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213.この死にも意味を

 この野郎、究極戦闘形態マッチョモードでも地形操作が可能だったのか!


 いいや……いかにもそれができねえかのように巧妙に装ってたのかとも思ったが、シガラが見せるのっぴきならねえ形相。

 そこにしたたる泥のような汗からすっと、マッチョモードで地形まで操るのは奴にとってもなるべく取りたくねえ手段だったんだろう。


 あるいは、今の今までやりたくてもできなかったのか。それを土壇場で。俺を仕留めるためだけに、自分の限界を超えたのか……そう考えれば敵ながら天晴れだ。


 魔皇軍としての所業はクソカスもいいとこだが、こいつの持つ誇りや矜持ってのは本物だと認めるしかねえ。


 いや、本当はそう大層なもんじゃあねえのかもな。

 それは言うなりゃ意地みてーなもんで。

 人間なんかにゃ負けたくないっていう魔族なりの自尊心でしかない、ってぇことも十分にあり得る。


 だがどちらにしたって、誇りだろうと自尊心だろうともだ。


 そんなもんに負けてやるわけにゃいかねえ。

 そっちに意地があるんなら、同じく俺にだって意地がある。


 魔皇軍だかなんだか知らねーが、そんなもんに世界を好き勝手されてたまるかっつー人間としてのプライドがある。


 だからひょっとしたら。

 こうなったのもそういう意地の張り合いがさせた……ただの必然だったのかもな。


「ナッ……なんだとォ!?」


「……、」


「ヨ、避けただとっ……あの状態から貴様、どうやって!? そんなにも早く自由を取り戻したというんだ!!」


 ……俺も驚いたぜ。


 どうしようもねえか、と一瞬は濃密な死の予感に歯を食いしばったんだが……そこで埋まってるはずの足が、するっと。自然に抜けるようにして地面から解放されたんだ。


 足を動かせるならなんてことはねえ、とっくに見えてる拳だ。危なげなく躱すことができたぜ。


 自分の身に何が起きたのか……これには実は心当たりがある。【偽界】のスキルだけじゃこんな風にはならねえからな。捕まった足首が解放された理由。


 それはずばり、加わりたての新スキル【環境適応】に違いない。


 仮面女との修行中に手に入ったこのスキルは、文字通りにどんな環境にも適応するためのものだ。

 LV1では足場の悪さを克服する程度のもんだったが、LV2になるとなんと水面をも歩けるようになった。


 水中でも呼吸ができる、なんてのはさすがに無理だったが(湖に沈められたことで試すともなく試せた)、このままスキルのLVが上がってけばいずれはそれも叶うんじゃねえかと見ている。


 相手の偽界の能力をある程度防いでくれる【偽界】。

 そして地形や環境の影響を受けなくさせる【環境適応】。


 ふたつのスキルが噛み合ったことでこの結果が生まれたんだろう。


 おそらくは戦闘中に上がったさっきの2レベルぶんで【環境適応】が成長したに違いない――。


 とまあ、自分のことなんでなんとなくでも予想を立てられるが、そうと知らないシガラは泡を食ったようにしている。今度こそトドメを刺すつもりだったろう渾身の拳もまんまと避けられて隙ができている。


 そこを突かねえ手はねえよな?


「【死活】――」

「ッ!」

「――【黒雷】ぃ!!」

「ッガぁ……!」


 野郎が硬直したところを逃さず【黒雷】で打つ。

 狙ったのはまた土手っ腹……ではなく、空を切って流れたままのその腕だ。


 当たりさえすれば問答無用で決着、という異常なまでの強化の代償で脆くなっている部位に【黒雷】はよく通ったぜ。


 シガラが苦悶の声を漏らすと同時、鈍い音を立てて無事だった片腕も落ちた。


 これで奴は両腕をなくした。どうせ消耗なんか気にせず新しい腕を生やすんだろうが、そのためには時間が必要だ。


 修復にかかる一秒にも満たない僅かな所要時間――だがこの距離、この瞬間! 

 そんな果てしない一秒が入り込む余地はねえと俺もシガラもわかっている!


「終わんのはてめえのほうだったな!」


 【死活】と【技巧】を発動させる。その対象はもちろん【黒雷】。


 王手チェックをやり過ごし、今度はこちらが王手チェックをかける番。

 度重なるダメージと技の負荷でシガラだってもうボロボロだ、ここでデカいのを入れりゃあ俺が勝つ!


「ソうは、いかんっ!」

「!?」


 構えた拳を突き出すよりも速く。

 ぐっと体に力を溜めたシガラが、勢いよく腰を折り曲げた。


 へ、ヘッドバッド――ここで頭突きだって!?


