21.だってドラゴンだぜ
ポレロの街を出てすぐの場所からでも、そこははっきりと見えていた。
「あそこがウラナール山だな。サラ! 準備はいいか!」
「はい、もちろんです! ……それにしてもゼンタさん、すごく張り切ってますね」
「そりゃお前、気合入れてかんと。なんせあそこにはドラゴンがいるかもしれねーんだから」
だってドラゴンだぜ、ドラゴン。
デカくて、羽が生えてて、火とか吹いたりする、あのドラゴンだ。
遭遇したらさくっと殺されちまいそうな気もするが、それでもやっぱテンション上がるよな。そんなのが実在していると聞かされるとよ。
これまで見てきたの、全部動物だったからな……だが聞くと、俺が森でバトルを繰り広げてきたあいつらは魔獣って呼ばれてる動物だったのが変化した種類で、魔物とは別のカテゴリにいるらしい。
ドラゴンは魔物。つまりはれっきとしたモンスターだ。
「もう、ゼンタさん。お姉さんの話をちゃんと聞いてました? 私たちはドラゴンを探しにではなく、ドラゴンがいないことを確かめるためにウラナール山へ向かうんですよ?」
「む。いや、そりゃわかってっけどよ……」
そう、実はサラの言う通りで、クエスト受領の場面には続きがあった。
◇◇◇
「ウラナール山にドラゴンが降りていく場面を目撃した、という報告が組合へ寄せられたのは数ヵ月以上前のことです。複数人での報告だったので信憑性が高く、また目撃されたのがドラゴンということもあって、すぐに調査のために冒険者を出しました。その時のクエストランクはC相当ですね」
「Cっすか」
ドラゴンを相手にするには半端なランクじゃないかと、自分がそれより断然下のFランだってのも忘れて声に出した。
受付の姉ちゃんは丁寧にその理由を教えてくれたぜ。
「ドラゴン自体を発見するよりも、まずはその痕跡を見つけることが先ですから。ドラゴンほど強大な生き物が急に現れたら、そこに元々いた他の生き物が必ず反応を示して、何かしらの異変・異常が起こります。生態系が崩れますからね」
「直接ドラゴンを見つけられずとも、ドラゴンがいる証拠は色んなところに表れるということですね」
サラの言葉に姉ちゃんは「その通りです」と頷いた。
「影響による痕跡が発見されれば、ドラゴンもしくはそれに準じた脅威の存在が確定となり、次いでその存在の危険度調査へと入るはずでしたが……」
「「でしたが?」」
「結局、証拠となるものは発見されませんでした。ドラゴンらしき影も、その影響とみられる異変のようなものも、一切なかったんです」
「「えー」」
俺とサラは拍子抜けの声を漏らした。
でもしょうがねえだろ? ドラゴンがいる、と聞かされて実はいませんでした、って。
そりゃ気も抜けるって。
「それ、調査は確かなんすか?」
「さすがにドラゴンが闊歩しているとなれば、山全体にすぐ影響が出るはずですから……調査に向かったパーティの報告は『異常なし』で、実際あれから今日までウラナール山に変わった様子も見られません。確度は高いと思われます」
「それじゃあ、なんで私たちがまた調査する必要が?」
そーだ、そこが俺も気になった。
異常なしで終わった話なら、今回クエストで出てきたのはどういこった?
