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209.死に花を咲かせよう

「ふん、串刺し。トカゲにはお似合いの末路だ」


「グ、ラ……ッ」


「ドラッゾ……!」


 刺さっていたのがかえって体の支えになってたのか。シガラの腕が抜けた途端にぐらりと倒れそうになったんで、俺は慌ててドラッゾの肩を掴まえた。


 くそ、わかっちゃあいたがやっぱ目の錯覚なんかじゃねえな。ドラッゾの胸部にはがっつりと穴が空いている。


 それも反対側まで顔の覗けるようなデカい穴が……ドラッゾじゃなけりゃ致命的な大怪我だぜ。


 ――そうだ、ドラッゾはドラゴンゾンビ。肉体の欠損には元から強い。その代わり生きてるドラゴンほどの頑強さは失われているが、鱗までは失くしちゃいない。


 竜鱗ってのは言わば天然の鎧だ。

 生前ほどじゃなくてもその堅牢さは生物界随一。

 硬さが売りのゴーレム種すらも上回るってんだからよっぽどだよな。


 しかし、そんな竜の持つ鎧をも貫通するほどの打撃力! 

 いくらドラッゾのほうから食らいにいった結果とはいえ半端じゃねえ、野郎のパワーはマジで人間の理解を超えたところにある……!


「……っ!」


 いや、そもそもドラッゾは俺を守るためにこうなったんだ。

 俺さえピンチにならなけりゃあこんな傷を負うこともなかった……ぽっかりと空いた穴を見て自分で自分が情けなくなる。


「死骸ならばそうやって、大人しく死んでおけばいいものを。未練たらしくこの世にしがみつくからそうやって苦しむことになる。本当に主そっくりのお粗末な存在だ」


「てめえ……っ」


 俺たちから離れ、悠然とした態度でシガラはドラッゾが死ぬのを待っている。その様をじっくりと鑑賞しようと。


 どこまでも馬鹿にしやがって。顔を合わせた最初から、いや、その前からか。俺たちのことを舐め腐ってんのはこいつのほうだ。


 なんせこいつは自分が返り討ちに遭う可能性なんざちっとも考慮に入れてねえ。そういう面して見下した目を向けてくるもんで余計にむかっ腹が立つぜ。


 だが間抜けめ。てめえでも言ってる通りにドラッゾはもう死んでるところを無理矢理に動いてる状態であり、風穴ができるような致命傷も致命傷にゃならねえ。


 つまり偉そうな口を利いているが、シガラはドラッゾを仕留め損なってるってこった。


「【契約召喚・改】を解――」


 完全に破壊されない限りは、呼び直しをすることで瞬時に元の状態に戻ることだってできる!


 もう一度50もSP払うってのは今の俺にはなかなかキチぃが、構いやしねえ。俺だけじゃなくドラッゾのことまでこうも悪し様に罵ってくれたんだ、その報いはきっちり二人で受けさせてやらねえとな。


「グラッ……!」

「――え?」


 そう思って召喚解除からの再召喚を行なおうとした俺を止めたのは、他ならぬドラッゾ自身だった。


 支えている俺の肩をぐいと引き、前に出る。なんとか一人でも立てちゃいるが、足元はふらっふらだ。そんな状態でどうしようってんだ? 


 俺ぁその傷を消そうとしてたってのに、それを中止させてまでいったい何を――。


「グゥラァ……ッ!」


「! ドラッゾ……!?」


 まさか、そのまま戦おうとしてんのか!?


 おいおいさすがにそれは無茶ってもんだぜ。いくらゾンビでも欠損は欠損、すぐに死ぬことはなくても動きは鈍るし傷は広がってく。


 特にそんな大きな傷は敵からすりゃ絶好のウィークポイントになる。

 そこにもう一発でも食らえば今度こそ体中がバラバラになっちまうだろう。


 そうなると【契約召喚・改】が使いたくても使えなくなる……一度死んだ判定を受けたら次に呼び出せるようになるまで、大体二十四時間程度のクールタイムが必要になるんだ。


「グラウ……、」


 それでいい――とドラッゾは言ってる。気がする。


 これは、まさかドラッゾのやつ。俺のSPにあんまし余裕がないってことに気が付いてんのか……!? 


