の簒奪】の回復量は一定じゃなく、割合で変わる。レベルアップを重ねてHP総量が増えてる今、遅い吸収速度でも敵から吸い上げる量はかなりのもんになってんだ。
そこを野郎は自分の傷も顧みねーでばかすか攻め立てたもんだから、リミットが急激に早まっちまったわけだ。
最初に【血の簒奪】の餌食になった網角の鹿。子供を守るためにそうせざるを得なかったあいつに比べると、スオウは誘い込みやすい獲物と言える。
『レベルアップしました』
「おっと……、」
こんだけ戦り合ってんだ、そら経験値も溜まるか。HPもSPも最大値まで回復した。
そのせいで【血の簒奪】の吸収が止まっちまったが、こんなのは大した問題じゃねえ。減ったらどうせまた吸収も再開されるんだ。
それよりステータスが上がったことのほうがデカい。素の力が上がれば上がるほど【超活性】や【明鏡止水】の効果も上がるんだからな。少しでも野郎の動きへついてけるようになるんなら大助かりだ。
うん、こりゃあいい追い風だせ。
戦いの流れは完全に俺のほうへ来ていると言っていい。
「――に、し。にっしし」
「!」
疲れも消えたんでよっこらせと立ち上がれば、スオウも同じく腰を上げるところだった。だが俺とは違ってその挙動は重苦しい。【血の簒奪】にはどうやら生命力とは別にスタミナを奪う効果もあるようなんで、その影響も大きいんだろう。
――なのに、笑うかよ。
「そりゃどういう種類の笑いだ? 諦めの境地だってんならこっちとしちゃありがてえが」
「にししっ! いんや、オイラはなんも諦めちゃいねえよ。これは嬉しいから笑ってんだ。ゼンタの強さはよーくわかった。たぶんまだ一部しか見えてねーけど、それでも十分。エニシやシガラが後れを取った理由は見えてきた。――だから、さ」
「なに……?」
黒々とした肌が浅黒い褐色に。渇いた白髪が濡れたような真っ黒に。目の色も反転していたものが元の人間らしい組み合わせに戻って……スオウは魔族のテンマから、人に化けた姿の『ビットー・マボロ』へと変化した。
「……!? どういうつもりだ? そりゃスペックダウンもいいとこだろうが」
「こっちのがいいかなー、ってさ。効き目に違いは出ねーけどよ、人と人らしく愛を紡げる気にもなれる。つまりはオイラの気が乗るってこったな」
「はあ……?」
何を言ってんだ、こいつ。
元から変な奴ではあったが――他の逢魔四天とはどこか違う奴だったが、いよいよもって発言の意味がわからねえ。
「ゼンタだって気になってるだろ? オイラがどうやって、エンタシス二人を相手に無傷で勝ったのか」
「……っ!」
「教えてやるって、確かに言ったぞ。約束は守らねーとな!」
「させねえとも言ったぜ!」
【超活性】は切らしてねえ。心象偽界か、釈迦力か、それ以外の別の何かだろうと。
開幕と同じく、野郎が何をする気でもそれより早く叩けばいい!
「【死活】・【技巧】!」
「心象偽界――」
下げた両腕。その手の平を広げながらこちらに向けるスオウ。準備に入ってると見た目だけでわかる。
ちっ、こりゃ偽界を開くつもりだな! 距離のせいでタイミング的に厳しい、おそらく阻止は間に合わねえ。偽界の構築は、止められない。
だが、だからどうした。偽物の世界ができようができまいが俺の拳だってもう止まらねえ。
このままぶっ叩く! そんで偽界の能力を使う間もねえくらいに連打を浴びせて、有無を言わさず決着にする! それで片が付くぜ!
「おぉおおおっ! 五連【黒雷】!!」
「――『厭魅悲恋歌』」
同時にはなったが、確かに俺の【黒雷】は奴へ届――、




