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203.さっさとてめーをぶっ倒せば

「開幕から偽界ぶっぱとはな。よっぽど俺にご執心と見える。弟くんは姉の仇を取りたくて必死ってわけだ……泣かせるじゃねえか。人の命をなんとも思わねえ屑同士にもそういう絆はあるんだな」


 シガラへ言葉を向けつつ、さりげなく周囲を観察して偽界をよく見てみる。

 ……つってもやっぱ、なんの特徴もねえ感じだが。色味こそ岩っぽいが別段固くも柔らかくもない普通の地面がぐるりと俺たちを囲っている。


 言うなれば固めた粘土のボール……その中身をくり抜いたような場所か。そこに敵と一緒に閉じ込められた状態だ。


 エニシの偽界は、沼地だった。いくらでもペットという名の兵隊たちを生み出す力と、ぬかるみで相手の足取りを悪くさせる効果があったっけな。


 対するシガラの偽界の能力はなんなのか。


 それが実際に襲ってくる前に見破れたりしねえかと期待もしてみたが、景観だけじゃ予想をつけるのはどうにも無理っぽいぜ。


「あなたの発言にふたつほど……訂正したい箇所があります」


「あ?」


「まずエニシは姉ではありません。妹です。僕たちは半身同士、同じ地、同じ時に生まれました。しかし僅かに僕のほうが早く誕生した。故に僕が兄で、彼女が妹。そこは誤解なきよう……まあ、エニシは自分こそが姉だと言って聞きませんでしたが」


「すっげえどうでもいいんだが」


「でしょうね。僕だって拘ってはいませんよ。ただエニシが事あるごとに姉と名乗って吹聴するのが我慢ならなかったというだけで……それも今では過去のこと。死人に口なし、もはや彼女が僕の姉を自称する機会も二度とは訪れない」


「……んで? もう一個の訂正は」


「ああ、それはですね。僕があなたに執心している、という点についてです」


 そう答えながらシガラは地面に手を向けた。するとそこが本物の粘土さながらにこねられ、ぐんにゃりと形を変えて……それから差し出されたままのシガラの腕に吸い込まれるようにして引っ付いた。


 完成したそれは、手甲とトンファーが一体になったような奇妙な形状をしていた。それもブレードやスパイクも付いている欲張りな武器だ。


「厳ついもん持ち出しやがる。姉とは違って近接戦でくんのか? 望むところだぜ」


「ですから姉ではないと……まあいいでしょう。すぐにあなたも口なしになるのですから」


「! 【武装】発動、『非業の戦斧』!」


 軽い動きで接近してくるシガラに合わせてこちらもスキルを使う。両手で持った斧でトンファーのブレードを受け止めた。


「っ、見かけによらず……!」


 重てえ。そもそも体の作りがヒョロいんで武器持って近接で攻めてくるってことがまず意外っちゃ意外なんだが、存外に力もありやがる……!


 さすがに魔族、細く見えても身体の作りが人間とは違うってこったな。


「僕は造形家クラフターなものですから。工作が得意なんですよ。それにこれは偽界から生まれた物……小さく見えても質量はその限りではない」


「そういやエニシの鞭を作ったのもお前だっけか。アレも大概面倒だったぜ!」


「お褒めいただきどうも」


 ガキン! と武器と武器を弾き合う。


 返しの刃で斬ろうとしたが両手それぞれで攻められるシガラのほうが早い。仕方なく石突で突いてひとまずの先手を取ろうとプランを変更したところ、タイミングよく突きを上から叩き落とされてしまった。


「はっ!」


 片手で戦斧を押さえたままもう一方のトンファーを振るってくるシガラ。


 こいつ、初めから俺じゃなく武器のほうを狙ってやがったな!


「だからって食らうか!」


 まんまと誘導されたのは腹が立つが、こちとら頼みは戦斧だけじゃねえ。咄嗟に足に【黒雷】を乗せて迎撃する。腕ごとトンファーを蹴り上げてやればシガラも多少は表情を変えた。


「素晴らしい反応ですね……動きは単調ですが」


「お褒めどうも、よっ!」


「!」


 戦斧から手を放し、拳で【黒雷】を叩き込む。が、防がれた。普通のトンファーより幅が広く腕の大部分を覆ってるんで、いざとなりゃ盾代わりにも機能するみてえだな。


 攻防一体の仕上がりってわけかよ……へん、上等だ。


「エニシよりかは動けるみてーだが、確かな勝算あっての挑戦なんだろうな? こちとらお前の姉ちゃんをこの拳で仕留めてんだぜ」


 ほとんどスレンのおかげだが、とは内心だけで付け足しておく。俺一人なら確実に負けてた勝負だ……だがあのときの俺とはもう違う。修行を経て強くなったと自信を持って言えるぜ。


