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217.最速の男

「なんだよ、戦る気になっちゃってんのかよ。見逃してもいいと思ってたのになー」


「あ?」


「オイラの気は変わってないぜ? せっかく助かった命なんだし、無駄にすることないって」


「……、」


 こらまた、どういうこった……?


 俺の抹殺指令に臨む熱量はインガとシガラの間にもだいぶ差があった。それは個人の考えの違いというのもあれば、エニシとの関係性。そして魔皇から抹殺役に指名されたか否かという差異も含めてのスタンスのズレだったように思う。


 だがこいつの場合は二人のどちらともまた違う……そもそも俺をどうにかしようという意思がまったくないように見える。


 おそらくこれは嘘じゃない。逃がしてやるふりをして背中から撃とうとしている、なんて策を弄してる気配もしない。


 直接戦おうとこそしなかったが、インガだってシガラのサポートにゃ徹してた。なのにスオウはそれすらもしないってのか?


「なんのつもりだよ、てめえ。仲間の獲物だからって遠慮でもしてんのか?」


「にしし! そりゃ人のモン横取りはしたくねえけどさ。それよりもほら、ゼンタは必死にあの二人から逃げてきたわけだろ? それってすっげえ幸運だぜ。それをオイラがここで台無しにしちまうのも可哀想だなって思ったんさ」


「……!」


 せっかく助かった命、ってのはそういう意味かよ。


 この野郎、俺が戦いもせずに命からがら逃走したと思ってやがる!


 ……まあ、さっきまで必死に走ってたのはその通りだ。こいつ目線じゃ逃げ出してきたようにしか映らんだろうな。


 信頼なのか能天気なのか、そもそも仲間がやられるって発想がなさそうだし、だったらそういう結論に達するのも自然なことだ。


 ――そう考えが至ったからこそ我に返った。


 裏切り者……いや、元から魔皇軍のスパイだったんだから、潜入者か。

 とにかくその衝撃的な事実に頭をガツンとやられたせいで、そこ以外にはなんの疑問も持たずにいたが。


 インガ、シガラの組とは完全に切り離されて行動していたらしいこいつが、今の今まで何をしていたか。

 魔皇から下された指令がなんなのかっつー謎があるぜ……そんでそれは到底、会議の内容や参加者を伝えることだけに留まるとは思えねえ。


「お? どーしたゼンタ? なんだか顔がみるみる怖くなってるじゃんか。具合でも悪いんか?」


「ああ、確かに良いとは言えねえよ。腹ん中が煮えくり返りそうになってんでな……おい、正直に答えろスオウ。――お前と一緒にいたA班の連中は、どうなった」


「…………、」


 沈黙。だが返答を待たされてる気はしなかった。


 明るさの中に微かに混ざった冷やかさ。

 そのインガの表情が既に十分、答えになっている。


「言わなくたってわかるんじゃねえか? これは『絶好の機会』なんさ。魔皇様に逆らう主力メンバーがここに揃ってるんだ。そりゃあ、紅蓮魔鉱石が主目的だけどよ。ついでに大掃除・・・だってしとかなくっちゃな」


「っ、そんじゃあアルフレッドたちも、ブルッケンたちも……、」


「にしっ! その二組だけじゃないぜ? つい今し方オイラが誰と戦ってきたか教えてやろうか?」


「勿体ぶらずにさっさと言え」


「おー怖。にっしし……ジョン・シャッフルズにマーニーズ・マクラレン。お前と同班だったエンタシスの二人だよ。勝敗は、見ての通りさ。オイラが無事に生きてるってことがどういうことかは、よーく理解できるだろ」


「なんだと……!」


 アーバンパレスの特級構成員エンタシス

 それは冒険者界隈でも特別な意味を持つ強さの象徴。


 その地位に相応しいだけの確固たる戦闘力を、あの二人はダンジョンを進む道中にまざまざと見せつけてくれた。炎と雷を自在に駆使する戦列なまでの戦いぶりが今も目に焼き付いている。


 ――あんだけ強い二人を、こいつが?


