22.冒険者としての初仕事
「あっこの山にゃあ、そう危険なもんは出ねえって聞いとるけどな」
「じゃあ、俺らみたいな冒険者ビギナーでも余裕な感じかな」
「どうだろうなぁ。わしゃ実際に山に入ったことがねえし、冒険者にもあんまし詳しくねえんだわ。仕事でここら辺を行き来すっから、出そうな魔獣や魔物の情報は仲間同士で伝えあったりはしとるが」
弁当のおにぎりを分けてもらって食べながら、おっちゃんから話を聞く。
天気もいいし、荷馬車に揺られながら飯を食うってのも悪くないもんだ。
「えっ、お前さんはあの森におったんか!?」
俺たちが冒険者には見えないからだろう。クエストに向かうと聞いて露骨に心配そうにし始めたおっちゃんに、強さアピールのためにそんなに強くない魔獣くらいなら倒せるんだぜ、と俺は自分の強さを伝えた。
その流れで、例の森でのサバイバル生活のことも話したんだが、おっちゃんのリアクションが思ったよりも大きい。
「あそこの森って有名なところだったりするんですか?」
「まぁなぁ。あっこは強い魔獣が多いって話だ。中でも特に強いのが何匹かおって、それぞれの縄張りを守っとるらしい。うっかり森に入ろうもんなら最後、二度とは出てこれねえ……そう言われとる」
「でもゼンタさんは無事ですよ?」
「だなぁ。お前さんすげえぞ」
照れるぜ。
実際は自分の力で生き延びたんじゃなく、親猫に守られつつ修行をつけてもらっていたようなもんだけどな。
……特に強い縄張り持ちの魔獣ね。ひょっとして親猫は、その内の一匹なんじゃねえか? あの強さはそう考えたほうが納得できる。
「森に入って収集するほど目ぼしいもんもねえし、ただ襲われるだけだってんで、もう長いことあっこには人も関わってねえはずだ。そして魔獣たちも、あっこからは出てこない。森ん中だけで世界が完結しとるんだわ」
「へえ……」
色んな意味で俺は異物だったわけだ。
改めて、よく生き残れたもんだな、俺。
初っ端から死にかけたし、親猫についていってからも何回も死を覚悟する場面があったが、結局はこうして生きてる。
この運がいいんだか悪いんだかわからん流れにもしも【悪運】のスキルが関係してるんだとすりゃあ……鬱陶しいは鬱陶しいけど、どうしようもねえわな。
「ほれ、山は目の前だ。わしゃこっから道を曲がるんでな、お前さんたちはここで降りな」
「おっ、もう着いたか」
「お話してるとあっという間ですね!」
おっちゃんに二人で頭を下げて、別れる。そこでおっちゃんはこんなことを言った。
「森の魔獣に勝てるんなら心配すっこたねえとは思うが……気ぃつけな。ただ越えるだけなら危険はねえって言われとるウラナール山だけどよ、山を二又の形にしとる深い谷の底には、魔物だかの危ねえもんが巣食ってるとも昔からの噂だ。そんなとこ普通は誰も通らんから被害があったなんて話も聞かんが、たぶん、被害に遭った奴がいたとしたら……そいつらはみんな死んどる」
「「……」」
急に怖いこと言い出すー。
淡々とした話し方なだけに、余計に恐怖を煽られてる気がする。
「お前さんたち、調査をすんだろ? 熱入れ過ぎて谷間に落っこちんようにな」
「そんなことになったらまず転落死しますから、魔物を恐れる必要はないですね!」
「ポジティブにネガティブなことを言うんじゃねえよ」
今度こそおっちゃんとサヨナラして、俺たちは件のウラナール山を登り始めた。
……まあ、なだらかな山道で、登りやすいこと。
森はどこもかしこも鬱蒼としていて息の詰まる感じがあったが、ここは割と景色も開けているし、歩いてて気持ちがいい。
「なんだか、本当にただの散歩になっちゃってませんか?」
「しゃーねーだろ。変なとこがどこにもねえんだから」
俺たちもただ登山を楽しんでいるわけじゃねえ。
景色を見ながら探しているのは、強大なモンスターがいる、もしくはいた痕跡だ。
受付の姉ちゃん曰く、ドラゴンみてえに飛び抜けて強い存在が急に棲み処を移したりしたら、そこに元から住んでいる生き物たちが割を食うことになるらしい……まあそれはそうだよな。