 そりゃあSPは来訪者にとって命の次に大切なもんだ。

 その消費を避けさせるために呼び直しを拒否してるんだとしたら、この態度も納得はいく。


 だが――。


「はっ……そんな姿で何ができる。見苦しいだけだぞ、死者め」


 ――っ、癪だが奴の言う通りだ。俺より小柄なのに竜人モードのドラッゾが有するウェイトとパワーは凄まじく、それを活かした打撃力はシガラにだって劣ってねえ。


 しかし野郎にゃ全身装甲の鎧がある。

 あれは俺の強化した【黒雷】でも五発まとめて打ち込まねえことにはびくともしない優れもんだ。


 あの鎧がある限り、ドラッゾの攻撃はまともに効きゃしねえんだ。

 しかもこんな大怪我をさせられた状態じゃあ、輪をかけてどうしようもねえだろう。


「おい、冷静になれドラッゾ。ここは……、」


「グラウ――グラゥ!」


 わかってる、と。

 そんなことは承知の上だとドラッゾの背中が語っている。

 そして、それでも俺の役に立ってみせるのだと……そう言っている。


 何を強がってんだ、なんて俺が返す間もなく。


「グラァアアアア!」


「!」


 咆哮を上げて自らに活を入れたドラッゾは『冷気のブレス』を吐き出した。

 損傷を考慮して格闘戦は諦め、ブレス攻撃だけで戦うつもりかと考えた俺は、すぐにそれが的外れだってことに気付いた。


「ドラッゾ!?」


「グラッ――!!」


 信じられねえことにドラッゾは自分で吐いたブレスに乗った――いや違う。ブレスの中を突き進んでいる! 冷気と突撃を合わせた全身全霊での特攻! これが竜人モードのドラッゾの奥の手か、それともたった今編み出した攻撃法か!?


「何かと思えば下らない。起死回生のつもりか? そういうのを破れかぶれと言うんだよ!」


「ドラッゾ――ば、馬鹿野郎!」


 見てりゃあわかる。

 こりゃ破れかぶれどころじゃねえ、ドラッゾは死ぬ気なんだ!


 自分の身の安全なんざちっとも考えない、とにかく全力で敵に向かってくっつー意思だけの攻撃。あんな大穴を抱えたままでそんなことすりゃどうなるかなんて考えなくたってわかること。


 だがドラッゾはそれでいいんだと言った……あいつはまさに捨て身の戦法を取ることで死に花を咲かせようとしてやがる!


 これ以上役に立てず、SPを使わせるくらいなら。

 せめて最後は敵に一矢報いて散ろうというドラッゾの強い意志。


「こんなものがどうしたことか!」


「グッ、ラァアアアアアアアアアア!!!」


 ガードを固めたシガラに動じた様子はなかったが、それでもドラッゾは止まらなかった。仮にそうしようとしてもあの勢いだ、止まれやしない。だがあいつの頭に中断する選択肢なんざさかっただろう。そんだけの覚悟を感じさせる決死の突撃は。


「…………!!」


 偽界中を揺るがすような衝撃となった。


 自身を砲弾と化して攻めたドラッゾと、城塞のごとく己を守ったシガラの激突は、目も空けてられねえほど大量の粉塵と氷雪を舞い散らせた。


 ――感覚が切れた。【契約召喚・改】が俺の意思とは関係なく解除された。


 それはつまり、ドラッゾが死んじまったことの証。

 あいつが字面通りの玉砕を果たしたことの証明。


「……くそっ」


 ボチにキョロにモルグ、そしてドラッゾ。

 俺の呼び出せる仲間はみんな生きてねえ。死体ばっかりだ。


 だが死体だからって何されたって平気なんてこたぁねえ。

 痛がりもすりゃあ苦しみもする、悲しみもする。

 今の特攻だって怖くなかったはずがねえ――『死』が怖くなかったはずがねえ。


 また呼び出せるとは言っても、自らそれを選ぶ勇気ってのがいったいどれほどのもんなのか。


 一度も死んだことのない俺には想像すらもできねえよ。


 けどよ。


 そうやって託されたからには……キチっと応えてやらねえとなぁ!


「大した根性だぜ……ありがとよ、ドラッゾ。お前がくれたこのチャンス。絶対に物にしてやる……!」



『レベルアップしました』



 また視界に映るそのメッセージ。それは俺の成長を教えるものでもあれば、戦いが次のステージへ移ったことを知らせるものでもある。


 静まっていく冷気の霧と土埃の塵の向こうで動く影を見て、俺は目を細めた。


 ここからは正真正銘、逢魔四天との一騎打ち。

 一対一サシの喧嘩になる。


 ――臆する気持ちは欠片もねえ。


 ドラッゾから貰ったもんで一杯で、俺の胸の内にそんなもんが入り込むスペースなんざなかったからな。


「第三ラウンドってところか。そろそろ決着つけようじゃねえか……なあ、シガラ!」


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