208.虫けらそっくり
『レベルアップしました』
「!」
上下での挟撃が決まった瞬間、視界に出たそのメッセージ。
これでHPもSPも全回復、おまけに疲れも飛んだ。
ありがてえこったがしかし、レベルアップしたという事実それ自体は嬉しいもんじゃあない。
まだ倒してもいねえうちから経験値が次のレベルぶんにまで達したということ。
それ即ち、俺とシガラの間にまだまだ地力の差があるってことの証明に他ならねえんだからな。
こんだけレベルが上がっても未だに足りてないってか。くそったれとしか感想が浮かばねえが、戦ってる最中にんなこと気にしたって意味はねえ。
「力の差なんざどうってこたぁない……実力差を補うための【超活性】に【死活】なんだからな!」
「スキルの力か! 貴様なんぞには過ぎたものだ……! 好きなだけ吠えて、死ね!」
挟撃にも耐えたシガラが腕の装甲を一段と分厚くさせて打突を放ってくる。巨砲にも似たその一発を俺は【死活】で強化した【黒雷】の蹴りで真正面から迎え撃つ。
「ぐうっ!」
「っがっ!」
全身にビリリと来たぜ。だがどうにか競り勝った!
野郎の腕を弾いてやったところを狙って、ドラッゾが俺の後ろから飛び込んでいった。
「グラァウ!」
「ぢ……ッ、この、トカゲ擬きが――」
一撃食らわせてそんまま離れようとするドラッゾ。その足を掴まえるべくシガラが腕を伸ばしたが、当然んなこたぁ俺が許さん。
「させねえよっ!」
奴の膝にもういっちょ【黒雷】蹴りを打ち込む。このローは効くぜ。と思ったんだがシガラは僅かに体を傾けさせただけだった。
けっ、大して通っちゃいねえか?
だがまあいいさ、これで狙い通りドラッゾを逃がすことはできたんだ。
一気にいくぜ!
「おらおらぁッ!」
「グラララァウ!」
「……!」
俺とドラッゾのタイミングを合わせた攻撃。それをシガラはどちらも腕の装甲で防いだ。止められたことには構わず俺たちゃ連続で殴り続けたが、防御を固めたシガラの堅牢さは並じゃねえ。このままじゃ埒が明かねえな。
「こじ開けてやる――【死活】・【技巧】!」
「!」
「五連【黒雷】!!」
「っ……!」
Dex上昇のおかげで瞬間五撃にまで回数を増やした【技巧】。これで打つ【黒雷】は強力だ。ガードの上からでも威力は伝わり、シガラは声もなく大きく仰け反った。
「グッラァウ!」
そこへ頭を踏みつけるように上からドラッゾの両足が落ちてきた。メゴン、と鈍い音を立ててシガラが地面にめり込む。おー、こりゃまた痛そうだ。
「……、」
「――グラッ!?」
だがシガラもただでやられちゃいなかった。
兜みてーな頭部装甲が変形している。
それは踏みつけられたからじゃあなく、接触しているドラッゾの足を捕捉するためのもんだ。
それに気付いたドラッゾは上へ飛んで逃れようとしたが一歩遅く、にょきりと腕が生えるようにして追ってきた土に足を捕らわれちまった。このままじゃドラッゾが危ねえ!
「【武装】、『非業の戦斧』――【死活】! 『パワースイング』!」
「ちっ!」
「させねえっつってんだろうが。ドラッゾ、こいつを!」
ギミック攻撃でドラッゾの足を掴んでいる土を砕いた。捕獲失敗と見るやいなや鎧を着込んでるとは思えない軽快さでシガラが起き上がったが、追撃よりもまずはその準備が先決だ。
俺は自由を取り戻して空に浮かび上がるドラッゾへ戦斧を投げ渡した。
「攻撃はそれでしろ。俺から離れすぎると消えっから気を付けろ」
「グラッ」
今更ながらモロに拘束を受けちまうドラッゾが素手なのはいただけねえってことに思い至った。だから武器を貸しておく。
ま、ゴリゴリのインファイトをしてる今なら距離の問題もカバーできるだろうしな。
最大火力のパワースイングこそ出せねえだろうが、『非業の戦斧』は通常攻撃にもStrの補正が乗る。ドラッゾの腕力ならその恩恵に与れるはずだ。
「――そんなことで上手く戦えているつもりか?」
「「!」」
「っかぁああつ!」
シガラを中心に広がる波。また津波を起こす気か!?
大きく偽界を動かそうとすると自分の足元からしかできねえようだが、それでも十分に厄介が過ぎるぜ。こちとら接近戦しか手立てはねえってのによ。
少なくとも俺にはどうしようもない……だがここにいるのは俺だけじゃねえ。
「ドラッゾ! 『冷気のブレス』を地面に撃て!」
「! グゥッラアアアアッ!!」
猛烈に空気を吸い込んだドラッゾの腹が風船のように膨れ、すぐに縮んだ。そしてその口からは最高威力の冷気のブレスが発射される。
「ぬっ――?!」
ドラッゾの放った冷気が偽界の地面を凍らせた。だがこれは能力を封じたわけじゃあない。
原則、偽界には偽界でしか対抗できないらしい。だからこんなのはたった一瞬、地面の蠕動を止めただけのこと。
――その一瞬さえありゃ十分だ。
「【死活】! 【黒雷】蹴りぃ!」
「っぐぅ!」
津波の発生が遅れたその間へ飛び込み、跳び上がって蹴りを放つ。野郎の胸部へ入った。とはいえ装甲に阻まれて威力は抑えられちまってることだろう。
だからぶち込めるときになるだけぶち込んどかねえとなぁ!