山の生態系のトップが一瞬にして変わって、全員が一個下に押し出されるんだ。
それだけじゃねえ、ドラゴンから逃げようとする奴らも出るだろうし、それこそ縄張りってもんが機能しなくなって大荒れになるだろう。
そういうことが起こればそりゃあ、山の様相もがらりと変わるってもんだ。
だから本当にドラゴンがいて、ここらを番長よろしく締めてるんだとすれば、その影響はすぐに目につくはずなんだが……。
「あ! 見てください、リスさんが走っていきますよ! 追いかけて調べますか!?」
「どう見ても異変ではねえだろ。ほっとけ」
「そうですか……あ! 今度は兎さんですよ! 角があるからあれはアルミラージですね」
「待てや兎ぃ!」
「ゼンタさん!?」
思わず食欲が刺激されて走り出した俺を、サラが止めてくれた。
危ねえ危ねえ、あの角兎が森では最高のご馳走だったもんで本能的に狩る癖がついちまってたぜ。
だって美味いんだもん、あいつ。
「おっと……」
なんてことをやりながら進んでいくうちに、目の前にぽっかりと空いた闇が広がった。
その正体はものすごくデカくて深い亀裂だ。
これがおっちゃんの言っていた底にやべえのがいるっていう谷か……見た目はかなり、雰囲気あるな。
「どうします? 反対側に登るなら左から降りていったほうがいいですし、こっち側の登頂を目指すなら右側を進むことになりますけど」
「思ったより簡単にここまでこれたからな。一応、一番上までは登っとくか」
ぶっちゃけなんもなさそうだし、さっさと反対側も回ってクエストを終えたいところだが、横着がバレたときに組合からの印象が悪くなるってのを考えるとそいつはよろしくねえ。
ま、これが冒険者としての初仕事だしな。
まだ慣れてもいないうちから気を抜くのはいかんでしょってことで。
「よし、右から行くぞ……ん?」
パタパタパタ、と小さな旗でも振ってるような音が聞こえて振り向くと、そこには翼を細かく動かしている鳥がいた。大きさは俺の頭くらいで、体格の割に長く尖った嘴を持っている目のギョロっとした奴だ。
「なんだこいつ。いてッ! つついてきやがるぞ!」
忙しなく首を動かして嘴で俺をつつく鳥。それを傍で見ながらサラは、
「それはピックビークですね! そうやって獲物をつついて肉をほじくって、そこを嘴で摘まんで食べる鳥です。肉食だけど体が小さいので、そうやって工夫しているんですね」
「笑顔で解説する内容かそれ!?」
今まさに俺が工夫して食われそうになってるんだが!
しかし、俺の身体はゲーム仕様になってて血も流れなければ傷つくこともない。いくら嘴でつつかれようと肉がズタズタになったりはしねえわけだ。
だけど、そんなことがピックビークにわかるわけもなく。
「いだっ、いだだだっ! 全然やめねえなこいつ! HPが減ってきてるじゃねえか! こんにゃろ……!」
「あっ、駄目ですゼンタさん! ピックビークは――」
サラが止めようとしたときにはもう、俺は【接触】を発動していた。
正体不明のスキルを試すいい機会だと思ったのだ。
もちろんこれは、俺を食おうとする鳥畜生への仕置きでもある。
「キィエ……ッ」
喉の奥から絞り出すような鳴き声をピックビークが上げた。
体も震えているし、明らかに苦しんでいる。
これはなんだろうな。痛がっているというよりは怖がっているようにも見えるぞ。【接触】は触れている相手を恐怖させるスキルなのか?
と考えるうちに、ピックビークの様子が元に戻った。
なんだよ、効果みじけーし弱ぇな。
まあでも使い道はありそうか……なんと言ってもまだLV1のスキルだしな。
「キエッ、キィエ!」
「ってこいつ、なんかやけに興奮してねえか?」
「マズいですよゼンタさん! ピックビークは怒ると大勢の仲間を呼び寄せるんです!」
「んだとぉ!?」
「キィイィィィイイイイィィイエェッッ!!」
一際大きく、甲高い声でピックビークが鳴いた。天高く、そして谷の底にまで響くような喧しさ。それに思わず耳を塞いだ俺たちだったが、なのに塞いだ隙間からもそいつは聞こえてきた。
――それはとんでもない密度の羽ばたきの音だった。