 たとえ逢魔四天が相手だろうと、ここが偽界の中だろうと、負けるつもりなんて毛頭ねえ。


「勝算、ですか。些かナンセンスな問いですね……こうして偽界へ引きずり込んでいること自体がまさにその勝算でしょう。あなたがすぐに偽界を開かないのはそもそもできないから。であるなら、これはそう――既に勝敗の決まった戦い。偽界を使えない者が偽界に抗うことなど不可能ですからね」


「…………」


 静かな口調で冷静に、だがどこまでも不遜に語るシガラ。


 その自信は然もありなん、心象偽界って技のインチキっぷりをよく理解しているからこその態度だ。


 相手に一方的に不利益な空間で、解くまでは出力無限の能力を発揮できるというまさに出し得な力……魔力消費のデカさのせいで連戦できなくなるっていう欠点さえ除けばまさに完全無欠の殺人魔法。


 確かに偽界を開けない俺にとっちゃ一度それを使われちゃ不利なんてもんじゃねえ――だがシガラに偽界があるように、俺には【偽界】というスキルがある。そんでシガラはそのことを知らねえ。だからもう決着をつけたように得意になってやがんだ。


 今は遊んでいるつもりなんだろう。

 あるいはエニシを倒した人間がどれだけのもんか確かめている最中なのかもな。


 どっちにしろそれは絶対的な余裕からくるもんだ。


 ――てんで舐めてやがる。こうしてみるとやっぱりこいつは、言うことなすことどこまでも姉にそっくりな野郎だぜ。


「勝敗の決まった戦い、か。同じようなことをエニシの奴も言ってたなぁ」


「……、」


「そんで最後にゃおっ死んだわけだが、弟くんも天丼芸を見せてくれんのか。ハッ、姉弟揃ってとんだお笑い草じゃねえか。魔皇軍なんか辞めて漫才でもしてたらどうだ? そっちのがたぶん向いてるぜ」


「やれやれ……安い煽りだ。その口振りよりもそんなもので気を乱すと思われていることのほうが遥かに腹立たしい。いいですか、ゼンタ・シバ。繰り返しますがそこがふたつ目の訂正なんです。――僕は特別あなたを恨んでなどいない」


「へえ……?」


「半身を奪われたという認識はありますが、エニシの死に関しては特になんとも。今回も魔皇様の命令があってこそ僕が動いた。仮にも逢魔四天の一角を崩した相手を確実に仕留めること。その任を全うするためにこそ、バックアップをインガに任せて僕は心象偽界の使用に踏み切った。……そうでなければ、あなたのことなど放っておいてもよかったんです。仇だなんだと熱くなっているのは魔皇軍でもシュルストーだけですよ。彼はどうもエニシに心酔していたようですから」


 そんなことより、とシガラは話題を変えて続けた。


「あなたのほうこそもっと必死になるべきでは? 大いに焦り、大いに急ぎ、一刻も早く僕を倒して偽界の外へ出る。そうしなければ……残された仲間たちがインガに殺されてしまいますよ」


 ニヤリ、とはっきり嘲っているのがわかる笑みを顔に浮かべるシガラ。


 ……こりゃ明らかに意趣返し、つーか仕返しだな。下らねえこと喋ってる間にそっちこそ仲間を失うことになるぞ、とまあ、俺の動揺を見たがっている。


 そんな手に乗るかよ。


「あいつらが死ぬって?」


「ええ。もっとも既に手遅れかもしれませんがね。インガは気分屋ですから、場合によっては遊びもなく手早く殺し終えているかも……しかし逆に言えば全員まだ五体満足でいるかもしれない。タイムリミットは外にいるインガ次第。ですから、急がなくていいのかとお聞きしているんですよ」


「あー……ま、大丈夫だろ」


「はい?」


「ボチも残してきたし、あいつらだって強くなった。とはいえインガがヤベー奴だってのはその通りなんで、あんましのんびりもしてられねーわな。なんにせよ俺のやることは決まってる……」


 落とした戦斧を拾い上げて、くるりと一回し。そんで刃をシガラへと突き付ける。


「さっさとてめーをぶっ倒せばいいんだろ? 楽勝だぜ、焦るまでもねえよ」

「……吐いた唾は飲めませんよ」

「飲むかよ、んなもん!」 


 大上段から振り下ろした斧をエニシはトンファーの手甲部分で防御した。両手でがっちりだ。だがそれで安心してちゃあ痛い目見ることになるぜ?


「ほえ面かかせてやる――『非業の戦斧』を対象に【死活】発動!」


「!?」


「っらぁあああ!」


 黒いオーラを纏った戦斧で、俺は奴の防御ごとぶった切ってやった。


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