「五連【黒雷】!!」
「っがっぁあ!」
全発クリーンヒット! 装甲越しでもこれならそれなりのダメージがあったはずだ。だが致命打にゃ遠いか――手応えから抱いた印象のままにシガラは、装甲を纏って太くなったその両手で俺の腰辺りを挟み掴んだ。
っ、すげえ力だ。偽界に捕まるよりも遥かにヤバいな。
両腕ごと掴まれたせいでちっとも抵抗できねえ!
「調子に乗るのもここまでだ……!」
「グッラァ!!」
地面から足が浮いていよいよ俺は何もできなくなる。このまま潰されるかぶん投げられるか……というところで、真上からドラッゾがシガラの腕へ戦斧を叩き付けた。
ガッッギィイ、と甲高い衝突音。こっちもすげえパワーだ、これで助かった! と喜んだのも束の間。
「なにっ?」
「グラッ!?」
「この程度がどうしたぁ!」
は、放さねえだとこいつ! あんだけのもんを腕に食らっても……マジか!?
凄まじい執念を感じさせるシガラは、気が付きゃその肩に新たな武器を生み出していた。こりゃなんだ、まるで砲台が生えたみてえな――?
「どいていろ、羽トカゲ!」
「グラァッ……!」
「ドラッゾ!?」
どがん! と撃ち出された土塊の砲弾。それに当たったドラッゾは遠くへぶっ飛ばされ、その手の戦斧も距離が開きすぎたことで消えちまった。
「てめっ、そんなもんまで作れたのか……!」
「勝手に低く見積もるなよ……貴様がどれだけ見上げようと! 望めぬだけの高みに僕はいるんだ!」
ぶん、と掴まれたまま振り回される。急激なGに息苦しさを覚えながらやはり投げ飛ばされるのか、と思いきや。
シガラの狙いはそうじゃなかった。そんな生温いもんじゃあなかったんだ。
「なぁっ――」
「真なる無窮の地! 涅槃へ旅立て!」
大きく隆起し、真横へ突き進む地面。丁寧に無数の棘まで配置されたそこへ、俺はシガラの手で頭から突っ込まされた。
激突の直前、よりスピードが上がって。
「っっが……、ッ!」
棘ごと地面が砕けた。来訪者である俺の肉体は無事だが、意識のほうは似たような状態になっていた。視界が明滅する。気絶しかかってるんだと経験でわかった。こっちの世界に来て以来こんなこたぁ始めてだ……それだけ今の一撃が凄まじかったってことだ。
なんとか気力で意識を繋ぎ止めながらHPバーを確かめてみれば、全快したはずのそれがもう二割ほどまで減っている。い、一度で八割も削られたのか? そりゃキツいはずだぜ……クソが。
どさり、と体が地面に倒れ込む感触。それすらもやたらと鈍い。
ああ、マジぃな。落ちかけたことで【超活性】が解けちまってるっぽいぞ。これじゃますます体を動かせない。
しかも思考が定まらないせいで、他のスキルを発動させることもできねえ。
こんなんで次の一撃を食らったら……いくらなんでもヤベーよな。
「まだ死んでいないとは驚いた。存外に丈夫なところまで虫けらそっくりだな。だがそんなしぶとさにも意味などない……これで終わりだ」
ぐぐっ、と処刑を強調したいのかこれ見よがしに拳を掲げるシガラ。そこに力とともに絶対の殺意が込めているってのがありありと見て取れる。
今あんなもん食らっちゃマジで死ぬな……。
「そう、死ぬんだよ貴様は」
拳が落ちてくる。真っ直ぐに俺へと目掛けて。体はまだ動かない。意識だって靄がかったようにはっきりとしない。
本当にこれで終わりなのか――。
「グラッ……、!」
「!」
他人事のように近づく死を眺めていた俺の意識が、ようやく元通りになった。
それは目の前で見せられちまったから。
「……ち。飼い主に似てしつこいトカゲだ」
「ド、――ドラッゾぉ!」
俺を庇って攻撃を受け、胸から背中にかけて拳が貫通しちまったドラッゾ。
そんな姿を目の前にしちゃあ……死にかけてようが! 倒れてなんかいられねえ!
「ぐ、う……この、野郎が……!」
「! まだ立つか虫けら。いつまで無駄に足掻くつもりだ?」
「下らねえこと、聞くなよ。てめえを……ぶっ倒すまでに決まってんだろうが!」
俺は強引に立ったその足で、シガラの腕を強く蹴り上げた。
すぼり、と突き刺さった拳がドラッゾの体から抜けて――。