「それは、ドラゴンを見たという人たちが『絶対に見間違いではない』と強く主張したためです。確実にウラナール山に一匹の大きなドラゴンが降りていったのだ、と。ですので、念のために再調査クエストとして残されていたんですね。ランクがFにまで下がっているのは……それだけ重要度と危険度が下げられたということです」
初心者でも受けられるくらいに、ってか。
まあ、肝心のドラゴンがいないとなると単なる山登りみてーなもんだしな。景色を楽しみながら散策するだけで終わる仕事なら、確かに駆け出しにやらせても問題はなさそうだ。
「でもこれ、Fランクの中じゃ金払いいいやつなんすよね」
「そうですね」
「なら、受けるか」
サラも反対しないようなんで、俺たちは正式にFランク冒険者としてウラナール山再調査のクエストを受領した。
それを記録したあと、受付の姉ちゃんは。
「あくまでFランククエストですから、調査と言ってもあまり――」
と何かを言おうとしたところを、がっしゃーん! という激しい音に邪魔された。
音のしたほうを確かめれば、男たちが取っ組み合いをしているじゃないか。
さっきのはそのはずみでテーブルが倒れて出た音らしい。
相当激しい喧嘩に、冷めた目を向けているのもいれば野次を飛ばして楽しんでいるのもいる。
なんだ、冒険者ってのは喧嘩っ早いのばっかりか? と俺が呆れていると、受付の姉ちゃんはきょろきょろと誰かを探していたかと思えば、「よりによってトードさんのいないときに」と面倒そうな口調で呟いて俺たちに頭を下げた。
「申し訳ありません。あちらの対応へ当たらせていただいてよろしいですか」
「いいっすよ」
「はい、大丈夫ですよ。調査にはちゃんと行ってきますから!」
「……」
もう一度、今度は無言でぺこりと頭を下げた姉ちゃんはひらりとカウンターを飛び越えて、床に転がってまで殴り合いをしている男たちの下へ颯爽と向かっていった。
おー、あんなトラブルに率先して対処するとは。若く見えるが実はかなりのベテランなのか、あの姉ちゃん。淀みのない説明からは確かに年季を感じさせられたが。
とにかく、組合でやるべきことを済ませた俺たちは、早速クエストのためにウラナール山を目指すことにしたのだった。
◇◇◇
「らくしょーですよね! サクッと終わらせてお金を貰うとしましょう」
「残高四百リルだもんなぁ」
稼がないと今晩の宿代すらねえ。
残り二泊云々とか数えてたのがマジで皮算用になっちまった。
「だけどまあ、山に行ってぶらぶら調べて戻ってくるだけで済むんだから、本当に楽勝――、っ!」
行き帰りの往復のがしんどいまである、と考えてたところ。
俺は、突然なんとも言えない悪寒のようなものに包まれた。
「…………」
「? どうし、ました? ゼンタさん。お顔に汗が……」
「いや……急激に嫌な予感がしたもんでな」
「嫌な予感って、どのような?」
「……死ぬ気がした」
「……、」
自分でも戸惑ってるが、マジでそんな気がしたんだ。
なんの脈絡もなく、唐突にだぞ。
だが冗談を言ってるんじゃないとサラにもわかったらしく、その顔は真剣だった。
「わかりました。念のための備えをしておきましょう」
そう言って、例のロザリオを握りながらサラはしゃがみ込み、そこに円形の複雑な模様を描いた。土の上に指で描いてもすぐに消えちまうんじゃないかと思ったが、何かぶつぶつと呟いたサラは仕上げとばかりに自分の描いた模様を払って消してしまった。
「はい、これでOKです」
「今のは何をしたんだ?」
「無事に帰ってくるためのおまじないですね」
「へえ。そりゃいいな」
備えはないよりあったほうがいい。一応の覚悟を決めて俺たちは歩き出した。
そんで、数分後。
「あんれ、お前さんたち。またこんなとこふらついとるんか?」
「あっ、昨日の!」
「おじ様じゃないですか!」
「ははっ、昨日の今日でまた会うとはなー。わしゃ帰るとこだが、お前さんたちはどこまでだ? 良ければまた乗せちゃるぞ」
「えー! 本当ですか、助かります!」
「あんがとよ、おっちゃん! 俺らウラナール山に行きてえんだけどさ」
「あの山にか? ほんなら途中までは連れてってやれるな。ほれ、乗れ乗れ」
訛りと相まって人柄の良すぎるおっちゃんの厚意に全力で甘えて、俺たちは二日連続で荷馬車のタダ乗りを決め込んだ。
マジで感謝っす!




