215.誰も彼も油断ならねえや
「で、でもゼンタさん……」
インガとのバトルに向けてむんむんと戦意を募らせた俺とは反対に、サラの不安はますます色濃くなっている。
こういう陰りはこっちが笑い飛ばすに限るぜ。
「へっ、心配いらねーよ。連戦つってもシガラを倒してレベルアップしたばかりだからな。この通り元気もりもりだ」
腕に力こぶを作って快調をアピールすると、サラも笑った。だがそいつは小さくて、どことなく引け目を感じさせる笑みだった。
「そうですよね、ゼンタさんなら追いかけるだろうと思っていました」
「……、」
そういうことか。インガの狙いは俺。そのおかげで自分たちは助かったのに、そのインガの下へ俺を送っちまうのが忍びねーと。そんな具合に考えてるんだな。
メモリとボチが頭を下げたのもそういう意味なんだ。
「おい、もうごめんなんて聞きたくねーぞ。お前たちが悪いことなんか一個もねーんだから」
「でも、私たちは……!」
「わかってる。大丈夫だ、俺に任せろ」
本当はついてきたいんだろうが、サラもメモリもへろへろだ。相当に体力も精神力も消耗してると見える。こんな状態で一緒にインガを追いかけるわけにゃいかねえわな。
そんで、疲れてるのは二人だけじゃねえ。
「お疲れさん、ボチ。よくこいつらを守ってくれた。ゆっくり休んでくれ」
「バウル」
デカくなった図体に見合わない小さな声で鳴いたボチ。俺はちょっとしょんぼりしてる真ん中の頭を撫でてやりながら【召喚】を解除する。そして、すぐに再発動。
「【召喚】、『コープスゴーレム』……来い、モルグ!」
「――ゴァア!」
呼びかけに応じて現れたのは蠢くピンク色の肉塊ことモルグだ。継ぎ接ぎの体でぶんぶんと腕を振っている……そんできょろきょろしてるんで何かと思ったが、どうも仮面女を探してるようだ。
「そういや呼ぶのあのとき以来か……すまんモルグ、仮面女との修行はもう終わったんだ」
「ゴア?」
「ああ、今はサラとメモリの護衛を頼む。俺ぁ少し離れるからよ、何かあったら体張って守ってやってくれ」
「ゴアッ」
ポージングで了承を返すモルグ。これはモストマスキュラー、だったか? なんでそんなん知ってんだ。肉体アピールのポーズは異世界でも共通か?
「やる気になってくれんのはいいけどよ、ここはダンジョンだぜ。くれぐれもアレは使うなよ」
「ゴアゴア」
こくこく、とモルグは頷いた。その様子からしてどうやら言わなくてもわかってたみたいだな。
「うし、ボチの代わりにモルグを置いてくぜ。お前たちは体力を回復させながらあとからゆっくり来い。メモリもいるんだし探索はいけるよな?」
「はい、ゼンタさんよりは」
うっ、確かに単独行動になる俺のほうがそこは危ねーか。
つってもガロッサは大まかにルートが定まってるんで、迷ってもそこまで深刻ではないだろう。
出現するモンスターにさえ気を付けりゃ言うほど困るこたぁねえんだ……だが、ジョンさんたちと分断されたときみてーなことがまた起きたりしたらその限りじゃないがな。
それも十中八九インガたち魔皇軍の仕業と見て間違いないんだ。
どのみち奴を追いかけるべきだってのに変わりはないぜ。
「……待って。危険すぎる。インガは、強い。一対一で勝つのは……あなたでも現実的ではない」
メモリが不意にそう言った。ネクロノミコンを持つ手に力が入ってる。
……ま、俺もその意見にゃ同感ではあるんだがな。他のやつがインガとサシでやろうとしてたら絶対に止める。何がなんでもだ。人にさせたくないことを自分でやろうとしてるってんだからおかしいよな――けれどもだ。
「こいつはチャンスでもあるぜ。多少なりともインガだって戦闘の疲労はあるはずだろ。そんでもってバトルジャンキーでもある……何も奴が次に現れるのを待つ必要なんてねえ。今すぐ勝負を挑んでやればいい。あいつのことだ、嬉々として乗ってくるだろうよ」
そうとも、インガは逃げやしない。そして俺も逃げない。最後までやってやる。
シガラに続き、あいつもぶっ倒す! 逢魔四天との二連戦……一見無茶でもそれが最善なんだ。そうすりゃ他の班に及ぶ被害だって確実になくなるんだからな。
「お気をつけて、ゼンタさん」
「ああ。お前たちも安全第一で大扉を目指せよ。お互い無事に合流しようぜ……サラのこと頼むぞ、メモリ。お前のがしっかりしてるからな」
「……了解」
「ゴアゴアッ」
「わかったわかった、お前も頼りにしてるよモルグ」
「ゴア!」
まったく、この別れ方はちと神妙すぎやしねーか?
