216.『与楽斜陽』のスオウ
「にっしし……なんでかは知んねーけど、バレちったんなら仕方ねえやな」
「ビットー・マボロ……てめえ、何者なんだ」
「にっしっしっし!」
この底抜けな明るさ。それがこんなにも不気味に見えるなんてな。
会議で顔を合わせたときゃけっこうな好印象を抱いたんだが、今はまるで正反対だ。こいつはおかしいぜ。こんなに感情豊かなのになんというか、状況にそぐわないそれが人間らしさってもんを極端に薄めている。
一見して人間にしか見えない、けれど確実に人とは違うのだという印象を受ける連中を……俺は知っている。
「おい、まさかてめえは……!」
「にし! その顔はもう打ち明けるまでもないか? でもまあ、予想通りだとしても名乗るくらいはさせてくれよ」
手荷物の風呂敷を丁寧に地面へ置いて、ビットーは改めて俺と向かい合った。
その姿をよくよく見てみりゃ、ガロッサへ突入時には着込んでいた体の各所を守る防具を脱いでいるじゃないか。
元から武器は持っていなかったんで、ビットーは完全に丸腰かつ独りきりでこの危険なダンジョン内を闊歩してたことになる。
――やはり普通じゃない。
考えれば考えるほど浮き彫りになるこの少年の異常性に、自分の表情がどんどん険しくなっていくのを感じる。
だが俺の半ば睨むような視線もそよ風のごとく受け流し、ビットーは笑いながら……自分の服をビリビリに引き裂いた!
「な……、」
「やー、この服装って窮屈でさ。紛れるためには冒険者らしい恰好をしなくっちゃだろ? でもオイラ、普段はこんな感じなんだぜ」
膝から下が千切り取られたズボン。袖と胸元が破り捨てられたシャツ。その下にあるのは当然、素肌だ。
褐色の肌は色艶が良く、細いが筋肉質な体付きも手伝って今のビットーはどことなくなまめかしさを感じさせる。こいつ、粗雑な口調と雰囲気で誤魔化されてたが、こうしてみるとかなりのイケメンだな。
黙ってればめちゃくちゃ女子からモテそうだ。
「うっし、これでらいぶ楽になったや。じゃ、改めましてと」
靴まで脱いで素足でダンジョンに立つそいつは、露出した胸に手を当てて名乗りを上げた。
「オイラは魔皇様が配下、逢魔四天の一員。『与楽斜陽』のスオウ。種族はテンマだ!」
「――!!」
お、逢魔四天だと……! こいつが!?
確かに魔族であると、つまりは魔皇軍の手の者なんじゃねえかとは予想していた。そいつは思った通りだ。だが最高幹部だってのはさすがに予想の斜め上だぜ。
そりゃ俺は逢魔四天を探して駆け回ってたとこだがよ……逢魔四天は逢魔四天でも、インガとは別の奴を見つけちまうとはな!
つまりこのガロッサには、先に討伐したエニシ以外の残る最高幹部たちが勢揃いしてたってことか。
おいおい、これはもはや異常の一言じゃ片付けられねえ事態だぞ。
「なんだって逢魔四天が冒険者なんかやってんだ……?」
「そいつがオイラの任務だったからなぁ。騙すのは気が引けたけどけっこー楽しかったし、もっと続けてもよかったんだけど。とうとう終わりが来ちったい。こんな形になるとは思いもしてなかったが、まあ。区切りというか、分別はつけねーとな」
「……!」
任務、だと。逢魔四天にそんなもんを課せられる奴は一人しかいねえ。……魔皇だ。
シガラが俺の抹殺を命じられたように、こいつへ人間に混じって冒険者をやるように魔皇が指令を下したってのか。
そんで少なくともそれは、スオウがビットー・マボロとして駆け出し冒険者になったときから――つまりは会議から数えても十ヶ月以上も前から始まってる任務ってことになる。
その間こいつはずっと、世界の中心と言われるこの中央都市をホームとして。
統一政府とその膝元に本部を構える教会とアーバンパレスに最も近い位置で、Sランクの冒険者にまで駆け上がっていったっていうのか。
「要するにてめえはスパイだってことかよ。この合同クエストに示し合わせたみてーにインガとシガラが出てきやがったのも、てめえの差し金だったのか!」
