214.太らせて食う
「お前ら! 無事か!?」
地面にぐったりと座り込んでいる仲間たち。頑丈なダンジョン内だってのに、ここで戦いがあったことをこれでもかと知らせる焦げ跡や破壊痕まみれの異様な風景。
何があったのか不在だった俺にもはっきり伝わってくるぜ。
俺とドラッゾが偽界で繰り広げたシガラとの勝負にも負けず劣らずの激闘が、こっちでも起きてたってことがな!
「あ、ゼンタさん……ご無事でよかったです。すみません、助けに行きたかったんですが力及ばず……」
疲労の色濃い顔でサラがそう言った。傍にいるメモリとボチも、疲れ切ってはいるようだが大きな怪我なんかはしてないみてーだ。そのことにひとまず安堵する。
「俺こそ遅くなってすまん。インガはどこへ消えた? あのちっこい妙なゴーレムも。あいつらにやられたんだろ?」
まだ近くにいやしないかと警戒して周囲を見回してみるが、どこを探してもインガの姿はない。代わりに壁際で転がってるゴーレムを見つけた。
投げ出された肢体が、アレが動くことはもうないと一目で伝えてくる。間違いねえ、サラたちが倒したんだ。
「あの面倒なのを片付けたのか、やるなお前ら。……そんじゃインガはどうした?」
「彼女は……去っていきました。戦うのを途中でやめて、『とりあえずは満足した』と言って」
「満足、だと?」
「はい。私たち協力して、善戦できたと思います。少なくとも彼女にとっても前に出会ったときとは雲泥だったはず……だから満足だと口にしたのではないかと」
「戦うのが好きみてーだからな、あいつは。だが解せんぜ。インガは躊躇なく殺しをする奴でもあるだろ? 手応えを感じたなら余計に中途半端に放り出すとは思えねーんだがな」
「……実は」
そこでサラは言いにくそうに顔を俯かせたが、思い切ったようにして。
「ゼンタさんです。あの子の狙いは、ゼンタさんとの殺し合い……いえ、死合いをすることなんです。『とりあえず』ではなく、『本気』で満足のいく戦いをするために私たちは見逃してもらったんです」
「俺と本気で死合うために……? 話が見えてこねえな。ならなんで奴はここにいねえ」
考えたくもないことだが、血みどろの戦いがしてえってんなら……サラたちを全滅させたうえで、この場で俺の帰還を待ち構えてりゃいい。
そうなりゃ俺ぁ当然死に物狂いで奴を殺るし、奴は嬉々としてそれを迎え撃つ。そういう構図になる。
それがわからねえインガでもあるめぇし、俺にはてんで意味がわからねえ。
「初めはメモリちゃん、次にボチちゃん、最後に私。それぞれ一度ずつ、いい攻撃が通ったんです。それでも倒せはしませんでしたが、感心はしていました。特に私を見て『人間の成長は早いな』って何度も」
「メモリとボチのが早ぇだろ」
「もう、見た目の話じゃありませんよ」
そうだろうな。いや、わかっちゃいたがこいつらの育ちっぷりは半端じゃねえからつい口をついて出ちまったんだよ。
「とにかく、私たちの実力から逆算して。リーダーであるゼンタさんもまた手応えのある……歯応えのある獲物に成長しているだろうと、あの子は期待をさらに膨らませたようなんです」
「獲物ね……、で? なんでその獲物が戻ってくんのを待ってねぇんだ」
「時間がかかり過ぎていると。そう言っていました。シガラにこうも苦戦するようなら勝てたとしても時期尚早、もう少し強くなってもらわないとな……はい、一言一句違いません。確かにあの子は笑ってそう言ったんです。私、伝言を頼まれましたから」
ちっ、目に浮かぶぜ。
あの小鬼が屈託を感じさせない笑顔でそのセリフを吐いてる姿がよ。
あいつのことなんざインガって名前と性格が横暴だってことしか知らねーんだが、しかし奇妙なまでにその人となりが想像できもするんだ。
その嗜好ってもんがな。
「美味いもんは太らせて食う、ってわけかよ」
「本質的にはそういうことでしょうね。食いでのある獲物になることを待っている。だから私たちと最後までやり合おうとはしなかったんです。ゼンタさんが強くなるには、仲間の存在が関係してるはずだと」