今際の別れじゃあるまいし、そう真剣になることもねえよな。
気軽に考えりゃいい。こんなのはレベル上げみてーなもんだってよ。インガの奴はシガラ以上に経験値がおいしいだろうしな。
なんてまあ、ただの強がりなんだが。でも強がれないよりはいいだろう。
「またあとでな!」
――振り返らずに、走る。インガに追いつくためには急がねーとな。かといってSPが惜しくもある、【超活性】は使えん。素の脚力で頑張るしかねえ。
「待ってろよインガ……! てめえの好きにはさせねえぞ!」
◇◇◇
走り続けてしばらくの間はなんともなかった。何せ一本道だったからな。悩むことも迷うこともなくただ道なりに急げばいいだけだった。
しかし。
「げっ、分かれ道かよ」
左右と真っ直ぐ。絵に描いたような十字路が見えて俺は呻った。
ダンジョンなんだから分岐してるのは当たり前なんだが、出口や最奥を探すならともかく特定の個人を見つけようとすると……なかなか難度が高ぇぞ、これは。参ったぜ。
インガがどっちに進んだかなんていくら考えたって俺には見分けがつかねえ。
だからもう開き直って、足を止めることもなく直進することを選んだ。
通り過ぎていく左右の通路に後ろ髪を引かれなかったと言えば嘘になるが、未練は残さずに前だけを見据える。
俺は信じてる。
「頼むぜ【悪運】……!」
どこに行っても毎度のように難敵や強敵と邂逅するのは間違いなく【悪運】というスキルがあるからだ。俺はそう確信してる。過去を振り返ってもそうとしか思えねえ。
良し悪し諸々の実績あるこのスキルを俺は信頼して突き進む。
悩む時間も迷っての遠回りも時間の無駄だ、今はとにかく直感だけを頼りに走る!
そうすりゃ必ず【悪運】は逢魔四天の居場所へと俺を導いてくれるはずだ……! 根拠はねえけどよ!
「おおぉぉおお! どこにいやがるインガぁ! 聞こえてたら出てこぉい!」
次を右、次を左、その次を真っ直ぐ。
ノータイムで進む道を決めて、俺はインガの名を叫びながら走り続けた。
だが行けども行けどもあの小柄な背中は見えてこねえ。【悪運】なんぞを頼みの綱にしたのが運の尽きだったか、と信じたそばから内心で唾を吐こうとしたところで。
「うぉ!?」
「あり、あんたは……」
曲がり角を過ぎた先にあった部屋で人と鉢合わせをしたもんで、めちゃくちゃ驚いた。しかしそいつはお目当てのインガじゃあなく。
「確かお前は――『韋駄天』のビットー・マボロ」
「うん、そうだぜ。そういうあんたは『アンダーテイカー』のゼンタ・シバだろ? そんな急いでどこへ行こうとしてんだ?」
何か荷物を広げていたのか、風呂敷みたいなもんを結び直して手に下げながらビットーはのんびり訊ねてくる。
こっちが焦ってるせいでなんとも間延びした態度に見えて非常にやきもきするが、ここはきちんと事情を説明しとかねえとな。
「それがよ、今ちょいとガロッサがマズい状況になってんだ。さっき俺は――」
ある意味じゃインガを見つける前に他の冒険者に会えたのはラッキーだったかもな、と話し始めてから奇妙な点に気付く。
――なんでこいつ、一人だけでいるんだ。
同じ班の連中、『獣鳴夜』や『ブギー・ボギー』はどこに行った? 相棒であるはずのスィンクは?
単独行動してんのは俺も一緒だが、おかしいのはやっぱりその態度。
はぐれたにしろモンスターにやられて引き返したにしろ、仲間と離れてるってんならこうも呑気にしてはいられないはずだろう。
……呑気にしてられるような理由がこいつにあるのなら、それは。
「どうしたんだよゼンタ、急に黙りこくってさ。何があったのかオイラに聞かせておくれよ」
「……お前」
にしし、と愛嬌のある笑い方をする褐色肌の少年。
その姿が急に恐ろしいものに思えた俺が思わず一歩後ろに下がると、ビットーの笑顔の質が変わった。
「あちゃあ……やっぱわかっちゃうんか。ブルッケンにもすぐ見抜かれた――うんにゃ、嗅ぎ分けられたもんな。やっぱ高位の冒険者ってのは凄いよなぁ。誰も彼も油断ならねえや!」
「お前……!」
勘とも直感とも言えない、小さな違和感が覚えさせたその予感は……残念なことにどうやら当たっちまっていたらしい。