「ん、それはそうなんだけど……あり? ゼンタ、あいつらと会ってるんか。てっきり不具合でもあって見つけられなかったのかと思ったんだけどな」
「不具合だぁ……? そういや、インガの奴も同期がどうたらとか言ってたな。ありゃどういう意味だ。ここでてめーらは何をしようとしてんだ」
逢魔四天が全員投入されてるってのは尋常じゃない。そこまでしてやることが俺個人を片付けるだけなんてこたぁありえねえだろうよ。
インガに残された仕事の件もあるし、わざわざ大勢の高ランク冒険者が集まってる中で決行した作戦なんだ。何かしら俺たちにとって厄介なことをやらかそうとしてるってのは明白だぜ。
「何をするっても、特別なことじゃーないぞ。だって目的はお前たちと一緒なんだから」
「俺たちと一緒……ってことは!」
「そう、紅蓮魔鉱石! 『ガロッサの大迷宮』を作り上げているあの石を頂こうってことさ。あれがないと魔皇様は困るらしいからな」
「っ、先代の魔皇率いる魔族たちを苦しめたっつー大兵器。それを俺たちに奪わせないようにするつもりか」
いや、狙いはそれだけじゃねえか。
魔皇の手に紅蓮魔鉱石が渡ったら、対魔皇軍戦で活躍するはずだったその大兵器を向こうに利用されかねない。
魔皇軍にそんな技術があるかは不明だがないと断定するよりも現実的な懸念だろう。
使おうとしていた強力な兵器が逆にこちらを狙ってくる――そんなの最悪のシナリオだぞ……!
「だがわからねえのは、どうやってここへ潜り込んだかだ。唯一の入り口だっつー大扉はアーバンパレスの構成員が厳重に封鎖してんだぞ。いくらお前が対魔皇軍会議に参加できるほどの冒険者になってるからって、ここに妙な細工なんざできなかったはずだろうが」
「にしし! そうだな、その通りだ。だからオイラ、そこはなーんもしてないぜ」
「なんだと? そんじゃてめえのお仲間たちはいつガロッサに来たってんだ。会議でこの合同クエストが発表されるよりも前から貸し切りだったんだぞ」
忍び込めるタイミングなんてなかったのは確かだ。だがインガたちは確実にダンジョンの奥から顔を出した。俺たちより先行して潜っていたこともまた確かで、だからどうにも辻褄が合わねえんだ。
「えーと、これはもう言っちゃってもいいのか。実は魔皇様も持ってんだ。紅蓮魔鉱石」
「は……?」
「そいつでガロッサの紅蓮石にちょちょいっと干渉したんさ。所持者が決まっていない石だからそういうこともできるって、魔皇様が言ってたぜ。へへ、知らなかったろ? オイラも知らなかった!」
「紅蓮石で紅蓮石に干渉、だと……それじゃ、インガたちが先回りしてたのもまさか」
「直接最奥へ飛んだからだなー。インガとシガラ、それからピースゴーレムたちは大扉から入っちゃない。同期させた魔皇様の紅蓮石を通じて転移してきたんだ」
「嘘だろおい……!」
そんなことができたなんて信じらんねえ。
だったら一流どころを揃えてダンジョン攻略へ臨むなんてことしなくても、うちのギルドロボの石を使えばどうにかなってたかもしれねえのか。
だが今何よりもマズいのは……魔皇がそんだけ紅蓮石の力に精通してるってこたぁ即ち、ガロッサの石を奪ったならば高確率で大兵器として目覚めさせちまうだろうって点だ。
「作戦は順調みたいだし、これで魔皇様の手にふたつ。紅蓮魔鉱石が収まるってわけだなぁ。まっ、そう落ち込むなよ。ちっとも解明の進んでない代物なんだ、知恵のある魔皇様に出し抜かれるのはしょうがねえって。セントラルにもアーバンパレスにもこの裏技を実践できるやつはいなかったんだから……さ」
「――馬鹿野郎、誰が落ち込んでるって?」
「ほ?」
「そうと聞かされて素直に奪わせてやるわきゃねえだろうが。現状ほぼ獲られかけてるのかもしれねえが、だったら。インガもお前もぶちのめしゃいい。持ってく奴が全員くたばったちまえば大扉の石は誰も動かせない……そうだろがよ、スオウ」
「……――にし!」
スオウは俺の言葉を聞いて目を丸くしていたが。
すぐにその、色黒な肌とは対照的に眩しく輝く白い歯を覗かせた。