「なんだって? あいつがそんなことを言ったのか?」
「はい、確かに」
――大切な仲間が殺されて怒り狂うのもいいが、そういうのは本当の強さじゃない、心底までは楽しめない……じっくり育ってほしいからここは手を引く。あんたたちも坊やも、もっと強くなって私を楽しませておくれよ――
「そう言い残してインガは、あちらのほうへ」
ふたつある通路のうちの一本を指差してから、サラはまた俯いた。
「サラ……? おい、どうした」
「ごめんなさい……! あの子は必ずゼンタさんと戦う。そしてそのときは、もう止まらない。きっとゼンタさんを殺そうとする! それを知っても私にはどうすることもできなかった。これじゃまるで、ゼンタさんを差し出して助けてもらったも同然じゃないですか……!」
「お前、……そんなことを気にしてたのか」
その気持ちは、わからねえとは言わねえよ。
俺はもちろんとして、サラもメモリも対逢魔四天を目標として修行を始めたんだ。
それなのにインガと善戦はできても、倒せはせず。
どころか大して苦戦させることすらもままならなかったと見える。
それじゃ落ち込んで当然だ。
いや、落ち込むっつーより不甲斐なさで自分に腹が立つんだよな。それぁ俺だってシガラ戦で味わったばかりの感情だ、なおのことよく理解できるぜ。
だけど、だからってこいつらが弱いだとか不甲斐ないだとか、そんなことはちっとも思わねえ。
「馬鹿言うな。エニシやシガラと比べても、インガは頭ひとつ抜けてるぜ。同じ逢魔四天でも戦闘能力で言えば間違いなくあいつが一番だ。そんな奴に見逃すっていう選択を取らせた時点で、そりゃお前たちの努力が実を結んだ証拠じゃねえかよ」
インガが歯牙にもかけないような弱っちさなら、そのままあっさりぶっ殺されてたはずだ。
あいつにどういう思惑があったにせよ、そうならなかったってのはつまり、サラたちに確かな実力があったからこその結果だ。
光る物あり、と。
そう認めたのがインガだってのは俺にとっても癪ではあるが、そのこと自体はもっと胸を張っていい事実だと俺ぁ思うね。
「それこそ、前回は殺されかけただろ? サラの機転がなけりゃ今頃俺たちは仏になってたんだぜ。だけど今回のお前たちは違う。経緯はどうあれインガの撃退に成功してんだ。だからほら、メモリもボチも。そんな申し訳なさそうな顔なんてしねえでくれよ」
「……、ごめんなさい」
「バウル……」
結局謝られちまったことに苦笑しつつ、俺はメモリとボチの肩を叩いた。よくやってくれた、と労いを込めたつもりだ。
だが、この謝罪にはもっと別の意味があったようで。
「ゼンタさん」
「ん、なんだ」
「去り際に、あの子が残していった言葉がもうひとつあるんです」
「……聞かせろ」
振り向けばサラはもう気落ちしてはいなかった。
だがその目にはもっと明確で濃い、不安の色ってのが強くなっている。
「『他にも仕事がある』。だからいつまでもここにはいられないんだ、と。元々彼女はゼンタさんとシガラの一騎打ちが始まったあとはすぐにこの場を離れるつもりでいたみたいなんです。何をしにどこへ行くのかまでは喋りませんでしたが――」
――このガロッサには今、合同クエストに臨む大勢の冒険者がいる。
そんなところでインガがやろうとしている『仕事』。
詳細は不明でも、それがろくでもない行為だってことだけは聞かずともわかるこったな。
「放っては、おけねえな。あいつを野放しにしちまったら大変なことになる。ただでさえガロッサはおかしくなってんだ、今も他の班がピンチの真っ最中かもしれん。そこへインガまでやってきたらとても手に負えねえだろうな……止めねえと大変なことになりそうだ」
サラが示したほうの通路を見る。あの先にインガはいる。
おそらく他の班に何かしらのちょっかいをかけに行くために移動している。
今からでも追いつけるか? や、追いつくしかねえか。そんで死ぬ気で阻止するんだ。
それ以外に俺の選択肢はねえ。
「ようし……ちょっくら行ってくるとするぜ」
バキバキ、と握り拳が俺のやる気を表すようにいい音で鳴った。