「……けっ。愉快な大ボラ吹いてんじゃねえぞ野生児野郎。いくらてめえら逢魔四天が強ぇからって、エンタシス二人を同時に相手取って無事で済むはずがねえ」


「にっしっし、オイラがホラ吹きと。そう思うんか」


「思うね。なんせジョンさんたちにゃ偽界もある」


 近年では見習い含めて八名いたというエンタシス。

 そのうちの半数程は心象偽界を習得していないとスレンから聞かされたが、道中でジョンとマーニーズが偽界を開けるってこたぁ確認済み。

 実際に見たわけじゃなく、一緒に戦う仲間だからと二人から教えてもらったんだ。


 当然スオウだって偽界を使えるだろう。エニシ対スレンの偽界対決をその渦中で眺めた俺だ、偽界使い同士はどちらが勝ってもおかしくない激闘になるのは間違いないと知っている。


 だがそれはあくまで一対一ならの話。


 一度開くだけでも限界の訪れる偽界を、同じく偽界を使う二人を相手にどこまで維持できるか……これは言うならチート対チートの勝負みたいなもんで、だったら人数の多いほうが圧倒的に有利だってのは確実だ。つまり。


「やっぱ嘘だな。あの二人と戦ってピンピンしてられるわきゃねえんだ。仮に勝てたとしても怪我ひとつねえなんざあり得ねえぜ」


「ま、そう思うのも無理はないさ。エンタシスが負けたなんて思いたくないのも無理はない……だけど悲しいよな、現実は違う。やつら二人揃ってオイラに負けたんだ。それがどうしてか。そんなに知りたいっていうなら教えてやってもいいぜ。どうやら素直に逃げる気もなければ、オイラを逃がす気もなさそうだしな――」


「! させねえ!」


 ずずず、と野郎の雰囲気が変わり始めたのを我ながら敏感に察した。何かをしようとしてる。偽界を開こうとしてんのか、まったく別のことか。


 前者ならもちろん、そうじゃなくたって好きにさせるのは愚策だぜ。


「【超活性】、【武装】! 『非業の戦斧!』」


 好きにさせねえにはどうすればいいか――解は単純、先手を取る!

 スオウが得体の知れない何かを完了するより先にぶった斬ってやりゃいい話だ!


「『パワースイング』!」


「よっ、と」


「!?」


 身体強化を使っての飛び込み。

 そして最短最速で近づいて一振り目からのギミック攻撃。

 真正面からとはいえ不意打ちめいたこの攻撃は功を奏し、確実に当たる――という手前までいったのに。


 命中寸前までぴくりとも動いていなかったスオウは、脳天に刃が触れるスレスレでひょいと横へ躱した。軽い。身も心も。なんの焦りもなく、それでいて素早く。


 こんな簡単にあそこから避けれるってのはおかしくねえか!?


「そらっ!」

「ごはぁ!」


 そして蹴られた。けっこうな力だ。地面を転がりながら俺は戦慄する。


 ただ蹴りを入れられただけならいいが、あの野郎。空振った斧が地面につくよりも早くに蹴ってきた。【明鏡止水】がなけりゃ一連の動作なんて少しも見えやしなかったろう。【察知】がなければ攻撃されたことだってわからずにいたかもしれん。


 マジかよ、こんなの馬鹿げてやがるぞ!?


「ちいっ! ――うっ?」


 急いで起き上がって戦斧を構えたが、接近してくるスオウを見て息が止まりそうになった。ジグザグの軌道。武器を掻い潜るためでもありゃ飛び道具の的になることを警戒しての動きだろうが、それがべらぼうに速い。無駄な移動距離ができてるはずなのに、俺が直進するよりも遥かに早く距離を詰めてきた。


 これじゃ狙いのつけようがねえ……!


「くっ、『パワースイング』!」


 仕方なしに狙いを付けず真横に振り抜くことで広範囲を薙いでやったが、この速度で動ける奴にヤケクソな攻撃が当たるはずもねえ。


 しかも読まれてもいたのか、スオウは十分な余裕を持って俺の頭の高さまで跳んで刃をやり過ごし。


「そいっ!」

「ぐげっ!」 


 両足での飛び蹴り――ドロップキックなんつー派手な技をかましてきやがった。それも顔面にだ!


 首から上がすっ飛びそうなほどの衝撃を食らって、俺はまたごろごろと地面を転がされる。


「ちくしょうっ、腹の立つ……!」


 なんて速度で動く野郎だよ。マッチョモードのシガラの攻撃速度もかなりのもんだったが、こいつはそれ以上だ。間違いなく今まで戦ったどんな敵よりも速い。


 攻撃が掠りもしねえこの最速の男を前に、俺はどうやって戦えばいいのか……!?


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