「ヌぅぉおおおおオッ!!」


「ぐっ……!」


 腕と同じようにシガラの額から首にかけて真っ黒になっている。これしゃまるで修羅だ。表情も、戦法も。自分だってただじゃ済まねえ強化を躊躇なく頭部にまで施すかよ!?


 こいつはさすがに予想外だ、殴りかかろうとしてるこの体勢からじゃもう躱せねえ……!


「…………ッ!」


 ぐしゃり――俺の体を潰した感触を、シガラは額を通して全身で感じただろう。


 だがその顔に喜びは浮かばない。勝利の余韻は、ない。


 当然だ。

 確かに潰したはずなのに、まるで空振ったような手応えのなさをこいつは味わっているはずだからな。


「バ、馬鹿な……、いつの間に、そコに……?」


「【死線】と【亡骸】……最後のとっておきを使わせてもらったぜ」


 シガラが頭突きで仕留めたのは【亡骸】で出した偽の死体。そんで、死体がやられると同時に俺自身は【死線】でシガラの正面から真横へと移動した。


 攻撃を確実に避けつつ射程圏へ潜り込めるこのコンボは、ただの一発芸みたいなもんだ。

 仮面女にそう指摘されたように、敵の意表を突けたところで仕留めきれないんじゃなんの意味もねえ。


 だが今は違うぜ。

 これを一発芸なんかにゃしねえ。

 ――仕留め損なうなんてこたぁ、しねえさ。


 絶対に……この一撃で終わらせてやる!


「チェックメイトだシガラぁ!」


「……!」


「五連……【黒雷】ぃ!!!」


 両腕を失くし、罅割れた頭部で、なのにシガラは闘志を燃やす瞳で俺を睨んだが――体は反応できていなかった。


 しかと命中。

 強化した五連撃の【黒雷】が全弾余さずシガラの肉体を打ち抜いた。


「グっがぁッ……!!」


「しゃおらぁ!」


 よし! 会心の手応えだ。間違いなく届いた。シガラの核。その命を形成する最も大事なもんを俺の拳が打ち砕いた。


 今度こそ確実な決着!


「か、フ、……、ゼン、タ」


「!」


 筋骨隆々の肉体が元の細さに……いや元の体型よりもさらに細くなった。


 透き通るほど白かった肌も土気色になって、まるで壊れかけのオブジェのような見た目になったシガラは、そんな状態でも視線だけはしっかりとこちらに寄越して口を開いた。


「あき、呆れた、男だ、あなたは……、ま、まさか、こんな結末にな、なるとは……思ってもな、なかった……。僕の、負けだ」


「ああ。俺の勝ちだ」


「ハ……に、憎たらしい。こんなことは……あ、あってはいけない、しかし……仕方が、ない。負けたのなら、いさ、いさぎよく散ろう。ぼくも――僕もまた殉じる。願わくば……」


「…………」


「この死にも、意味を……魔皇、さま……」


 世界が揺らぐ。偽の世界が壊れていく。

 シガラの心象偽界が解けようとしている。


 エニシのときと一緒だ……術者本人が命を落とせば。

 そいつによって作られた小さな世界も、同じく死ぬ。


「まったく……どこまでもプライドの高い男だぜ」


 サラサラと白い砂のようになって散っていくシガラ。その体は最後まで立ったまま。俺に見下ろされることを決して良しとしなかった。


 死ぬそのときまでも――シガラは矜持に忠実だった。


 そして、仕える魔皇に対しても。


「いったいなんだってんだ、魔皇軍ってのは」


 エニシの散り際も、シガラの死に様も、なんだか妙だぜ。

 どうも荒くれ者が成敗されたって感じがしねえ。


 俺の手でやったことだから事実と実感とが食い違うのか、それとも……こいつらにも何か、どうしようもねえ事情ってもんがあるからなのか。



『レベルアップしました』

『レベルアップしました』

『レベルアップしました』



 さらにレベルが3も上がったことを知らせるメッセージを目にしながら、それに意識を向けることもできずに俺は頭を掻く。


「どんな事情があろうが関係ねえだろ……魔皇軍は止めなきゃならねえんだからな」


 我ながら自分に言い聞かせるようなセリフになっちまったが、こりゃ本心だ。仮に魔族にもなんかしらの言い分があったとしても……んなもんを聞いてやるつもりなんざねえ。


 周囲を覆っていた土壁がどろりと崩れていく最中、回復した体調を確かめていると、ついに偽界が完全に解けた。


 どうにか無事に帰ってこられたな。

 そのことに安心した俺が最初に目にしたものは――。


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